秋の淡い月光が、ゆるりと動く刀身の上を滑る。 低い姿勢から横一文字に薙ぐ。ひゅんと音がする。十七人目。 勢いを殺さないまま、無駄が極限まで削ぎ落とされた動きで、構えは突きへと移る。と思ったときにはすでに二度、突きは繰り出されていた。十八人目。 突きの姿勢で無防備になったはずの背中さえ、張り詰めた気で一分の隙もない。 その証のように、彼は瞬く間に背後の敵を上段から叩き斬る。十九人目。瞬くほどの間も開けずに、右下から斜め上へと斬り上げる。二十に……いや、浅い。素早く足を滑らせ僅か二歩でよろけた相手の背後へ周り、止めを刺す。二十人目。 殺人剣、と誰かは言った。剣術ではある。が、それ以上に殺人術である。戦うためのものではない。あくまでも、人を殺す一つのの手段だ。 生きるか死ぬかという環境の中を歩んできた男が身につけた、生きるための、生き延びるための剣である。 深夜。 高台寺の庭先で、押し寄せてくる架空の敵を視界一杯につくりあげ、斎藤は空を斬り捨て愛刀を血で汚すことなく殺人をつづけた。 彼なりの型があるのだろうか。一連の動作を繰り返しているようでもあるが、よく見れば少しずつ違いがある。それは相手の反応や動きに合わせて柔軟に変化するからだろう。組み合わせによって殺傷力も効果も、次の手も違ってくる。相手を斬りつつ、他者も牽制しなければならない。多くの場合は殺気だけで十分だが、ある程度の死線を潜り抜けてきた豪傑が含まれた戦闘も十分に在り得る。 己の位置。敵の位置。出入り口の場所と距離。己の状態。敵の表情。自分の任務。必要とされるすべてが、ほんの一瞬目を伏せた間に計算され、答えがはじき出される。意識的にしているわけではない。ただ刀を握ると、本能がそれを行う。答えがはじき出されるほんの少し前に、既に体はそれを実行している。 鬼でも、化け物でも、獣でもない。 あくまでもヒトを殺すヒトだった。 架空の死体を数えるのをやめて随分経った頃、唐突にぴたりと動きを止めた。 ゆっくりと腕を下げ、斎藤は振り返る。 月明かりに匂うような爽やかな美男子が佇んでいた。見ていたことに気付かれ、青年は気まずげに目を泳がせる。 「どうも」 とどきまぎと笑う。 彼はどうもよく眠れないので尿意もないのに厠に行く途中、たまたま通りかかったそこで、存在しない敵に向かって剣を振るう同僚の姿を見つけたのだった。 月に照らされたそこを舞台に繰り広げられるそれ――見事な剣舞さえ見えた――に、時間を忘れて見惚れた。それを気付かれたのだから決まりが悪い。 斎藤は、彼がそこに現れたときから、いや遠く足音が聞こえてきたころから既に気付いていたが、そんな事実はおくびにも出さず、 「藤堂さん。どうしたんだい」 すっと刀を鞘に治める。 「眠れないのかい?」 藤堂は苦笑でそれに答えた。 彼が普段と変わらず飄々として、息切れもせず汗も掻いていないことに密かに舌を巻く。しかしよくよく思い返せば、彼の動きは決して激しくはなかった。鋭く素早く見えたのは彼の動きが滑らかだったからだ。 天賦の才。 そう思わずにはいられなかった。同じ武士としては羨ましいとしか言えない。 「そういうあなたこそ、どうしたんですか。こちらにいらっしゃるとは珍しいですね」 斎藤は毎晩と言っても過言ではないほど、頻繁に遊郭へ足を運ぶ。 一人の女に入れ込んでいると聞くが、それを伊藤が責める様子はない。伊藤にとっても彼は貴重な戦力だった。いつ新撰組と衝突するとも限らないこの状況下で、たかが女のことでへそを曲げられるのを恐れているのだろう。 斎藤は藤堂に背を向けるように縁側に座った。 「最近は静かだからねえ。腕が鈍っちまいそうだから、少しばかり遊んでいたのさ」 ことりと刀を己の右手に立て掛けると、 「月夜は血が騒いでいけない」 ちらりと空を見上げたあと肩越しに振り返り、切れ長の目を狐のように細めて笑った。 