本当はわたしだって、動く写真がいいのだ。
 しかしそれには魔法界のカメラがいる。現像する過程で少し細工をすれば、マグル界のカメラでだって、可能ではあるらしい。
 けれどわたしは、その両方を持っていないのだ。お金がないというわけではない。しかし高額だとは感じる。カメラのためにあれだけのお金を消費することに、躊躇いを感じてしまうのだ。
 結果、これに治まってしまった。

「ポラロイドカメラ、ねえ」

 親しいスプラウト先生に照れながらもそう説明すると、クスクス彼女は笑った。
 笑われたわたしも、気恥ずかしくて笑ってしまった。

「面白そうですね、少しわたしにも貸していただけます?」

 にこにこ笑顔でたずねられて、断る理由はない。
 どうぞと差し出すと、彼女は「これがマグルのカメラですか」とためつすがめつしながら、レンズを覗き込む。
 雑貨屋の片隅にあった、安物のカメラ。シャッターを切ったらすぐに写真を吐き出す、オレンジ色のファンシーなカメラ。
 それを構えて、スプラウト先生は笑う。

「笑ってー?」

 彼女の意図に気付いて、照れてしまった。
 そのままカシャッと音がして、一瞬後プラスチックの小さな箱は、ジーーッと白で縁取られたまだ黒い印刷紙を吐き出した。





 わたしとて教師だ。
 背が低かろうと、童顔だろうと、教師であるのは間違いない。ちなみに受け持ちはマグル学だ。
 教師というのは週末でも、授業の準備や提出された課題のチェックで忙しい。今日も今日とて自室に篭りきりだった。少し気分転換をしようと散歩するついでに、カメラを持ってスプラウト先生を訪ねただけのことだ。花の写真を数枚撮らせて貰った。
 ところで、自室に戻る途中には、長い階段がある。
 その途中の小さな踊り場で、わたしはホッと息をついたところだった。この階段はいつ上っても疲れる。
 早々に自室に戻ってまた仕事と睨めっこするのに抵抗があるわたしは、少しでもそれを先延ばしにしようとその場に腰掛けて休憩をとることにした。
 ローブの左ポケットから、ここ数日撮った写真の束を出した。
 授業中、生徒に実践して見せるために撮った写真がある。教師ともあろうものがカメラを片手に学校を徘徊している、その言い訳に使われたようなものだ。
 ついこの間、質問に来たビル・ウィーズリーと撮った写真もある。彼はちょくちょく質問にくる。マグル学に興味があるのだろう。実際、彼の父親は熱狂的なマグルマニアだ。
 食事中の生徒たち。誰もいない静かな廊下。窓から見えた美しい景色。薄気味悪い禁じられた森。夕焼け色に染まった空。スプラウトのところで撮ったばかりの花。
 ひととおり見たところで、ふと特別な一枚を思い出した。
 周りを見回して誰もいないことを確認すると、胸ポケットからするりと取り出す。
 肌身離さず持っている一枚の写真。
 …………本当はわたしだって、動く写真がいいのだ。
 でも動く写真を胸ポケットに仕舞うなんて、きっとわたしにはできないだろう。……嗚呼、顔がほてって熱い。









 その姿を見つけたのは偶然だった。
 階段の踊り場に座り込んで、何やら覗き込んでいる。ここからでは確認できないが、おそらく写真だろう。ここ最近、カメラを持って歩き回る彼女をよく見かける。彼女はマグル学の担当だから、教材か何かなのかもしれない。私には、個人的な理由で楽しんでいるようにしか見えなかったが。
 彼女とはあまり年が変わらないはずだが、東洋人だからだろうか、年よりずっと幼く見える。そのおかげなのか、それとも彼女の気安い気質がそうさせるのか、生徒たちには評判がいい。ときどき、友人感覚で彼女に話しかける生徒たちも見かける。あまり好ましいとは思わない。彼女は立派に成人を果たした大人で、教師なのだから。
 あまつさえ、あの気取ったウィーズリーはどうやら彼女を狙っているらしく、足繁く彼女の部屋に通っている。何とあつかましいっ。恥知らずな…。破廉恥だ!
 私が忙しなく思考しているうちに、写真をめくる彼女の手が止まった。
 写真の束を膝の上に置いて、ひとつ息をついた。どうやら一通り見終わったらしい。
 と、何やら思いついたらしく、周りをきょろきょろと見回した。彼女の位置からは死角になっているらしく、私は見つかることはなかった。
 誰もいないことを確認して、彼女は左胸のポケットから大切そうに一枚紙切れを取り出した。やはり写真だろう。一枚だけ胸ポケットに仕舞っていた意図は明らかだ。特別、ということらしい。それを証明するように、じっとそれを見つめる顔がにやけている。少し赤くなっているのも、見間違いではあるまい。
 何が写っているのだろう。
 ウィーズリーだろうか。
 そう思うと無償に腹立たしくなって、一歩踏み出す。
 そうだ、そもそも何故私がこんなところに隠れて、こそこそと彼女を見ていなければならないのだ。


先生」









「ひゃぁ!」


 驚きのあまり、写真を取り落としてしまった。
 慌てて立ち上がったせいで、膝の上の束も、踊り場に振りまいてしまった。

「あ、ぁ……」

 しかし今はそれどころではない。
 最も見られたくない人に見られてしまった。
 彼は――魔法薬学担当の、セブルス・スネイプ先生は、持ち前の不機嫌面で私を見ていた。わたしの異常な驚きっぷりに、片眉を器用に吊り上げて。

「そそっかしいことですな」
「す、すみません。驚いたもので」

 素っ気ない皮肉に思わず身を縮めながら、わたしは足元の写真に目を落とした。あの写真はどこだろう。彼に見つけられる前に回収しなければ。
 慌ててかき集めながら、忙しく例の一枚を探す。ああ、どうしよう、どこに行っただろう。
 そうこうしている内にも、彼は階段の下まで舞い落ちた写真を、一枚一枚拾い上げながら上ってくる。ああ、あそこにあったりしたら!

