悪戯仕掛け人たちは、悪戯仕掛け人だから、当然ながら、悪戯を仕掛ける。
 当然のごとく、悪戯を振りまく。
 それは陽気で、無邪気で、愉快で。
 そんな彼らの背中を見るのが、は好きだった。

「ちょっと、そこの4人組! あんたたち、に何してくれたのよコラー!?」

 自分が標的にならない限りは。

「Question! 今日は何月何日でしょう?」

 言わずと知れた主犯のジェームズ・ポッターが、激怒したリリーから逃げ惑いつつ陽気に尋ねる。
 共犯者たちがにやりと笑う。

「んん? 何日だったっけ、リーマス」
「10月31日、だね」
「31日といえば、ピーター?」
「そりゃあ、やっぱり…」

 言うまでもない。

「「「「HALLOWEEN!!」」」」
「そんなの分かってるわよ!」

 リリーの平手がジェームズの後頭部に飛ぶ。スパァン、と良い音がした。
 シリウスとピーターが指を指してけらけらと笑い、それに釣られても笑う。迷惑ではあるが、不快ではない。

「ちょっと、も笑ってないで怒りなさいよ!」
「いやあ、だって、こんな機会はそうそうないし。それに、毎年のことだから慣れちゃったっていうか」

 両手を握ったり開いたりしてみる。不思議な感覚だ。自分の意思で動くのに、まるで他人を見ているようだ。肩が窮屈だし、首回りも苦しい。ネクタイを緩めて、ブラウスの釦を2つはずす。

「あなたがそんなだから、こいつらが調子に乗るんでしょう!」
「まあまあ、リリー。落ち着いて」
「ジェームズ、あなたは黙ってて!」
「イエス・マァム」

 大袈裟に気をつけの姿勢を取り、わざわざ敬礼までするのが憎たらしい。
 今度はぐーで殴りたい衝動を必死で堪えながら、リリーはをもう一度眺めた。

「慣れたって、あなた、状況が分かってるの? あなた今、男なのよ?!

 それは自分が一番よく分かっている。
 違和感がすごい。

「去年は金髪碧眼にされて、一昨年は声だけダンブルドアだよ? 慣れもしますって。それに、これはいずれ来るだろうと思ってたしね」
「流石、! 覚悟は出来てたってか」

 にやにやと笑いながら、シリウスが寄ってくる。
 ぺたぺたと肩やら腕に触れて、成功を確かめる顔は満足げだ。

「なー、胸触っていいか?」

 無邪気な質問だが、流石のも顔をひきつらせ、リリーに至っては杖を取り出した。ジェームズとピーターは苦笑いだ。
 殺気立ったリリーの横をすり抜けて、音もなく近づいたリーマスがシリウスの肩に手を置いた。シリウスの動きが、電源をぶち切られたようにびたりと停止する。

「シリウス。何事にも限度があるっていうのは、分かるよね?」

 リーマスは笑顔で仲裁に入る。
 ゆっくりと振り返りその笑顔を視界に収めたシリウスは、彼の穏やかな進言に少しは反省したのか、がくがくと頷いて飛びずさるようにから離れた。

「ありがと、リーマス。取りあえず、えーと、何か着るもの借りていいかな。キツくて仕方ないや」

 それに、と苦笑い。

「この性別で、女子の制服はちょーっとイタイよねー」

 特にスカートが。
 っていうか、トイレとかお風呂とかどうしよう。なんかそこが一番やばいんだけど。





 毎年ハロウィンに悪戯されることは、もうほとんど恒例になっていたから、今年も何かあるだろうなあとは思っていたし、この流れだと遠からず性転換イベントが発生するだろうとも予感していた。だから大して動じることはなかったし、むしろそれを楽しんでさえいる。
 数時間で効果は切れると保障されたことで、医務室に行くのも止めた。つい先日呆れられたばかりだ。こんな理由でまた行けば、お説教に何時間かかるか分からない。変身術のマクゴナガル先生に相談するのも止める。減点されるのはうちの寮だ。
 男になったと言っても、体格は大して変わらない。せいぜい、肩幅が少し広くなり、腰回りが細くなったくらいだ。声を出すたびに、風邪で喉を痛めたときのような違和感を覚えるが、それ自体は低すぎず高すぎず、ありふれたアルトにとどまっている。鏡を見たが、顔の造りは基本的に変わらない。ただ、骨格がかなり違うため、一目でだと判別できる人はまずいないだろう。顔立ちの似た兄か弟のようだ。
 男子からスラックスとカッターシャツを借り、ちょっと思いついてその上からVネックのセーターを着た。今日はハロウィン、仮装したって構わないだろう。これで、ノーネクタイ、ノーエンブレムの名もない誰かの出来上がりだ。
 ハロウィンパーティが催されているはずの大広間へ向かう途中、次の作戦で盛り上がる4人組と監督生として眉を吊り上げる親友の輪から、だけがそっと外れた。駆け足で来た道を引き返し、一気に4階まで駆け上がる。
 賑やかなパーティーだから、もしかしたらと思ったのだ。
 辿り着いた先は、しんと静まり返っている。入口で上がった息を整えて、部屋を見回す。
 ハロウィンの図書館。
 流石にこの日のこの時間帯、ここに来ようなんて物好きは少ないらしい。
 しかし、やはりと言うかなんと言うか。
 彼は、居た。
 近くまでつかつかと寄って行き、思いきり指をさして声を掛けた。

