神聖な日 純白の中で 出会った















 白い雪が降っている。
 その細かさのわりに溶けることなく、黒いコートに纏わり付いている。
 積もるかもしれない。
 その感触を肌で感じながら、ホウっと息を吐いた。
 息も白かった。
 なんだか気分も浮かれてきて、は微笑みを口元に残したまま、歩き始めた。

 15歳のクリスマスイブ。





 がこうしてイブだと言うのに、ホグズミートを歩いているのにはわけがある。
 それというのも、友人たちへのプレゼントを買うためである。
 ベイルダム教授を拝み倒して期日を延ばしてもらい、やっとのことで全ての課題を終わらせたは暦のことなどまるで気にしていなかった。
 気が付けば、クリスマスはすぐそこに迫っていたのである。
 慌てて友人たちへのプレゼントを考え始めたは、やっとのことで手作りケーキとブックカバーに決めた。
 お気に入りの店で注文したまでは良かったものの、ちょうどイブ当日に届くと聞いて、ホグズミードへ足を運んでいるのである。

「みんな、ケーキ喜んでくれるかな」

 つくってきたばかりのケーキのことが心配になる。
 イギリスの菓子は、日本人のにとっては、軽い拷問である。
 あれを美味しそうに頬張る友人たちの味覚を疑いそうになるが、まあ人それぞれだろう。
 しかし、今回がつくったケーキは、の好みに合わせてある。
 ブラックチョコレートを使った、ガトーショコラだ。クリスマスの雰囲気を出すために、満遍なく白い粉砂糖がふられている。
 の日本の家では、ケーキの必要なイベント、つまり誕生日やクリスマスになると、必ずこれをつくるのが習慣となっている。それだけ、と彼女の父親は、このケーキが好きなのである。
 簡単だし、美味しいし、何より買うより安い。
 貧乏根性万歳。

「おぉっと」

 そんなことを考えていたので、目当ての店を通り過ぎてしまった。
 くるりとUターンして、戻ろうとする。
 そのときだった。
 白い視界に、鮮やかな黒が映った。
 の視線を釘付けにしたその黒は、黄金色の目でじっとこちらを見ている。
 すらりとした四肢。ゆったりと動く長い尾。つややかな毛並み。大きな目。
 美しい黒猫だった。

「こんにちは」

 が言った。
 なんとなく、話しかけなきゃいけない気がした。
 猫は返事をしなかった。
 当たり前か。

「君、そこ寒くない?」

 雪降ってるけど。
 そう問いに答えるように、猫は立ち上がりそっとの足に擦り寄った。
 猫は温かかった。命の温かさだった。
 しかしよくよく気をつければ、その体は小刻みに震えている。

 やっぱり、寒いんだ。

 はしゃがんで、黄金色の目を見つめた。猫もじいと見つめ返す。
 良く知る日本の野良猫たちより、ずっと小柄だった。しかし、幼い雰囲気はない。不思議な猫だ。

「わたし、ホグワーツの5年生だけど、一緒に来る?」

 問いに、にゃあ、と猫は鳴いた。
 その声は耳に酷く心地よかった。

「じゃあ、行こうか」

 そっと抱き上げて、黒猫の温もりを胸に感じた。
 猫は満足そうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「これからちょっと寄るとこがあるんだ。今日はクリスマスイブだからね」

 は猫に語りかける。
 猫はじっと耳を傾けているようだった。
 顔を上げてを見つめる黒猫の目は、ひどく優しかった。





「お、。おかえり。…その猫どうしたんだよ?」

 談話室には、友人たちがそろっていた。
 いち早くの帰りに気付いたのは、シリウスである。

「ただいま。この子?さっきホグズミートで会ったの」
「ふうん。野良か?」
「知らなーい」

 一度の胸に額を擦りよせて、にゃあと鳴いた。
 が彼女を見ると、彼女は目を優しく細めて、軽く首を傾けた。
 ああ、降りたいのかな。
 何故かそう感じたは、そっと手の力を緩める。彼女はふわりと優雅に着地して、暖炉に近いソファーの上に体を丸めた。

「…すごくきれいな猫ね」

 とほとんど同時に談話室に入ってきたリリーが、ほうっと溜息に似た声を漏らした。
 リーマスがこっくりと頷いた。

「もう名前はあるの?」
「…どうなんだろう」

 は、彼女が丸まったソファーのすぐ隣に腰を下ろした。
 黒い毛並みに、暖炉の明かりが淡く反射する。
 野良にしては、清潔な猫だった。

「名前あるの?」

 猫に向かって話しかけたらしいに、周囲の友人たちは苦笑する。その様が、ひどく幼く見えたから。
 しかし、猫はそっと頭をもたげて、を見た。
 にゃあ、というのは返事に聞こえた。

「好きに呼んでいいってさ」

 が言うと、周囲はきょとんとする。

、この子の言葉が分かるの?」

 リリーが問うと、ふるふるとは首を振った。
 少し眉を寄せて、何かを考えるような仕草をする。

「分かるっていうか、そういうんじゃなくて、何て言うのかなぁ。…そんなようなことを、言っている気がするっていうか、この子がわたしにも分かるように意思表示してくれてる気がするっていうか、そんな感じなの」
「ふうん。…魔法猫なのかな」
「そういう猫って、珍しくないの?」