「い、いいですから! 自分でできますから!」

 裏返り気味の声で慌てて言うが、彼は一向に構わない様子で手を止めない。








 彼女の手から落ちた写真は、ひらりひらりと舞って、彼女の位置からは丁度影になって見えないだろう、踊り場より一段だけ下がった段に落ちた。
 私は盛大に撒き散らされた写真を広いながら、ゆっくりとそれに近づいていった。
 彼女が慌てて何か言っているが、この際無視しよう。
 拾い上げていく写真には、植物や風景が多かった。風景はよく見慣れた学校のものが多かったが、白い枠の中にあるそれは、どこか真新しい印象を与えた。これが彼女の視界だからだろうか。
 と。最後に拾い上げた一枚は、彼女自信の写真だった。
 照れたように頬を染めた彼女の笑顔が、写真いっぱいに写っている。これを撮ったのは誰だろう。ウィーズリーだろうか。何を思ってこんな顔をしたのだろうか。
 再び苛立ちが込み上げてきて、手近なところに落ちたものは拾い集めたのをいいことに、一気に例の写真まで足を運ぶ。
 どうしても拝みたくなったのだ。その写真に写った者の顔が。
 真っ白な裏面を向けている写真を拾い上げ、指先でひっくり返す。
 そして。

 固まった。


「ああっ!」


 悲鳴を上げた彼女が慌てて駆け寄ってくる。
 集めきれなかった写真を踏んでしまうのも構わずに。(赤毛の男子生徒が映った写真も一度踏まれた)(いい気味だ)
 私の手からひったくるように写真を奪い取り、背中に隠してしまった。
 首から耳の先まで、熟れたトマトのように真っ赤になって。

「ち、違うんです! ちが……あの、なんでも、ないんです! な、なんでも!」










 ああどうしよう? どうしよう。…どうしよう! 見られてしまっただろうか。いや見られてしまっただろう。きっと。
 けれど、彼は気付いただろうか。そこに映っていた人の正体に。偶然取れた一枚だから、少しぶれているし、横顔だけれど。

 映っているのが彼――セブルス・スネイプ――だということに。

 四隅にペンで書かれた、赤いハートマークに?

 顔が熱い。焼けるようだ。顔が赤いのに気付かれているだろうか。湯気が出ていやしないだろうか。
 嗚呼、こんなはずではなかったのに。こんな予定ではなかったのに。
 こんなふうに気付かれて、明日からどんな顔をすればいいというのだろう。いや明日よりも問題なのは今日なのだ。今なのだ。
 何て言うだろう。呆れるのだろうか、笑うのだろうか、怒るのだろうか。
 嫌われるのだろうか。迷惑だと、言うのだろうか。
 思うだけで、泣きそうになった。迷惑にならないように、嫌われたりしないように、顔には出さないできたつもりだったのに。見ているだけでいいと、同じ職場であるだけで幸せだと、片思いで満足してきたのに。
 嗚呼、神さま。これは酷すぎる。

「ち、違うんです。これは…その」
「………違うのですか」

 え?

 顔を上げると、彼は真顔でわたしを見ていた。
 こんな風に近くで目を合わせたことなどほとんどなくて、しかも誰もいないところで二人きりでなんて皆無で、どきりとして、どきどきして、心臓が頭の中にあるみたいに鼓動が響いた。

「それは…残念ですな」

 え?

 何を言っているのかさっぱり分からないわたしに、彼は拾ってくれた写真の束をわたしに差し出した。
 わたしは訳が分からないままそれを受け取る。

「残念料に」

 再び顔を上げると、

「これを頂いておきますが、よろしいですな?」

 先程スプラウト先生が撮った、出来立てほやほや、わたしの写真。ひらひらさせて示したあと、返事も待たずに彼はポケットにそれを仕舞った。
 声も出せないわたしの横を擦り抜けて、彼は階段を上っていく。(途中ミスタ・ウィーズリーの写真を踏みつけて)
 カ、カ、といつもと変わらない規則正しい足音に、わたしはまだ呆然としている。
 背中を見送るわたしの前で、ふと彼が立ち止まった。

「ああ、そうだ」

 彼は振り返る。

「明日の2時ごろ、お暇ですかな?」
「は」

 ぽかん、と口を開けてしまう。

「お暇ですかな?」

 再び問われて、慌てて頷く。
 頷いて、それから首を傾げてみせる。

「でも……あの…?」

 何故という言葉さえ出て来ない間抜けな赤いままのわたしに、彼は不敵ににやりと微笑んだ。


「なに、お茶の誘いというやつですよ」




















2005/12/03

 期末テスト真っ只中の学生管理人でっす! あハン?(外人風/ヤメぃ)
 甘いの目指したんですけどね! 甘すぎましたかね! ってか書いてる本人が砂吐いててどうすんですかね!(ハハ!)
 スネイプ先生、完璧に偽者ですしね! どうすんですかね! どーもしませんけどね! あははははは面白い!(人格崩壊)
 とりあえず若セブに愛!