夏休みだ。
 多くの子供は喜ぶのだが、自分にはあまりその心境が分からない。
 特に用事もないので部屋から出ようとも思わず、課題をさっさと片付けて読書に没頭するのが常だ。
 大体、外に出て肌を焼いて、水を浴びてはしゃいで…何が楽しいのだそれの。
 本気で不思議になってくる。
 わざわざ暑い中を歩く必要もないだろうし。
 部屋にいれば良いではないか。必要なときだけ外に出ればいいんだ。
 それさえ自分には億劫だと言うのに。
 そんなことを思いながら、机の上の羊皮紙を片付けた。
 とりあえず、全教科の70%は終わらせた。
 あとは暇なとき手をつけるだけでも余裕で終わるだろう。

 そのとき。
 梟が飛んできた。
 手紙だ。

 …。

 ……。

 …明日は外に出てみようと思う。
 たまにはいいだろう。










「急にごめんね。びっくりしたでしょ」

 翌日、待ち合わせの小さな喫茶店で、彼女は開口一番にそう言った。
 休暇中だから至極当前なのだが、彼女は私服だった。
 横髪を編みこんで、豊かな紅い髪をうなじで緩く束ねている。
 膝丈のワンピースを涼しげに着こなして、普段より一層女性らしくてどう反応していいのかよく分からなかった。

「いや」

 一瞬言葉に詰まっていたのは、喉が渇いていたことばかりが理由ではない。
 しかしわざわざそれを口にする必要もなく、言い訳がましく紅茶を一口含んだ。

「忙しかったんじゃない?」
「別に。忙しかったら来ない」
「あ、そっか」

 思わずぶっきらぼうに返事をすれば、図らずとも普段どおりの口調になった。
 少し普段の態度を見直してみようかと真剣に思った。

「で。用件は何なんだ?エバンス」
「あ、うん…あのね」

 リリーがポシェットから取り出したのは、丁寧に折りたたんだカラーの広告だ。
 差し出されたので、首を捻りつつ読んでみる。

 …。

「あ、あのね。その店ね、とっても趣味が良いのよ!ほら、このワンピースもこのポシェットもそこで揃えたものなんだけど、かわいいでしょ?お店が小さいから知ってる子はまだ少ないけど、今度大きなところに移転するから今に大人気になるわ!それでね、そこ趣味はいいんだけど、比例してちょっと値段が高いのよ。でもわたし最近参考書買いすぎちゃって…」

 つまり軽い金欠状態らしい。

「…それでコレか」
「そうなの!」

 広告にはポップ体で『 カップルでお越しの方は3割引 』の文字。
 何を理由にカップルなら安くするのか、店の方針はよく分からない。
 でも、まあ。
 カップルか。
 …カップル。

「…行けばいいんだな」
「え?行ってくれるの?」

 リリーの顔がぱっと輝いた。
 暗闇に慣れた目には、眩しかった。

「なんだ。行かなくてもいいのか?」
「そ、そういうわけじゃ」

 ニッと意地悪く笑ってみせると、リリーがからかわれたのに気付いて少し頬を染めて睨んだ。
 そしてまた、花が綻ぶように笑う。
 外に出るのも、まあたまには悪くないものだ。










「つまり私は少々君の恋人らしくした方が良いのかな」

 歩きながら隣の少女にそう持ちかけると、ボッと音を伴ってもまったく不思議はないと思われるほどの勢いで真っ赤になった。
 それでも変わったのは肌の色だけで、動揺を表情にはしないのだから面白い。
 澄ました顔でそうねえ、なんて軽く思案してみせて、

「そうかもね」

と頷いた。
 その様子が可笑しくて、何気ない風を装い顔をそむけた。
 しかしばれたらしい。
 くいくいと袖を引かれて振り向くと、赤いままの膨れっ面が待っていた。
 たまらず吹き出してしまい、ますます彼女は剥れる。