脳天から一刀両断にされたような錯覚を覚え、藤堂は背中から首筋へと這い上がってきた寒気に一瞬肩を強張らせる。 「と、いうのは冗談で」 「…え?」 斎藤は屈むと足元に置いてあった酒瓶を持ち上げた。 唖然とした顔の藤堂に湯のみを突き出す。 「酒が入ると人斬りたくなる癖があるもんだから、少しばかり頭を冷やしていただけさね」 似たようなもんじゃないか。 藤堂平助という男は儚げな容姿の美男子だが、「魁先生」の異名を持つほど中々に肝の据わっている。二度も怯むような男ではない。代わりに呆れた顔をして、己のうなじ当たりをがしがしと掻いた。斎藤は何を思っているのかよく分からない、独特の無表情を保っている。 彼の傍らへと歩み寄った藤堂に、 「おまえさんもどうだい?」 斎藤は湯のみを差し出した。 反射的に受け取った藤堂は、ほんの一瞬躊躇ったあと諦めたように腰を下ろした。 空を見上げると、確かに月が綺麗だった。 とくとくと湯のみに酒が注がれる。 「あなたはどうするんです?」 「いや。これ以上は遠慮しとこう」 確かに。 酔った勢いで刀の錆にされては堪らない。 苦笑いの形に歪んだ唇に、湯のみを運ぶ。口に含むとするりと喉を通った。 「…いい酒だ」 「好きだからねェ」 なぜ自分はこんなところにいるのだろうかと考えはするものの、どうせ部屋に帰っても眠れないのだ。いつまでも訪れない睡魔を待って寝返りを繰り返すだけなら、こうして夜を更かすのも悪くはない。 藤堂は傍らの柱に背を預けて、ぼんやりと月を眺めた。 もう一度酒を口に持っていったとき、 「おまえさん、実は俺が嫌いだろう?」 頃合をはかったように、斎藤が尋ねる。 思わず吹き出しかけた酒をごっくんと飲み下して、藤堂は少し咳き込みながら斎藤を見た。相変わらず例の無表情だ。 「突然何を言うんですか」 そんな問い返しにも無反応だ。 からかわれているのだろうか。その程度のものと軽んじられているのだろうか。自分の発した問いの答えにも興味なさげな横顔を、藤堂は睨みつけた。 月を見上げる顔は、憎らしいほどに涼やかだ。 「あなたの方こそ」 苦々しい思いで吐き捨てる。 「随分前から、私のことを嫌っているでしょう」 前々から感じていたことだ。 無口、無表情で人を寄せ付けない雰囲気をつくりながら、話しかけられれば穏やかに返す。彼が指揮した三番隊はアクの強い個性派ぞろいだったが、意外にもそんな彼らこそが新撰組で最も結束力を持った隊だった。その結束力の大きな要となっていたのが、この組長だったのだろう。人望は望めば望むだけ集まったはずだ。 それだけの人物なのだと、藤堂は納得している。 だが自分に対する態度だけは、どうにも普段の彼らしからぬところが多々見受けられた。 顔には出ない。が、向けられる目が明らかに他と違う。 その目の中の何かを言い当てられずにいるが、ただ分かるのはそれが好ましからぬ感情であること。憎悪ではない。嫌悪でもない、と思う。ではあれはなんなのか。あの暗い色をした、炭のしたで燻る小さな火のような。 不自然な沈黙に気付いて、藤堂は視線を空から斎藤へ戻した。 同じく空を見上げているものと思っていたが、彼はじっとこちらを見ていた。心持ち見開かれた目が、ぱちぱちと何度か瞬いた。 斎藤の驚いた表情を――これが彼の驚きの表情なのだ――見て、藤堂の方も驚いてしまった。 なんだ? この人……まさか。 「…自分で、気付いてなかったんですか?」 やや間があって、彼は気まずそうに視線を逸らした。 藤堂は何か言ってやろうと口を開いたが、呆れて溜息しか出てこなかった。無意識に嫌われ、無意識に避けられていたなんて……。何かしただろうかと真剣に悩んでいた時期の自分が馬鹿みたいだ。 藤堂は半ばやけになって、湯のみの酒をぐいと飲み干す。 一方、斎藤は目を閉じて、自分の思考と言動を思い返していた。 言われてみれば、自分は藤堂を避けていた気がする。いや、確かにそうだ。