 マグルの世界で育ったには、その辺りがよく分からない。
 首を傾げたに、ジェームズが説明する。

「いや、やっぱり珍しいよ。ペットショップを探しても、そう見つかるもんじゃない。ただ、いないというわけでもないんだ。金持ちなら飼っているひともいるんじゃないかな」

 へえ、とマグル育ちのとリリーは、小さく唸った。
 リリーはそんな自分に気付き、ハッとして小さく舌打ちをした。
 ジェームズはちらりとリリーを盗み見たが、視線が交わらない内に心底嬉しそうな表情を隠した。
 リーマスがにやにやしながらそんな2人を見ていたが、咳払いをして話を戻した。

「じゃあその子の名前、が決めてあげなよ。それで、その子さえ良ければ、が主人になれば良い」

 にゃあ、と猫が賛成の意を示した。
 パッとの顔が輝いて、猫を見つめる瞳が嬉しそうだった。

「いいの!?」

 確認のためにもう一度尋ねると、猫は優しい目をして、そっとの膝の上に移動した。
 そっとその背を撫でながら、は目を細めた。
 柔らかな感触が心地よかった。

「実はね、ホグズミードから帰るとき、ずっと考えていたんだ。何て呼べばいいのか、分からなかったから」

 ゴロゴロ、と猫が喉を鳴らす。
 知らず、そばにいた皆が、穏やかに表情を緩めていた。
 部屋に満ちた空気全体が、あたたかく優しかった。

「アイリス、クレア、あ、グレースでもいいな。あと、セリーナ。ルナ。ティアラ。セレネ。ディアーナ。ヘカーテ。アリアン。シャトウ。…」

 指折り数えて、次々と挙がる名前候補に、さすがの黒猫も呆れた顔をした。
 ピーターがくすくすと笑う。

、それじゃ迷うのも当然だよ。いっそ、彼女を見て、思いついたのを言ってみたら?語源とかより、インスピレーションを大事にした方がいい」
「あはは。そだね」

 しばらく考えた後、は伸びをするように立ち上がった。

「なんか、頭の中雑念でいっぱいだから、もう少し考えてみるよ。あ、ところでみんな、メリークリスマス!」

 なんだか話のつながりが見えないが、いつものことなので皆口々に返事を返した。
 は気恥ずかしそうににこにこしながら、プレゼントがあるんだと話した。

「あ、それそれ!」

 シリウスがぽん、と手を打つ。

「こうやって俺達が談話室に集まってたのもさ、それの話をしてたんだよ。実は俺達みんな、にプレゼントがあってさ」
「ほんと!?やったぁー、じゃちょっと待ってて。ケーキ持ってくる」
「「「「「ケーキ?」」」」」

 甘いものに反応するあたりが、やっぱりまだまだ子供だと思う。
 リーマスの反応が一番大きかったのは、気のせいじゃないだろうけど。

「ほい」

 差し出したケーキを見て、きらきらと顔を輝かせたリーマス。

「チョコレートケーキだぁ…」
「リーマスってほんと、チョコ好きだよな」

 シリウスの呆れたように呟きに、リーマスはにこにこしたまま答えなかった。
 の手によって均等に切り分けられ、用意していた小皿に乗せられた。

「あ、うまい」
「ほんとだ」
「これ、本当に手作り?」
「売り物みたいだ」
「今度作り方教えてくれる?」

 予想外に反応が良かったので、は相好を崩した。
 小さく切り分けたケーキと、ホグズミードで買ってきたミルクを猫に差し出す。

「名前はもうちょっと待ってね」

 にゃあ、と返事をして、ぴちゃぴちゃと彼女は行儀良くミルクを舐めた。

 買ってきたブックカバーも喜んでもらえたので、は大満足だった。
 ふと時計に目をやれば、そろそろ日が傾く頃である。
 は一切れのケーキを乗せた更を持って、そっと談話室を抜け出そうとした。

、どこ行くんだ?」

 シリウスが呼び止める。

「あ、うん。他の寮に友だちがいて、その子にもケーキあげようと思って」
「ふうん。レイブンクローか?」
「……ま、そんなとこ」
「気を付けて行ってこいよ」

 ごめんね、シリウス。
 でも本当のこと言ったら、何をするか分かったもんじゃないから。
 心の中で謝って、はするりと寮を出た。
 にゃあ。
 鳴き声に振り向くと、黒猫が付いて来ていた。
 お座りをした状態で、一緒に行っても良いか、というように尻尾を振った。
 うん、と頷くと猫は軽く走りより、驚く主人を尻目に軽々との肩に乗った。小柄なため、の肩でも上手くバランスを取っていた。

「…嬉しいけど、わたしたまに転ぶから気を付けてね」

 心得たとばかりに、彼女は頬を摺り寄せた。















 温かくて優しい 闇色の友だち




















2004.6.16.