「もうっ!」
「…私は悪くないぞ。面白い君が悪い」
「〜〜〜〜〜っ」

 ご機嫌斜めのようだ。
 どうしたら治るのか、自分にはよく分からない。
 人のご機嫌取りなど、生まれてこの方やったことがない。やる必要もなかったのだが…。
 取り合えず、最初の話題に戻ってみようと思った。

「恋人らしく、か。ふむ」

 聞こえても聞こえなくても構わないぐらいの声量で独り言を言ってみる。
 彼女はそっぽを向きながらも、聞いているようだった。
 そして突然ふいとこっちに向き直り、良いことを思いついたという顔をした。

「腕でも組んでみる?」
「な?!」

 予想外の反応というか、提案というか。
 取り合えず私の思考の許容範囲を軽く超えていたので、返事が出てこなかった。
 たぶん、私の顔も赤くなっていたことだろう。
 彼女が嬉しそうににやりと笑ったところからして絶対そうだ。
 顔が熱い。
 決定的だ。
 …ここで負けてはスリザリンの名が廃るな。
 目的のためには手段は選ばない。選んでる暇もない。
 そう思うと少し頭が冷えて、考える余裕ができた。
 どうせ『カップル』なんだし、誘ってきたのはそっちだ。文句は言われまい。

「ええっ!?」
「騒ぐな」

 腕を絡めただけだというのに、反応が大きいな。
 ふん。まだまだだ。

「ちょ、ちょっとセブルス?」
「何だ。君が提案したんだろう?」
「それはそうだけど。でも、ええと」
「いいじゃないか。君は私の恋人なんだろう?で、私も君の恋人なわけだ」

 益々カアッと赤味を増して、熟れたトマトみたいになった彼女は、やはり面白かった。
 これくらいの見返りはあっていいと思う。










「ねえ、これどっちが良いと思う?」
「…知らん」
「やっぱりこっちかしら。うぅーん、でもこれ動きにくいのよね。生地が軽いのはこっちだし」

 悩んでいると、セブルスの溜息が聞こえた。
 わたしに聞こえないように気をつけたらしいが、ばっちり聞いてしまった。
 やっぱり男の子に1時間でキツイものなのかしら。

「ご、ごめんね。退屈でしょ?」
「……別に」

 あああ!
 来るときはあんなに親しげだったのに、待ち合わせのときに逆戻りしちゃってるわ!
 恋人って言ってくれて、ものすごく嬉しかったのに。

「ごめんねっ、ごめんなさい。もうちょっとだから、これだけ決めたら帰るから。ちょっとだけ待って!」
「ああ」

 目元を和らげたのを見て、ほっと息を吐く。
 はやく決めなきゃ。はやくはやく。
 焦って2着の服を交互に見比べても、相変わらず答えは出ない。
 思わず低く唸ったところ、ひょいと伸びた手が他の服を取った。
 彼の手である。

「え?」

 ハンガーにかけられたままの服を、ずいと押し付けられる。
 胸元に薄い赤の花が描かれた、可愛らしいTシャツとそれに合うスカート。
 部屋の引き出しにしまってある、なかなか使う機会のないあのブレスレッドがよく合いそうだ。
 彼が照れくさそうにそっぽを向いた。
 無言で促す先は、勿論レジだ。

「どうするんだ?」
「こ、これに決めました」
「……ふん」

 レジで待っていた女性が、本を置いて立ち上がった。
 にこにこしながらわたしとセブルスを交互に見る。
 その視線に気付いたセブルスはぷいと向こうを向いて、少し離れたところに移動してしまう。
 思わず苦笑しながら、台の上に買い物籠を置いた。

