纏っていた人を拒絶する空気。
 気高く孤高でありながら、どこか寂しげだった目。
 貴重な笑みは、いつもどこか自嘲めいていて。
 人に関わることも、人に触れることも、なぜだか少し嫌がって見えたものだ。

 それが。


 別人と見まごうほどに。


「変わったよなあ」

 バラゴが、髪が乏しくなって久しい己の頭をがしがしと掻きながら、主語もなしに呟く。
 何が、と聞き返すこともなく、ガーヤが頷いた。

「変わったねえ」

 これ以上ないほど、いい方向に。
 彼は確かに変わっていた。

 ふたつの視線の先には、件の男が立っている。
 アレフとバーナダムと、3人で立ち話に興じている。楽しそうに喋るアレフと彼に対してだけいつもどこかぶっきらぼうなバーナダムに、ときどき頷いたり、困惑したりしているのが見える。
 しかしその表情はやはり柔らかい。嬉しそうにさえ見える。それだけで、その話題が知れるというものだ。

「ノリコだよなあ」
「ノリコだろうねえ」

 話題が。
 そして、変化のその原因が。

 するとにやにやしていたアレフが一段と楽しそうな顔をして、彼の肩を小突いた。
 昔の彼なら迷惑そうな顔をして黙って立ち去るだけだったろう、とガーヤは思う。ガーヤはノリコと知り合う前の彼を知る唯一の仲間だ。ここにいる誰よりも、もしかしたらノリコよりも、無機質だった頃の彼を知っている。
 だから、分かる。

 今、柔らかく笑んだ彼のごく自然な表情が、どれだけ驚異であるのか。

「笑ってるぜ」
「…笑ってるねえ」

 ときどき彼は、ガーヤは勿論バラゴでさえ顔を赤らめてしまうような顔をする。無意識だから性質が悪い、とみな心の中でぼやいている。
 そしてその度に、あの少女に出会ったことは、彼にとって、彼の運命にとって、非常に幸運でこの上なく幸せなことだったのだと実感するのである。
 ガーヤが視界の隅で動いたものに気付いて、ふと視線を上げる。

「あ」
「あん?」

 彼ら3人に彼女が歩み寄ろうとしている。
 彼女の位置からでも彼らの話題はつかめないのか、輪の中に入ってもいいものだろうかと躊躇しているようだ。

「ああ…」
「…ノリコだ」

 言うまでもないが、彼女の気配に一番敏感な彼の美男子はいち早くそれに気付き、くいくいと指一本で手招きをしている。その表情の、愛しげなことといったら―――バーナダムがぎょっとするほどである。
 パッと表情を輝かせた彼女が、少し急ぎ足で彼らの輪に混ざる。
 と。
 彼の腕が大胆にも、彼女の肩を抱いた。
 彼女が軽くよろけるほど、ぐいと力強く引き寄せる。

「お」
「わ」

 目を瞠って見ていると、イザークが笑みつつ口を動かしている。流石にこの距離では音まではひろえず、何を言っているのかは分からない。しかし、きょとんとしたノリコの顔が、見る見るうちに熟れたトマトのようになったことから、ある程度の予想はつく。
 彼は笑んでいるが、その表情には今や“柔らかさ”とは程遠い。見せ付けるように肩を抱き、笑っているが、まるで威嚇する猛獣のような強い目でバーナダムを見ていた。
 バーナダムの顔は面白いほどに引き攣っている。それを見ていたアレフはさりげなく拳で口元を隠していたが、堪えきれなくなったように吹き出した。

「なん……つーか」

 バラゴの呟きの響きは、最早ぼやきに近い。
 ガーヤはくすっと笑う。

「…変わったよなあ」

 恋人との仲を見せ付けて、昔の恋敵を牽制するくらいには。

「変わったねえ」

 胸がどきどきする。
 嗚呼、なんて嬉しいことだろう。

 ガーヤは笑みを益々深めた。


 今日も平和だ。















2004/09/02

 ついに……書いてしまった……っ!