「お前はいつも、日陰を歩こうとする」

 セブルスはそんな彼女の隣を歩きながら、呟いた。
 はいつものように一拍置いて、小さく頷いた。

「はい、そうです」

 まだあまり、英語は得意ではない。

「何故だ?」

 だからセブルスは、簡単な英語しか使わない。彼女のことを思えば、できるだけたくさん話をして慣れさせた方がいいのだろうとは思う。だが、それでは彼が面倒だ。あまり気の長い性質ではない。彼女の上達を待つよりは、簡単な単語や単純な文法を使う方が簡単だ。

「わたしは、空が、少し怖いです」
「怖い?」

 よくある彼女の間違いかと思って聞き返したが、ははっきりと頷いた。少し思い悩むように、目線を上げる。
 彼女はいつも、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「屋根がないことが、怖いです。空が怖いです。青い空も夜の空も。曇った空と、雨の日の空は、少し好き、晴れの空よりは。ええと……晴れの日は、好きだけど、晴れた空は、怖い」

 分かるような、分からないような。
 まず、空が怖いという感覚が分からない。
 彼女も説明になっていないことが分かっているのだろう。相手の言葉が分からないときや、相手に話したいことが伝わらないときに浮かべる、いつもの困惑した曖昧な笑みを浮かべて、首を傾げた。

「難しいです、わたしにとって、英語を話すのは。そしてまた、説明することも、わたしの気持ちを。でも、頑張ります」

 文法にこだわりすぎるからなかなか上達しないのだ、とセブルスは思っている。
 だがわざわざそれを指摘してやるほど親切ではない。

「空は、とても、大きくて、広くて……遠い。わたしたちには、すべては、まだ理解できません。わたしは知っています、向こうにあるのは、宇宙です。でも、わたしは、一度も行ったことがありません、だから、違うかもしれません。分からないことが、怖いです。それに、見ていると、ええと……空のうえに、おっこちてしまうみたいです。池で溺れることみたいに」

 詩的な表現だ、と皮肉る。
 “詩的な表現”というのは分かったらしく、はにかんだように笑った。

「遠すぎます。綺麗すぎます。それが怖いです。でも、曇っているときは、わたしと空の、距離が、近くなります、晴れのときより。だから、心配ではありません。あ……あー……あん…アん…?」
「安心?」
「Yes! 安心です」

 人差し指を立てた右手を指揮者のように軽くゆらしながら、嬉しそうに「安心、安心」と繰り返した。少しでも単語を覚えようとしているらしい。
 なぜこんな、頭の鈍そうな女(しかもハッフルパフだ!)にわざわざ付き合っているのだろうと、ときどき思う。今日だって、ホグズミートを歩いていて、たまたま見かけただけだ。無視して通り過ぎればいいのに、わざわざ声をかけたのは何故だろう。

「空は、好きです。でも、怖いです。だからわたしは、家の中から、見ていたいです」

 もしかしたら、一人で歩く彼女の背中が、どきりとするほど寂しそうだったからかもしれない。
 カタコトで喋る彼女は、編入して1・2ヶ月こそ親切に色々と連れまわされていたが、特にどこといって変わったところのない平凡な東洋人だと分かると、皆少しずつ彼女から離れていった。
 それをセブルスは、少しだけ知っていた。

「あなたはどうですか?」

 一点の曇りも見当たらない彼女の笑顔に、ほっとしたような、苛立たしいような、複雑な気持ちだった。
 彼女に自分を、重ねでもしたのだろうか。

「僕は、日の当たるところが、嫌いだ」

 は相手の言葉を読み取るのに、一拍だけ時間をかける。
 そして、その言葉を噛み砕いたあと、ゆっくりと笑った。

「一緒に散歩するのが、便利ですね、わたしと」

 あまりに嬉しそうに笑うものだから、セブルスもいつのまにか、表情をほぐしてしまうのだ。
 確かに、自分の孤独に重ねる部分があったのかもしれない。
 しかし、それだけでもないことは、よく分かっていた。
 一番の原因は、彼女がそこにいるだけで、たとえまともな会話ができなくても、不思議と安らいだ気持ちになるからだ。妹がいたらこんなものだろうかと、密かに、こっそりと、そんなことを思ってはひとり困惑していた。










 日傘の君シリーズ、始動。
 同一ヒロインで、ちょこちょこ書いていきたいです。
 計画性ナシで行くので、時間軸とかめちゃくちゃで。