「さあ着いたわよ! ここなら暴れていいから、存分に遊びなさいっ!」 張りのある声がそう告げると、ワッと歓声が上がった。 晴れやかな顔をしたふくよかな女性の元から、4人の子どもたちが海へ駆けて行った。4人とも一様に燃え立つ炎のような赤毛で、それは母親譲りのようだった。 「フレッド! じゃあ早速この花火を試してみよう!」 「いや、それはやっぱりクライマックスに使おうぜ。俺たちの最高傑作なんだ。最初はこの、…ちょっと失敗してるように見えるのからさ」 「それもそうだな。よーし…………、おいロニー! 丁度いいところに来たなっ。これを持ってて欲しいんだけど」 そっくり同じ顔をした2人の男の子は、ばしゃばしゃと海に入ろうとしていた弟に目をつける。 2人のきらきらとした目に何か嫌なものを感じたらしい弟は、片頬をひくりとさせて後退りした。 「遠慮しとくよ。2人にそう言われてろくな目にあったことがない」 「そんなつれないこと言うなって、ロニー坊や」 「この花火、結構奇抜でかっこいいだろ。試作品なんだけどさー」 「…僕にはどう見てもその大量の花火の中で、一番失敗しているやつにしか見えないんだけど。形が歪だよすごく」 「「そーんなことないって!」」 男の子3人はそんな言葉を交わしながら、歪な形の花火を押し付けたり押し返したりを繰り返して騒いでいる。途中、隙を見て双子の片割れが火を付けた。その途端、パッと2人は逃げ出した。火がついた花火を見て軽いパニックに陥ったロニーと呼ばれた弟は、やがてハッとして手にしていた花火を遠くに投げた。 やがてオレンジ色の閃光と共に、ジャジャアァーンというギターの音のような奇妙な爆発音が静かな海岸に響いた。 遠くでそれを見ていた双子は、「とりあえず音は成功だな」「ああ、でももうちょっとオリジナリティが欲しいよな」などと言ってにやっと笑った。 兄達の実験の犠牲になった哀れな弟は、爆風で後方に吹っ飛ばされ、ごろんと1回後転したまま大の字になって転がっていた。奇妙な爆音も至近距離では相当のものだったらしく、耳の中のキィーンという甲高い音に目を白黒させる。 その様子を見ていた一番幼い妹が、兄達の派手なパフォーマンスにきゃあきゃあと笑いながら手を叩いた。城でも作ろうとしていた途中だったらしく、その両手はまぶしたように砂まみれだ。その近くに立った母親が、呆れたように息子たちを見ている。手作りらしい花火に一瞬眉を顰めたものの、末の娘の笑顔を見てやがてそれも和らいだ。くすりと笑ったが、調子に乗られてはたまらないので双子には見えないよう顔を逸らした。 「おぉーい、ロニー坊や」 「生きてるかー?」 むくりと上体を起こした弟は、肩をぷるぷると震わせて俯いている。 泣いているのかと2人が顔を見合わせたとき、「むがあぁぁぁ!!!」と叫んで立ち上がった。 「「ひっ!」」 振り返った弟の顔は般若のような恐ろしいものになっている。 怒ったときのママにそっくりだ。などと感心している場合ではない。 「馬鹿にするのもいい加減にしろよー!?」 そう叫んだ弟は、バッと身を翻して逃げ出した双子をなかなか素晴しい速さで追いかけた。 並んで走りながら双子の右の方が相棒に、 「前にパパが持って来たマグル映画でああいうの見た!」 と叫ぶ。相棒の方も必死に走りながら大きく頷く。 「“たあみねいたあ”だ!」 車からえっさえっさと荷物を持って来た長身痩躯の男性が、賑やかな息子達を見て目を細めた。 適当な位置に荷物を下ろすと、同じように子ども達を眺めている妻の隣に寄り添う。妻はいつものカリカリした表情を消して、騒ぐ子ども達をにこにこと見ている。それを見た男性もにっこりと微笑む。 「来てよかったわ、アーサー」 この遠出に最初は反対していた妻だが、はしゃぐ子ども達を見て考えを変えたらしい。 うん、と頷きを返した。 「本当は夏休みくらい旅行に連れていってやりたいんだが、………すまないな」 彼は非常に有能な魔法省の魔法使いである。だが彼の無欲な性格とマグル贔屓が祟って、なかなか昇進は望めない。彼自身、生活を考えると昇進しなければならないとは思うものの、給料のわりに忙しいが大好きなマグルに関われる今の仕事が気に入っているし性に合っていると思う。 そのせいで、いつも一家の生活はかつかつだ。 既に社会人として6人兄弟の上の2人がそれぞれ仕事に就いているため、数年前に比べれば余裕ができた方だが、それでもまだ夏休みといえど旅行は贅沢の類に入る。 貧しい生活に、子ども達がたくさんの不満を抱えていることも知っている。だが、それを気にして、自分の信念を曲げてしまうのも躊躇われた。魔法使いとマグルが、対等な立場で理解し合い暮らしていける、そんな社会は所詮実現不可能な夢でしかないのだろうか。 そんなことを考えながら、ここ数年でめっきり乏しくなった髪をがしがしと掻いた。 「いいのよ。貧しいから得られないものもたくさんあるけど、貧しいからこそ得られたものだってあるんだから」 優しく微笑んだ妻の髪にも増えてきた白いもの。 申し訳ないという気持ちと、どうしようもない愛しさがいっしょくたになって込み上げてくる。 それを微笑みという形にだけ表して、彼女の顔から目をそらし遥かな水平線に目を眇めた。 と、走り回っていた3人の子ども達が、ぴたりと動きを止めたのが視界の端に映った。 時が止まったかのようにぴたりと動きを止めた3人はやがて、双子の方はその場にしゃがみこみ、弟の方はこちらに駆けて来る。 「パパァー、ママァー! 人が…女の人が倒れてるよー!!」 妻と顔を見合わせたのも一瞬、大急ぎで走り出した。 こんなに大急ぎで走るのは一体何年ぶりだろう。こんな年になって海岸を走ることになるとは思わなかった。砂に足をとられて走りにくい。何度か転びそうになった。後ろで「あぁっ」という声が聞こえた。妻も後に続いて走っていたようで、転んだらしい。ちょっと振り返ったが、起き上がったところに娘が慌てて駆け寄っていたので大丈夫だろうと判断する。 それよりも、“人が倒れている”という尋常でない状況の方が気になる。許せ。 やっとのことでしゃがんだ双子の元へ辿り着くと、確かにそこには人が倒れていた。 全身が海水に濡れていて、倒れているというより海から打ち上げられたように見える。父の気配を察して双子が同時に顔を上げる。 「このひと、死んでないよ!」 「息してるよ、パパ!」 2人の言葉に頷いて、女性を抱き起こす。頬に張りついた黒髪がぱさりと落ちる。若いな。10代だろうか。 「おい! 君!」 軽く揺さぶると、睫毛が震える。小さな呻き声を漏らした。 そこで初めて、彼女がしっかりと抱き締めているものに気付いた。黒い……子猫だ。 彼女は薄く目を開いた。しかし、すぐに目を閉じてしまう。 「おい!」 慌てて呼ぶと、呻き声と共に小さく漏らした。 「ダ…ブルドアを……はやく………ク、レアが……」 2005/3/23/ ベタベタな展開…? |