夏期休暇の間に、随分会っていない叔母の家を訪れた。 幼い頃から、度々不思議なことが起こすわたしを、気味悪がらずに可愛がってくれた叔母だ。叔母は私の訪問を喜んでくれて、既に課題を終わらせているわたしはここ数日を楽しく過ごしていた。 その叔母に頼まれて、今は近くのスーパーマーケットにブルーベリージャムを買いに来ている。 そして、黄色い買い物籠を片手に持った、すらりと背の高い男性の後姿を見ている。 誤解のないよう一応言っておくが、見惚れているとかそういうのではない。 確かに後ろから見た感じでも、黒いシャツに黒い生地のパンツも暑そうなのに違和感なく着こなしていて、少し長めの黒髪を後ろでひとつに束ねているところなんか、まさに大人の男という感じだけれど、顔が見えなければそれも確信は持てない。 しかし、どこかで見たことがあるような気がするのだ。 よく知っている後姿のような気がするのだ。 どこだっただろう。 ここ数年は、夏期休暇とクリスマス休暇以外ホグワーツにいるのだから、そうそう大人と知り合う機会はないはずなのだけど。 昔から分からないことを分からないままにしておくのは許せないタチで、支払いを終えたジャムを片手に持ったまま、彼の後姿を凝視している。(それにしても、あんな落ち着いた雰囲気の大人の男が、黄色い買い物籠を下げているという光景は、悪いとは思うが少し笑える。) と、そのときだった。 「はい、これ追加ね」 彼の籠の中にお菓子の袋を放り込んだ者がいた。 (!?) 間違いない。 あの少女(彼女は立派に成人しているのだからこの表現は適切ではないのだが、それが一番しっくりくる)は、わたしもよく知っている・だ。ホグワーツで、非常勤のDADA教師として教鞭をとっている。彼女の授業はわりと好評だ。 男性が籠の中を見て、眉を顰めたのが見えた。彼は銀のフレームの眼鏡をかけていた。 「太るぞ」 第一声はそれだった。 …それが女性に向かって言うことだろうか。 「これくらい平気ですー」 「買いだめしているチップスを一晩に一袋消費してるのはどこのどいつだ」 「…うーん……今わたしの目の前にいる年中無休でしかめっ面の陰険厭味男?」 「……」 「そんな北極の氷山の頂のような目で睨まないでよダーリン。わたし寒くて凍えちゃーう。あ、あとこれも追加ね」 すぐ傍にあったハムを取って、籠に入れる。 「着色料が…」 「大丈夫大丈夫」 「添加物…」 「気にしない気にしない」 「……どうなっても知らんぞ」 「人間というのは丈夫にできてますから。っていうかそういうこと、奇怪でグロテスクで思い切り有害ですと主張してる色の材料とかで薬つくってるセブルスにだけは言われたくないよね」 「安全性は十分に保証されている」 「どうだかねー」 なんてことだろう。 あれは。 (スネイプ……!!?) ホグワーツで人気投票をしたならば、確実に上位に入る若い女教師と、確実に最下位であるベテラン薬学教師が、仲良く買い物をしているなんて。しかもあの純血主義のスリザリン生を率いるスリザリンの寮監が、マグルの服装をしてこんなマグルの町を普通に歩いているなんて。黄色い買い物籠を下げて、スーパーマーケットをウロウロしているなんて。子持ちの主婦のように着色料や添加物にうるさいなんて。 何よりその2人の後姿が、気を許しあっているのが此方にまで伝わるほど、優しくて柔らかくて微笑ましいだなんて。 会話から察するに、同棲しているみたいだなんて。 (在り得ないわ…!) 「今日はセブルス特製のオムライスがいいなー。あれ大好き!」 「別に普通だろう。あれぐらいお前とて作れる」 「チチチ、分かってないねーキミー。キミのオムライスは、あの卵のとろり具合が絶妙なのだよキミー。特製のソースが最高なのだよキミー。わたしのストライクゾーンど真ん中にジャストミートなのだよキミー。最高に美味しいんだよキミー」 「喧しい。いい年した大人がいつまでも子どものような口調で喋るな馬鹿者が。そろそろ年齢的に無理があるのに気づけ」 「失礼な! そんなことばっか言ってるからセブは子どもに怖がられるんだよ。そのうち“ジャイアニズムを身につけたスネちゃま”って陰で呼ばれるようになっても知らないからね。あ、いや、そんなこと今はどうでもいーや。それよりさあ、オムライスつくってよーセブルスー。手伝うからさぁ。……おいコラかわいい女の子のささやかなお願い事を無視すんなそこの中年……ねってばー!」 呆れ果てた目で彼女を見ていたスネイプは、少し俯いて眼鏡を指で押し上げながら、深く深くため息をついた。 それはもう、気の毒になるくらい、深く。 「…………………………卵は」 そしてついに彼は折れた。 途端、少女のような成人女性は、ぱぁっと顔を輝かせた。 「あっちであります隊長! 見た感じちょっとした安売りをしていた模様です! お得であります! さあ行こう今行こうすぐ行こう!」 「分かったから引っ張るな馬鹿者。少しは喧しいその口を閉じる努力をしたまえ」 嗚呼。 あんなに穏やかに苦笑するセブルス・スネイプなんて。 (在り得ないわ!) そんなスネイプに、見たこともないほど幸せそうに笑いかけているなんて。 わたしたちといるときより、数十倍もきれいでかわいく見えるだなんて。 (在り得ないから、わたしは何も見てないのよ。そうよ、これは夢よ。幻なのよ) だから、誰かに口外する必要などない。 ハリーにも、ロンにも、ジニーにも、誰にも言うまい。 在り得ないけれどこの上なく幸せそうな光景は、秘密のままにしておこう。この胸にとどめておこう。 なぜだか、とても大切にしなきゃいけない光景のように思えたから。 何かの拍子に、壊れてしまうなんてことがないように。 彼女の笑顔が、翳ることがないように。 わたしは鉢合わせしないようにくるりと踵を返して、早足でそっとスーパーを出た。 オムライスを作ってるスネイプを想像して、顔が少し笑ってしまってるのは、ご愛嬌、でしょう? 2005/12/18 ハーマイオニーの目撃談。 ハー子は優しいから、秘密にしててくれると思うのです。 |