藤堂がいる場所には進んで近寄ろうとは思わなかったし、会話も極力避けていた。彼のそばにいて愉快だった記憶がない。 しかしそれならば何故、自分はそれに思い至らなかったのだろう。 そして、今夜酒に誘った理由は。 「弁解させていただきますけど、別に嫌いなわけじゃないんですよ」 酒を飲んで落ち着いたのか、藤堂が静かに言った。 現実に引き戻された斎藤は、藤堂がいる側の右目だけをぱちりと開いた。女と見紛うほどの美しい横顔が、月明かりに照らされていた。池田屋で受けた額の傷が、薄く赤く浮かび上がっている。月さえも通り越した遠い場所を見ている目は、同じ黒とは思えぬ色合いをしていた。 「私はただ、あなたが羨ましいんです」 ぽつりと呟かれた言葉に、斎藤は眉を上げる。 藤堂は再び口を酒で湿らせて、ほうと小さな溜息を吐いた。 「あなたのような力が欲しかった。この時代に一番必要な、強い力が」 拳に目を落とし、それを握ったり開いたりして小さく笑った。 「まっすぐに、大切な人を信じるだけの強さが欲しかった」 どきりとした。 大切な人。斎藤にとって、そう言える人間は決して多くない。今考えられるとするならば、新撰組に残してきた彼らだけだ。その中でも、あえて特に言うならば、思い浮かぶのはひとり。 いや。違うだろう。たぶん藤堂が言っているのは、伊東のことだ。 そう思いながらも疑惑は消えず、斎藤は動揺を顔に出さないまま、用心にこしたことはないとここから出口までの距離を計算した。ここで間者としての立場がバレれば、藤堂を斬り殺しすぐさま京から姿をくらませなければならない。 そんな斎藤の目の警戒の色にはまったく気付かず、藤堂はぼんやりと酒を飲み下した。 「私は結局疑ってしまった。誰よりも信頼していた人や、大好きだった人を、信じられなくなってしまった」 どうやら、その儚げな微笑みは自嘲のようだった。 「誰が正しいとか、誰が間違っているとか、考えるのに疲れてしまった。ただ、あのとき…。あの人たちが…あの人が一番辛いんだと分かっていても、あの人がやったことだけは許せなかった。それに、たとえそれが私でも、やっぱりあの冷たい目をして殺すんだろうと思ったら、突然あの人が私の知っているあの人じゃなくなってしまったのだと思って」 辛そうに声は震えているのに、目元は乾いていた。 もう、涙も出ないところにきてしまったのだろう。泣けるうちはまだいいのだと、斎藤は知っている。けれど、泣けなくなってしまったら、終わりだ。もう修正はきかない。 「少し素直じゃないだけで、とても優しいひとだったから」 斎藤は、相槌を打つでもなく、ただ耳を傾けている。 この話の“あの人”が、伊東でないことはもう分かっている。そして、たぶん自分が間者だということも、ばれているのだろう。 それでも斎藤は藤堂を斬って逃げはしなかった。その必要がないことは分かっていた。 だから黙って、肯定も否定もしなかった。 「だから私は、伊東先生についてきたんです。思想にも感銘を受けたし、伊藤先生のお人柄も信頼できると思った。それに、もう信じきれなくなってしまった私を手元に置いていても、あの人を余計に苦しめるだけなのは分かっただから、やっぱりどう考えても離れるべきだったんです。あの人は情で物事を判断することをすごく嫌がっていたから。みんなのためにも、自分のためにも、一番いい選択をしたはずなのに。だから、私はここに来たはずなのに…」 途切れた言葉の先は、斎藤も知っていた。 彼はこの御陵衛士にも、結局は馴染めなかったのだ。 彼を間者でないかと疑う者は少なくなかった。いや、間者でないと理解している者たちでさえも、彼を快くは思っていない。未だ新撰組を憎みきれずにいる彼の心情を敏感に感じ取った彼らは、藤堂を仲間として信用しようとはしなかった。斎藤としては疑いの目がそちらへ流れて好都合ではあったが、それを報告したときの鬼と呼ばれた男の顔が忘れられない。 