足をやられて病院に突っ込まれた。大した怪我じゃないと言っているのに、気がつけば右足は包帯で身動きすら取れない。固定のしすぎじゃないのかとか、大体自分で調合した薬さえあればこんなもんはいらんのだとか、言いたいことや言いたい嫌味はざっと数えても百ほどあったが、それより何より優先して伝えなければならないのは、
「セブルス!」ああ遅かった。何より優先して阻止しようとしていた絞り出すような叫びに眉を寄せる。誰だ連絡したのは。絶対誇張しただろうもしくは誤解するような深刻で堅苦しい話し方で呼び出したんだろう愚図どもめ配慮が足りんのだ貴様らには。病室に飛び込んできたの顔色は真っ青を通り越して真っ白でそのくせ走ってきたのか息を切らして、今にも倒れそうだった。どうして怪我人の私より重症な顔でそこにいるんだこの馬鹿が。そばにいた部下が私との顔を交互に見つめて困惑している。この野郎、今私とこいつがどんな関係なのか考えているな。残念だが妹でも娘でも姪っ子でも親戚でもない。「う、撃たれたって、き、て」「落ち着け」「…ああ、もう、ほんと」その場に崩れ落ちそうな顔をして、そのくせしっかりと立っている。ふと正気に返ったように、突っ立ったままの部下に気づいて「いつも主人がお世話になっております」と頭を下げた。私が既婚者だと知らなかったらしい(知っていたとしてももっと陰気くさい“私に似つかわしい妻”を想像していたんだろう)部下は、あたふたと頭を下げて「いえどうもこちらこそ」などとしどろもどろに挨拶を返した。修行が足りん。部下に部屋を出て行くように目くばせするが、未だに動揺しているらしい馬鹿は全く気づきもしやがらない。減給ものだ。その間にもは着々と正気に戻ってしまい、自分が取るものも取りあえず家を飛び出してきたことに気づき、保険証がないだとか判子が財布が、ああ鍵かけてきたかななどと言いだした。馬鹿ああもうクソッ「おい、」「ちょっといっぺん家に帰って取って来ます」飛び込んできたときと同じ勢いで部屋を出て行く。ああ畜生また間に合わなかった。いや駄目だこのままでは。くそっなんて面倒な。「あ、あの? スネイプさん、どちらへ」「便所だ!」「あ、松葉杖、」「いらん! ついて来るな!」気の利かない部下を睨みつけ、廊下の手すりを使いながら足を引きずって歩く。くそっ、怪我さえしていなければあの鈍くさくてトロくさい女に追いつけないはずがないのに。いやそもそも怪我をしていなければこんな事態にもなっていないわけだが。屋上に行くには階段しかないなんて絶望的だ。設計者の畜生めが殺してやる。嗚呼もう今更ながらに撃った野郎に腹が立つ。自分の油断が招いた事態だ犯人グループの誰が撃ったかなんて気にもしていなかったが今決めた私が決めた、そいつの取り調べは絶対に私が受け持つ。刑務所より恐ろしい地獄を見せてやる。痛みに奥歯をぎしぎし言わせながらようやく病院という大きな箱のてっぺんに出て、そこに蹲った小さな背中を見つける。ほうらな、やっぱり。お前はそういうやつだよ、まったく。「おいこら」「!」声をかけると驚いて振り返ったがが、またすぐに伏せた。隠そうとしたってもう無駄だ。もう見てしまった。見る前から気づいていた。そうやってお前はいつもいらない痩せ我慢ばかりだ。我慢させているのは私だから、まあなんとも言えないのだが。痛む足を引きずって(やばいちょっと傷口ひらいたか? ええい面倒な!)、ようやく辿り着いたその隣に腰を下ろす。腰を下ろすのも一苦労だ。なんだってこんなに固定してるんだ。傷口はほんの5センチに満たないというのに!息をついて、隣にある見慣れたつむじを見下ろす。「…」「…」「無視するなこら」「…」溜息をつく。どうしたもんかねこれは。上を見上げると忌々しいほどに晴れ渡っていて、その青の深さにそろそろ夏も終わりかなどと考える。汗をかいた肌に、吹きわたる風が気持ちいい。隣では妻が小さな子供のように膝を抱えて泣いている。「こっち来い」腕を伸ばして辛抱強く待っていると、もぞもぞと動いて腕の中にそれが収まる。まるであつらえたようにすっぽりと収まるから、いつもこの女は私のためだけに作られた特注品か何かではないのかというような錯覚に陥る。錯覚ではないかもしれない。錯覚でないといい。いやむしろ、その私こそが彼女の特注品なのかもしれないが。