「予想通り過ぎていっそ笑える!」

 読書に没頭していた彼は、びくりと肩を揺らして顔を上げる。
 セブルス・スネイプ。
 ハロウィンの愉快なパーティーを蹴ってまで図書館に入り浸る物好きの名前である。

「………??」

 いきなり声をかけてきたこの男が、誰だか分からないらしい。
 見たことがあるような気がするのだが、いや絶対に知った顔なのだが、と珍しく動揺している様子が可笑しい。どこの寮かも分からないから、下手なことも言えないのだろう。お前は誰だ、と言うのも知り合いだとしたら間が抜けている。いきなり指を向けてきた無礼な男に浴びせて然るべき毒舌も、動揺故か咄嗟に息を潜めている。

「Trick or treat!」

 にたり笑うと、「あっ」という顔をした。
 驚いた顔で何か言おうと口を開き、しかしそれは何も言わないまま閉じられた。
 それをぱくぱくと何度か繰り返した後で、一気に脱力し、机に顔を伏せる。深い溜息が洩れた。

「貴様という奴は…」
「あれ、もうバレた?」

 向かいに座ると、即座に睨まれる。

「分からいでか。ネジが何本か足らんような笑い方は変わらん」
「あ、なんか今またすごく普通に酷いこと言ったね君」
「酷いこと? 何のことだ。男になっても間抜け面は間抜け面なんだなと思ったのをうっかり口に出していたか?」
「今呼吸するみたいに人のこと貶したねスネイプ君!」
「それは多分、私が呼吸する回数よりも貴様を馬鹿だと再認識する回数の方が多いからだろう」
「そこまで言う!?」

 今までにないハイテンポで繰り出される毒舌は、おそらく即座に見破れなかった自分が悔しいからだろう。にやにや笑うと、思いきり睨まれた。やばいよその視線。人も殺せそうだ。

「大体、何なんだその格好は…!」
「ほら、ハロウィンだし?」
「仮装とでも言うつもりか、馬鹿馬鹿しい! 大方、ポッターどもに嵌められたんだろう」
「ぴんぽんぴんぽーん」

 殊更明るい声を出したら、予期せぬことに裏声になった。
 スネイプもぞっとしたように顔を顰める。

「率直に言って、非常に気持ち悪い」
「ひどっ!」

 まあ、同感だけど。男の喉は存外難しいものだ。

「今年はまだましな方だよー。一昨年は声だけダンブルドアで、最悪だったからねー」
「なぜだ」
「だって若者言葉使ったり、女っぽい言葉づかいをするたびに、微妙な気分になるんだよ? ダンブルドアは好きだけど、あれはもうご勘弁願いたいね」
「…確かに」

 想像したのか、スネイプの顔が笑いたそうに歪んだ。
 惜しい、もう少しだった。

「スネイプ君はパーティー行かないの?」
「面倒だ。どうせ寮でも遅くまでやっているしな」
「へえ! 寮のどんちゃん騒ぎには参加するんだ?」

 心底から意外そうな顔が気に障ったのか、スネイプはふいと顔を背ける。

「家族みたいなものだからな、アレは。気は進まんが、参加せんと後々何を言われるか分からん」
「仲良いんだねースリザリンって」

 ふっと、今度こそスネイプが微笑う。
 一瞬だけ垣間見えたそれは、たぶん無意識で、しかも質問の肯定で、慈しみ愛しむ笑みだった。
 も自然、頬が緩む。良いものを見たと思った。胸が弾んだ。

「貴様らはやらんのか」
「んー、寮ぐるみ、ってのはあんまないかな。グループっつーか何つーか、結構それぞれ仲間だけでやってる感じ」
「意外だな。貴様らこそお得意の仲良しこよし精神を発揮するのに絶好のイベントだろう」
「いやー、グリフィンドールって、そういう意味では意外と繋がり薄いからなー。いくつかのグループに何となく分かれてて、グループ以外の子にはあんまり干渉しないんだよね」
「へえ…」