藤堂は、新撰組を裏切り仲間に背を向けた先で、御陵衛士にもなりきれなかった。 無慈悲な殺戮者にもなりきれず、勤皇の志士にもなれなかった男。 ああ、だからか。 と斎藤は気付いた。 藤堂平助という男が、自分より哀れな人間だと感知したから、今夜己から声をかけることができたのだ。 「私は、あの人を信じ抜き、これからもどこまでだってついていくのだろうあなたが、羨ましくて妬ましくて仕方がないんです」 私ができなかったことを、あなたはきっとやり遂げるから。 体を折り曲げて、苦しげに彼は告白する。湯のみを持つ白い両手が、力をこめすぎて小刻みに震えていた。 (違うんだよ、藤堂さん。羨ましかったのは俺の方なんだ) 斎藤は、真青になった顔を隠すように、片手で顔を覆った。 ああ。気付いてしまった。気付きたくなかったことに、気付いてしまった。 (羨んでいたんだ。妬んで嫉んで、その純粋な心を踏みにじり穢してしまいたいと思っていたんだ) 自分にないものを、すべて当たり前のように持っていたこの洗練潔白な男が、たまらなく憎らしかったのだ。 そんな汚い自分に気付きたくなくて、否定したくて、斎藤は藤堂を避けていた。汚れないその瞳を覗き込むことも苦痛だった。沖田や永倉、その他の試衛館時代から強い絆で結ばれている幹部たちと、親しげに話をしているのを見るたび胸で何かがじりじりと焦げた。 藤堂は伊東方へつくだろうと、そう報告したときの。 副長の、あの悲痛な目を思い出した。 (たとえ俺が裏切っても、あの人はあんな目はしない) (たとえ俺が疑われ、人から憎まれ、蔑まれても、あの人はきっと何も感じない) (張り詰めた糸を断つよりも簡単に、あの人は俺との繋がりを断ち切るだろう) けれどあの人は、新撰組副長になる前の、ただの“トシ”だった頃の繋がりだけは、小さな子供のように懐にしまって何より大切にしているのだと、斎藤は知っていた。自分には、永遠に手に入らないものだということも。 自分のどろどろとした人間臭さを知ることを恐れさえしなければ、言葉を交わし、もっと早く相手の苦悩を理解できたかもしれない。そしてもしかしたら、それをお互いに和らげ合えたのかもしれない。相手は自分が思っているほどには満ち足りていなかったのだと知れば、自分にもいくつかは助言ができたかもしれない。あるいは藤堂も新撰組に残ったかもしれない。 けれどそれはもう遅すぎたのだ。 もしもも、かもも、ありえないのだ。 「謝るべきなのはこっちの方さ」 考えるよりも先に、言葉が漏れた。 訝しげに顔を上げた藤堂の目に、苦い顔で眉を顰めた斎藤の顔が映る。 「俺はおまえさんに、おんなじことを感じていた。いろいろ誤解をしていたようだ。酷いことをした」 それがなんなのかは、斎藤の口からは言えない。 ここに潜入するための今までの芝居が、すべて嘘だったと白状することになる。それは、できない。 だからただ。 「すまない」 と。 藤堂は何も言わず、頷いた。 やがて、しばらくの沈黙のあと、二人はほぼ同時に微笑んだ。それは見逃してしまうほど小さなものだったが、お互い何も言わず月を見上げた。 「斎藤さん」 「なんだい」 上弦の薄黄色い月が浮かんでいる。 「一つ、お願いがあります」 澄んだ目。澄んだ声。澄んだ表情。澄んだ心。 薄汚い羨望を呼び覚ましたそれが、真っ直ぐに自分に向けられた。だがなぜだか今となっては何の感情も湧かず、ただ眩しいとだけ思った。 ああ。月が眩しい。 「私は、誰よりも尊敬していた人や、本当はとても傷つきやすい優しい人、悪友とも戦友とも言える一番親しかった人、それに兄のように父のように慕ってきた人たち、彼らすべての思いを裏切ってここにいます。後悔はしていません。でも心残りは腐るほどある。だから」 淡く頼りない月光のしたで、藤堂は実に艶やかな表情をしていた。 真っ直ぐな視線を、斎藤はただ受け止める。 