なんて下らないことばかり考える下らない自分の思考回路のなんと絶望的なことだろう。私の優秀な脳髄がこんなに腑抜けてしまったのもすべてこの馬鹿女のせいだ。何かわけのわからん病気が感染したんだそうに違いない。そしてそのわけのわからん病気のせいで頭がからっぽのこの女は今、自分の語彙では言葉にできない不安と孤独で泣いているのだ。言葉にしなくても分かることはあるのだ。すべてを理解できなくとも、お前がこうして泣くほど不安だったことぐらい私にだって分かるのだ。だから、「一人を選ぶな馬鹿者」一人で泣くな。「…」「ここにいるだろうが」「…っ」「ちゃんと生きてるだろうが」お前が思っているより私はずっとしぶといから、そう簡単に死にはしない。そう簡単に消えてしまわない。丸い頭に顎をのせて囁く。泣くな。だいじょうぶだから。そうしてしばらくじっとしていると、腕の中でもぞりと動いて小さく呻いた。「ばか」馬鹿とはなんだお前にだけは言われたくないわ、と瞬間的に思いはしたが、今は甘んじて受けるべきなんだろう。「あほ」「…」「すかぽんたん」「…」「甲斐性なし」「…」「朴稔仁」「…」「陰険、根暗、薬学ばか」「…」「…ま、まっくろくろすけ」ネタ切れらしい。なんて貧弱な語彙なんだ。そういうところが馬鹿なんだよなあと不覚にもほのぼのした気持ちになるのはなぜなのか。なぜなんだ本当に。「…悪かった」仕方がないのでそう言うと、腕の中のの腕がそろそろと背中に回る。「…びっくりしたんだから」「ああ」「撃たれたって」「ああ」「人間なんて、か、簡単に、死ん、じゃうんだか、らあ!」また泣き始めた気配に思わず微笑む。小さな丸い背中を撫でてあやすとますます強くしがみついて来る。離すまいと必死になる小さな身体をいじましく思う。「…死なんよ」嗚咽してしゃくりあげる子どものような女を、自分のことが心配で心配で死にそうな顔をする妻を、全身で抱え込んであやす。前に2人で映画を見たとき、もし私が死んだらなんて話をしたら泣き出した。そんなに反応が顕著とは思わなくてそのときは随分驚かされた。そんな、私の死を想像するだけで馬鹿みたいに泣くような女が居るというのに、どうして簡単に死ねるというのだろうか。「もうお前を置いてはどこへも行かん」お前を置いていった低能で最低の糞野郎どもと一緒にするな。そんな馬鹿どもの御同類になってなぞやるものか。そもそもお前を置いて行くなんて、お前を手に入れてしまった今ではもう絶対に無理なんだ。その辺が分かってないだろうお前。望まれたって不可能だ。離れようとしたって無駄だ。そばに居ないお前が気になって気になって仕事も成仏もろくに出来たもんじゃない。意地でも解放などしてやるものか。「一人にしないと前に約束したろう」「…ぅん」「私は嘘はいくらでも吐くが、約束は守る主義だ」「…知って、る」「どこにも行かん。置いては行かん。死ぬ時はお前も連れて行く。もしものときは追って来い」「…追ってって、いいの?」「追うななどと、残酷なことは言わん」「…約束だよ」「ああ」「絶対だよ」「ああ」死ぬ時は道連れ宣言をされて、目が腫れるほど泣きつづけながら嬉しそうにするこの頭の悪い女を愛しく思わないなんて言える男がこの世に居るなら、是非とも顔を見てみたいものだ。(きっとそいつは男じゃない)(だからと言って愛しいなんて言うのは許さん)(言ったら殴る絶対殴る)「置いてかないでね」「しつこい」だからお前も置いていくなよなんて、結局私は言えやしない。(もしもの時は後を追うから、別にいいのだ)










(20080808)

パロディ。話の流れ的に刑事モノぽい。
でも脳内での妄想中は図書館戦争とコラボってたのは秘密。
気の利かない部下は堂上とか笠原とかだったらツボ。
スネ先生は皆に嫌われてるけどヤリ手の情報操作担当。柴崎の上司。
階級的には玄田隊長よりちょい下。緒方さんレベルかな。
正式な図書隊じゃなくて、なんかこう、外部から来た厄介な顧問的な?
だから直属の上司は本来はダンブーなの。
ねちねちねちねち突いてくるから、厄介者扱いされてるといいよ。
でも今回は不覚にも無意識に子どもを庇って撃たれちゃったんだよ。
皆に「えっ」とか思われてるよいいよ。「そんなキャラかよ」みたいな。そんなキャラです。
妄想激しいな私。(え、今更?)