 単なるお節介と偽善者と単純馬鹿の集まりだと思っていた、とスネイプは率直に呟いた。
 包み隠さないなあ、とは笑う。まあ、スネイプが突然グリフィンドールを賞賛し始めたら、それはそれで気味が悪い。

「と、いうわけでー」
「脈略が皆無なのは気のせいか」
「改めて、Trick or treat!」
「悪戯は御免だが、菓子をくれてやる義理もない。甘味が欲しいなら他を当たれ」
「冷たいっ」
「上等だ」
「ううぅ」

 がっくりと肩を落とし、机にべろーんとやる気なく突っ伏す。

「なんて友だち甲斐のない奴なんだ…」
「………待て」
「ん?」
「今…、貴様、なんと…?」
「冷たい」
「その前」
「友だち甲斐がない」
「ばっ、ちょっ……、はあ!? 一体いつから私と貴様の間にそんな関係性が成立したんだ!」
「えーと…いつだっけ。…忘れちゃったよう」
「貴様っ…つけ上がるなよ…!」
「つけ上がってないよう。わたしが友だちって言ったら全人類誰でも友だちなんだよう」
「それをつけ上がってると言うんだ!」
「世界の真理だよう。自然の理だよう」
「何様だ!」
「お子様だー」
「この…っ」
「……野郎?」
「………」

 スネイプは頭を抱えた。
 一体どうしてこんなことになったのかを、ぐるぐると考えている。
 悩める少年を目の前にして、は同情するでもなく、スラックスのポケットをごそごそと探って目当てのものを取り出した。

「はいこれあげる」
「………」

 もはや何を言う気力もない。
 差し出されたチョコレートを、胡乱な目で睨みつける。

「本日は『驚きの男ver.でスネイプ君をびっくりさせちゃうぞ☆大作戦』にご参加くださり、まことにありがとうございました。参加賞としてチョコレートをお受け取りください。毒も薬も入っておらず、蛙のように飛んだり跳ねたりも致しません、嬢がお届け致します、素晴らしくノーマルなありふれたチョコレートです。またのお越しを心よりお待ちしております」
「いらん」
「なお、返品は一切お受けできません。ご理解ください」
「………」





 スネイプと別れると、は急いで来た道を引き返した。
 急げばまだ間に合うはずだ。日本人の味覚には甘すぎる甘味の数々にあり付けないのは良いとしても、飲み物ぐらいはいくらかかっぱらっておきたい。バタービールがあれば最高なのだが。ジェームズかリーマス辺りが、の不在に気が付いて取っておいてくれている可能性も十分にある。
 男性の身体を有効活用し、通い慣れた廊下を駆ける。規則違反なのは分かっているが、背に腹は代えられない。
 道を急ぎながら、どこに行っていたか聞かれたら、どう答えようか考える。その辺りはまったく考えていなかった。図書館にスネイプがいるかも、と思いついたら、体が動いていただけだ。Trickを見事達成出来た上に、念願の友だち宣言も出来て、成果としては最高だった。ほくほく顔で、階段を下りる。
 階段から落ちたのはまだ記憶に新しい。男の身体とはいえ、ドジな性質が改善されたわけではない。慎重を期して、スピードを落とす。
 ゆっくりと、1階、2階と下りたところで、ふとその騒ぎに気が付いた。
 ハロウィンに浮かれた学生たちの賑やかなざわめきとは違う。もっと何か不穏な、悲鳴や、悪態、怒号の混じった…。

「何…?」

 更にスピードを落として、恐る恐る下を窺う。
 目にしたのは、踊り場から身を乗り出した、見慣れた4つの背中。
 楽しそうなジェームズ。馬鹿笑いするシリウス。顔の見えないリーマス。立ち尽くすピーター。
 悪戯仕掛け人たちは、悪戯仕掛け人だから、当然ながら、悪戯を仕掛ける。
 当然のごとく、悪戯を振りまく。
 それは陽気で、無邪気で、愉快で。
 だからこそ、ときに、醜悪。
 そんな彼らの背中を見るのが、は堪らなく嫌だった。

「お、じゃん。お前今までどこ行ってたんだよ」

 いち早く気が付いたシリウスが、朗らかに笑う。
 ジェームズも振り返って、やはり笑う。

「心配しなくても、の分のバタービールは取っといてあげたよ。後で渡すから、ちょっと待ってて」

 リーマスは振り返らない。
 ピーターは少し離れた場所で、俯いたまま動かない。

「あ、そうだ」

 ジェームズが手の中の、醜悪な爆弾を掲げて笑う。

もやる?」



 標的は、スリザリン。


























081015