「勢ぞろいしたなあ」

 ベッドに横たわったリチャード・は、からからと笑った。
 それに、娘のがにっこりと微笑む。
 しかしその他の者たちは誰も笑わなかった。
 を始めとして、リディウス・ベイルダム、ミネルバ・マクゴナガル、マダム・クレア、アルバス・ダンブルドア。それに、一度命を救われたフランク・ロングボトムなどの騎士団や、アラスター・ムーディなどの闇払いたち数人。
 ここ、日本の家に、クレアの家などを通って、特に親しかった者たちが集まっていた。

「お父さん、結構友だちいたんだねえ」

 が感心したように言うと、リチャードがその頭を小突いた。

「失礼な娘だな。俺は昔から女にも男にもモテモテなんだ。なあ、リディ?」
「俺の方がモテた」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。なあ俺の方がモテたよな、ミネルバ?」
「……知りません」

 軽口を叩き合うリチャードとベイルダムはともかく、マクゴナガルの声には力がなかった。
 それに思わずといった風にリチャードは苦笑する。

「そんな暗い顔やめなって、ミネルバせんせ。今日は俺の娘のめでたいハタチの誕生日なんだからさ。本当はケーキでも囲んで、みんなでパーティでもしてもらいたいんだけどなあ。俺の送別会もかねてさ」

 けたけたと笑うと、全員が目を逸らした。
 ただだけが、やはり笑っていた。
 しかし、その目に光が宿っていないのに気付いて、リチャードは手を伸ばし娘の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「何度も言うけど、お前がいて本当に良かったよ。お前と20年間もの時間を過ごせて、俺は本当に幸せだった。それにこの38年間も捨てたもんじゃない。そりゃあ、多少辛かった時期だってあったけど。でもリディに出会って、いろんな人に出会って、お前のお母さんと出会って、ちょっと不安になるくらい幸せな男だったんだ俺は。嘘じゃない」
「うん。分かってる」

 頭に置かれたままの手に両手で触れて、はしっかりと頷いた。
 リチャードは満足げに笑う。

「なあ、リディ。俺、ほんとお前と出会えてよかったよ。お前と出会わなかったらさ、俺たぶん駄目になってたから」
「お前そんなタマか?」
「うるさいなあ。黙って聞いとけよ馬鹿。…とにかく、こう見えて俺ってばけっこうお前に感謝してるんだ。だから言うけどさ。お前いつまでも意地とか理屈とかにこだわってないで、さっさとミネルバ幸せにしろよ? この甲斐性なしめ」
「……大きな、お世話だ」
「ははっ! 赤くなってんじゃねえよ、ばーか」

 むっつりとした親友に、リチャードはニッと笑いかける。つられたように、ベイルダムもニッと笑い返した。
 20歳は若返って見える顔で、2人はパンと手と手を打ち合わせた。

「じゃあな。頑張れよ」
「ああ。お前も、向こうで…元気でな」

 ベイルダムは、詰まりそうになる声を必死に絞って言い切った。
 リチャードはその傍らの女性にも笑いかける。

「ミネルバ、こいつ頼むな。こう見えて俺より馬鹿だから」
「ええ。分かってますよ」
「……」

 涙の光る目を和らげて、マクゴナガルはにっこりと笑った。
 多少翳りがなくもなかったが、贅沢は言えないとリチャードは諦める。それだけ、教え子としても人間としても愛されていた、そういう意味だと思えば嬉しいことだ。
 それからリチャードは部屋の時計に目をやって、20年前にが生まれたその瞬間が近づいていることを確かめた。
 1年近くも世話になった快活なマダム・クレアが、ハンカチでそっと目頭を押さえた。

「クレアや、じーさん…じゃなかった…校長先生、色々助けてくれた騎士団のメンバーや、闇払いのみんな。世話になっちゃってホントすまんねー。いろんな迷惑かけちまって。特に役にも立てなかったしなあ。くっそう俺もうちょっと活躍する予定だったんだけどなー。こうバシッと、バサッと、素敵に、颯爽とさあ」
「ふんっ。お前の活躍などなくとも、闇の陣営はいずれ我々が滅ぼす。見ているがいい。…それよりリチャード。ここは本当に安全なんだろうな? 防備体勢はどうなっているのだ。まさか何の仕掛けもないということはあるまい? 今ここで襲撃でもあったら我々は」
「はいはい、分かったよアラスター。言いたいことは分かったから。大丈夫、ここは誰にもバレていないんだ」

 フランクは、安全と警戒について延々と喋り続けるムーディを宥めながら、すまなそうにリチャードに笑いかけた。

「ごめんね、ディック。それともう何度も言ったけど、あのときは本当にありがとう。とても感謝してるよ。アリスの出産ももうすぐだ。生まれてくる息子にはネビルという名前にしようと思ってるんだ。…ネビルと出会えるのも、君が僕を助けてくれたからだと思うと。…本当にありがとう」
「…わしも感謝しとる。他には何も言うことがないが、それだけは覚えておいてくれ」