「彼氏、照れ屋さんなのね」

 女性が言った。
 彼氏というのが恥ずかしくて思わず否定しそうになるが、ここで否定しては割引が無効になってしまう。
 はあ、とか、ええとか、曖昧に返答して笑った。

「いいわねぇ。彼氏に服を選んでもらうなんて。うらやましいわ」

 ちゃっちゃとバーコードを機械に通しながら、淀みなく彼女は話し続ける。
 それからにっこり笑うと、セブルスに向かってガラスケースを指し示した。

「ちょっと彼氏。そっちにペアリングがあるけどどう?」
「「な!?」」
「あははーかーわいいわねー。2人してまっかっかになっちゃって。純情ねー」

 からかわれている。

 片手をひらひらさせて熱い顔を仰いでみるが、あまり意味はない。気持ちの問題だ。
 言われた分のお金を出して、おつりを待つ。
 その間、彼とも彼女とも目を合わせることができなくて、逸らすように余所に向けた視線がぴたりと止まる。
 ガラスケースの中の、ペアリングの隣。
 銀のハートにきらりと照明が反射している。控えめなこげ茶の紐。
 可愛い。

「ああソレ?可愛いでしょ。おすすめよ?」

 女性が言った。

「いくらだ?」

 思っていたよりもずっと近くで彼の声がして、びくりとした。
 彼がわたしの肩越しにガラスケースの中のチョーカーを見ている。
 呆然としていたせいか、口をはさむ暇もなく2人は話を進めていく。いつのまにか手の中には、銀色に輝くハートが収められていた。

「何をボーッとしている。さっさと行くぞ」
「え」
「お買い上げありがとうございましたぁ。また来てねー」

 わああ。
 どうしよう。
 か、買ってもらってしまった。
 ものすごく。
 ものすごく、嬉しいんですけど!










「あの、ありがとう!」
「…あぁ」
「高かったのに、ごめんね。あの、あの」
「分かった。分かったから。あれからもう何分も経つのに、さっきからそればかりだぞ」
「う、うん。そうだね」

 どうやってこの感謝を表せばいいのか、わたしには分からなくて。
 もどかしい気持ちが、すこし楽しい気もした。
 自然に微笑みが浮かぶ頬に片手を添える。
 彼は呆れたような困ったような複雑な表情をして、その後笑った。
 今日の彼はよく笑う。
 学校にいるときは笑う彼なんてほとんど見ることができなかったから、きっとこれは2人きりだという安心感のせいだと思う。
 それが嬉しくて、なんだか泣けてしまいそうだ。

「ついでだ。私の買い物にも付き合ってくれ」

 彼はそう言って先を歩く。
 置いて行かれそうな気がして慌てて後を追い、パッとその腕に飛びつく。キラリと首のハートが煌めく。
 荷物を持ってくれている彼の腕に片腕を絡めて、熱い顔を意識しながらもつんと前を向く。
 彼はやはり驚いて心なしか顔を赤くしたけれど、何も言わなかった。





 今日だけは。
 今日だけは認めてしまおう。

 私はリリー・エバンスに。

 わたしはセブルス・スネイプに。

 恋をしている。



「言えたらいいのに」

 呟くことも許されず、リリーは心中で言った。

「言えば良いのに」

 そう思いながら、セブルスは決して口にできない言葉を想う。

「貴方が好きですって」

「君のことが好きなのだと」

 言えるようになるには、もっと時間がかかるだろう。
 口にすることができたなら、きっと何かが変わるのに。きっと。

 勇気のない自分を許して。

 けれどいつか。

 いつか必ずその瞳を見て、言葉にするから。

 だから。

 少しだけ待ってほしい。

 もう少しだけ。

 困難に立ち向かう前に、この幸せの中に浸らせて。




















2004.7.30.

 セブルスはしゃぎすぎ。デートだからって、キャラが壊れてます。
 っていうか偽者だから仕方がないのかな。ははは。(壊)
 悲恋じゃないからリリーのキャラが、イマイチつかめない。ううう。
 文章メチャクチャでお題にこじつけてる感じ否めませんが、その辺には目を瞑りましょう。