夢を見るのだ。

 何度も、何度も。何十回も、何百回も。毎夜。

 音はない。
 黒、白、赤。3色の濃淡だけで構成された、彩りとは無縁の世界。
 そのくせ、恐ろしいほど鮮やかでリアルな。

 ゆっくりと倒れる男。見開いた目に宿る、訴えるような色。
 丸太のように倒れた男に縋り、壊れたように泣く女。聞こえるわけではないのに、大きく開いた口から発されているはずの叫びが、手を下した男――冷たい目をした過去の自分――を責めているのが分かる。
 そして、女も男の手に掛かって死んだ。
 音がしたらしい。顔をあげ、別の部屋に向かいはじめる。半開きのドア。開ける。部屋の隅に、震えている子供が2人いる。
 幼い兄妹。女の子が、兄に縋って泣いている。兄は幼いながらも、妹を庇うように立つ。
 男の手が――己の手が、杖を上げる。

 ――やめろ

 声は届かない。
 杖は躊躇いもなく振り下ろされ、兄の胸を貫く。貫通した光は、妹の胸に吸い込まれる。
 2人は壊れたマリオネットのように倒れた。

 それから、男は様々な家を訪れる。
 逃げ惑う女、男。口汚く闇を罵り、唾を飛ばす老人。許してくれと膝を突き、懇願する者。諦めたように抵抗をやめる者。強い意志を秘めた目で最後まで戦う者。家族を逃がそうと躍起になる者。
 己の手で与えた死の瞬間、立ち会ってきた死の瞬間、その全てが目の前で繰り広げられる。

 ――やめてくれ

 願いは届かない。
 死ぬ瞬間、彼らの目はみな、同じ色を浮かべる。

 なぜ

 と。
 果てしない憎悪を込めて、問う。

 なぜ 我々は死んだのに お前は生きているのだ

 その問いに、答えられたことはない。
 答えようとしても声が出ない夢の中。しかし声が出たとしても答えられはしない。
 きっと、一生。


 そして、それらがすべて終わったあと、唐突に彼女は現れる。


 あの頃のままの姿で。
 変わらない笑顔を浮かべて。
 小さな手をまっすぐにこちらに伸ばして。

 待て、と懸命に足を動かす。
 この先は知っている。何度も見て、経験して、分かっているはずなのに諦められない。
 あの手を握らなければ。
 が、足は重く、思うようには動いてくれないのだ。

 やっと追いついて、ほっとして、伸ばされた手に触れた瞬間。

 彼女は。

 その紅い瞳で、問うのだ。


 なぜ、と。


 笑いかけたばかりのその瞳を、彼らと同じ問いに染めて、この手を拒絶するのだ。


 そして、
 消えて。
 彼女のいない、そこにあるのは、



「―――くそ……っ!」

 悪夢から飛び起きて荒い息を整えたあと、スネイプが最初に行ったのは悪態を吐くことと力任せに壁に枕を叩きつけることだった。
 びっしょりと掻いた汗をぐいと拭う。
 ポッター夫妻が死に、赤ん坊が生き残り、多くの人間が闇の帝王の恐怖から解放されたあの日から、3日後の夜からだ。こんな夢を見るようになったのは。
 毎夜毎夜、飽きずに夢を訪れる死人たち。それは罪の意識の表れだろうか? 自分の生への疑念?
 かといって、彼らにいちいち付き合って睡眠時間を削ってやっていけるほど、楽な生活を送っているつもりもなく、それほど善良的な心など元から持ち合わせていない。
 対処法は比較的早いうちに見つけた。
 睡眠薬の使用だ。
 夢も見ないような深い眠りに落ちさえすればいいのだ。
 そのおかげで、最近は悪夢の存在さえ忘れかけていたのだが、昨夜研究中の薬品の生成を失敗してしまったため、予定外の量の材料を使用してしまい、十分な量の睡眠薬がつくれなかった。ストックもない。仕方なくある分だけで我慢したのだが、やはり、来た。
 しかし、彼にとって本当に堪えたのは、死人たちによる責め苦ではなかった。

「なぜ…だと…っ」

 手の平で顔を覆う。
 搾り出した声はひどくかすれていて。

「それはこちらの科白だ…」


 なぜ、私を置いて、死んでしまったのだ。お前は。


 埋められない穴が、鈍く痛みを訴えている。





 そんな、ある日だった。
 偉大なる魔法使い、アルバス・ダンブルドアに呼び出されたのは。


「突然じゃがな、セブルス。実は行方不明のが見つかったんじゃよ」


 まるで行方不明の靴下を見つけた、と言うような軽い調子で告げられた言葉に、頭が真っ白になった。
 暑い日だった。
 が。
 喉が渇いた。急いで来たせいだ。
 見つかった。
 思い浮かべたのは、薄れ行く記憶の中の笑顔でも赤味がかった瞳でもなく、まして悪夢のことなどでもなく。
 何故だろう。
 遠い昔に2人で飲んだ、爽やかに甘い白いジュースの味だった。





















2005.05.02


 難産デシタ。げふ。
 あーカルピス飲みたい。