「私に何かあったら、あの人たちを、お願いします」 みんな、本当に困った人たちだから。 その笑顔は今にも泣きそうにも見えるのに、何があっても決して泣かないのだろうなと斎藤は思った。 そう。彼は泣けなくなってしまったのではない。泣かないのだ。泣くことさえ自分に許していないのだ。穏やかな顔をして、儚げに笑って、静かな目をしているのに、何という苛烈な生活を己に強いているのだろうか。 強い男だと思った。 羨望は、未だ胸にある。だがそれは今はもう汚く澱んではいなかった。それはたとえば、空に浮かぶ月に覚えるような感情。純粋な憧れ。 斎藤は力強く頷いた。 「引き受けた」 もしかしたら、この手で殺す日が来るのかもしれない。 覚悟の上で、斎藤は頷いた。 「あんたより先にくたばるかもしれんがね」 藤堂の手の中の湯のみに酒を注ぎながらそう付け足すと、彼は小さく声を上げて笑った。 「それはないでしょう。誰が死んでも、あなただけは何事もなかったように生きてそうだ。殺しても死にませんよ、きっと」 「人をなんだと思っておいでだい?」 藤堂は悪戯っぽく肩を竦めた。 「女好きで酒好きの化け狐?」 言うじゃないか。 斎藤はふふんと鼻で笑った。 「こう見えて惚れたら俺は一本木さ。おまえさんもそういう相手をつくるべきじゃないかね」 「いや、私はどうも…」 藤堂は額の傷をこりこりと掻いた。 「まだそういう人に出会ったことがなくて」 その躊躇い気味の告白に、斎藤はにやーっと笑った。 「そんなこと言ってるうちは、まだまだ子供だね」 藤堂は拗ねたように目をすがめて斎藤を睨んだ。斎藤は例の無表情に戻っていて、ただ目だけが楽しそうに笑っていた。 背筋をぴんと伸ばした姿勢が、何となく憎たらしかった。 「私はまだ23ですから」 べっと舌を出して言うと、斎藤は真顔を少しだけ可笑しそうに歪めて答えた。 「俺も23だよ」 「………うそぉ」 「ほんと」 そして。 凍てつくような冬の夜。 藤堂平助は、死んだ。 失踪したはずの斎藤が、白刃を手に近藤側に立っているのに気付き、小さく、小さく頷いたあとに、その美貌を修羅のように歪めて。 闇夜。舞う血飛沫の中を戦う姿は、新撰組八番隊組長であったころと変わらず勇ましかった。 藤堂だけでも逃がそうとした近藤や土方、永倉の配慮も虚しく、事情を知らなかった隊士たちによって彼は斬られた。 美しかった顔も判別がつかないほどの姿になってしまった藤堂に、多くの者が泣いた。 号泣する男たちに背を向けて、平静を装って立ち去る男の背に、斎藤は目を細めた。 震える拳を固く握り締めた男は、一度ぐっと肩に力を入れると、何事もなかったかのように颯爽とその場を去る。 斎藤は冬空を見上げて、ぽっかりと浮かんだ月を見つけた。 「約束は守るよ」 藤堂さん。 声が震えなかったのは奇蹟に近かった。 涼やかな優しい笑顔が、見えた気がした。 2004/02/02 これ一つ書くのにすごい時間がかかりました。 受験生が何してんだって感じですが、その当たりの突っ込みはナシの方向で。 ええと。半分くらいこれは二次創作です。 斎藤さんは思い切り秋山香乃先生のキャラクターですね。うん。頑張ってみました。口調が難しかった。 今の私の中では、斎藤さんのキャラは秋山作品の斎藤さんで定着しているので、こうなりましたが、 藤堂さんはまだ「新撰組 藤堂平助」を読んでないので口調とかキャラとかよく分かりませんでした。 だから藤堂さんは秋山先生の小説の藤堂さんではありません。私のオリキャラです。 うーん。どこからどこまでを二次創作と言うのか分からないので、 「歳三 往きてまた」、もしくは「獅子の棲む国」のパラレルだと思ってくださってもいいかもしれません。 斎藤さんと藤堂さんが同い年だっていうちょっとアレな事実が結構好きなので、こんなハナシを思いつきました。 難しかったけど、書くのは楽しかったです。 読んでる方も楽しんでくださってたらいいなと思います。 |