 ムーディがそっぽを向いて言った。
 フランクがリチャードに目配せする。リチャードはくっくっと笑って頷いた。
 ダンブルドアがきらきらとした優しい目を細めて、ぎゅっとリチャードの手を握った。その上に、クレアの細い手が重なる。

「そうじゃともディック。こうして君の働きが、やはりどこかで人の生きる力になっておるんじゃよ。君の働きは君が思うよりずっとわしらの力になっておったよ。君がこちら側に加わってくれた。その事実だけで十分じゃった。少なくともわしにとっては、それが何よりも大きな力となっておった。血筋など関係ないと、そう言ってくれたときわしがどれだけ嬉しかったか。本当にありがとう」
「ディック。のことは任せてくださいね。心配しなくても、わたしがきちんとお世話しますしお世話されますからね」

 2人の言葉に力強く頷き、声をあげて笑ったかと思うと、リチャードは大きく欠伸をして目を擦った。
 眠そうにふにゃりと笑うと、ばちんとウィンクしてみせた。

「みんな今までありがとう。俺は幸せもんだよほんと。……そろそろ時間みたいだ。…俺はもう寝るよ。」

 リチャードはの頭に置いた手をゆっくりと滑らせて、娘の頬をいとおしそうに撫でた。

「俺は向こうでお母さんと仲良くイチャイチャしてるから、お前はこっちでたくさん幸せになってシワシワのおばあちゃんになったらこっちに来い。それ以外のときに来たりしたら、本気で怒るからな。馬場チョップ炸裂だぞ。あ、それと。向こうに来たときにはもしかしたら、あまりに俺たち夫婦がラブラブすぎてお前に弟か妹ができてるかもしれないから、その辺よろしく」
「……ばか」
「うん。だってお前の父親だもん」
「38にもなって“だもん”て何、“だもん”て」
「男はいつまでも子供なのさ。覚えとくとお得かもね」
「知らないよそんなの」
「……俺の体は火葬にして、灰は海の見える丘で風に流してくれないか。魂のない抜け殻だけど、その抜け殻だけでも俺のお前への愛がいっぱい詰まってるはずだから、きっと風になってずっとお前を守るから」

 リチャードは疲れたように手を下ろした。

「じゃあ……先に行ってるよ」

 目を閉じかけたリチャードの手を握って、は必死に笑顔をつくった。
 耳元に口を寄せ、掠れてしまう声を搾り出して囁いた。


「お父さん、大好き」


 リチャードはにっこりと笑って頷いた。


「俺…も……」





 は横たわった父の肩に顔を押し付けて、掠れた声で呟いた。


「さよなら、お父さん」


 なぜだか、涙は出なかった。
 悲しみと喪失感に麻痺してしまった心が涙を流すスイッチを見失ってしまったかように、は悲しみの表し方を忘れてしまった。
 それでいいと思った。
 強く生きるためには、涙など不要に思えた。

 ただ、亡くしたばかりの父が、ひどくいとおしかった。

 不意に、じんわりと浮かび上がってきた名前を、心の中で呟いた。
 今頃彼は何をしているんだろう。
 彼は今日という日、父のことを一瞬でも思い出してくれただろうか。

 そんなことを考えて、それから父の魂の行方を想った。

 もう、お母さんに会えたころだろうか。




















2004/12/19

 このシリーズを考え始めて、一番最初に生まれたオリキャラでした。
 本当に大好きでした。
 出番は多いような少ないようななキャラでしたが、最も複雑な立場に置かれていた人だったかもしれません。
 奥さんの名前は出てきていませんが、そのラブラブっぷりといったらありません。
 わたしの頭の中で、2人がイチャイチャととても幸せに過ごしているので、あまり悲しいとは思いません。
 ただもう書けないことを寂しいと思います。
 ディックは決して弱い人間ではありませんでしたが、それほど強いというわけでもなく、
 友人たちがどれほど自分を想っていてくれたか、妻にどれほど愛されていたかきちんと理解していたので、
 強く生きてこれた普通の人です。
 ですから、たまにはこんなキャラがいたことを思い出してやってください。





















 あなた あなたってば  起きて



 ああ おはよう     しばらく見ないうちに またきれいになったね まるで

             そう               天使みたいだ

    そうだ  なあ聞いてくれよ   はとても立派になったんだ   優しくて強くて 君に似て 美人だよ



 ええ見てたわ



 ずっと?



 そうよ  ずうっと見てた  2人ともよく頑張ったわね



  うん



 さあ 行きましょう



 どこへ?



 それは     そうね      行ってからのお楽しみよ



 そっか     でも君がいるならきっと



       とっても幸せなところなんだろう?