結ぶ、結ぶ。結ぶ、結ぶ、整える。結ぶ、結ぶ。結ぶ、結ぶ、整える。 俺はその単純で単調でおまけに退屈な作業を、ぼーっと見ていた。 その間にも、は一人でせっせと結び目を増やし続けている。 暖炉に火を入れるまでもないが少し肌寒い、そんなこの季節。普通、7年生にもなれば休日でも試験勉強に追われているというのに、この東洋人は談話室で2色の刺繍糸と格闘している。呑気なものだ。 「なあ、」 「…んー?」 「そんなもんつくって何すんだ?」 「んー…何するって、これアクセサリーだから。あえて言えば、身につける、かな」 成る程、アクセサリーだったのか。 そういえばそんなものを腕につけている女を、見かけたことがあったかもしれない。しかし記憶が曖昧だ。 もう少し違った形だったようにも思う。色んな種類があるのかもしれない。 「糸でアンクレットを作るのか?」 「アンクレットじゃないよ。これはミサンガっていうの」 「ミサンガ?」 聞いたことがあるような、ないような。 記憶が曖昧なのは、決して俺が馬鹿だからじゃない。(鹿はジェームズだ)ただアクセサリー類に、あまり興味がないからだ。 俺が怪訝そうにしているのを見てか、が刺繍糸から目を離さずに話しはじめた。 「ミサンガっていうのはね、ええっと…どこだったっけ……確か南米の腕輪だったと思う。手首が足首に固く結んで、お守りとして肌身離さず身につけとくの。お風呂のときも寝るときもはずさずにずーっとツけたまんまにしておいて、自然に切れるか解けるかしたら願いごとが叶うんだって」 「ふーん」 面白いアクセサリーもあるもんだな。 飾るものとしてでなく、願掛け用ってことか。マグルも面白いことを考える。 先程よりは興味を持って、その作業を見てみた。しかし、単調なことには変わりない。 「なんか願いごとがあるわけ?」 「家内安全、学業成就、健康長寿、金欠脱出、交通安全、脳内爆発、弱肉強食、焼肉定食、食後のデザート、…あと恋愛じょう」 「分かった。もういい。つまりたくさんあるんだろ、分かったから」 後半は願いごととは関係なかった気がするが、つっこむのも面倒だ。 それが不満だったのか、「つっこめよ」と言いながら舌打ちしては作業を続けた。 難しい奴だ。 「へえ、ミサンガかあ。聞いたことはあったけど、こんな風につくるんだね」 俺の背後から声をかけてきたのは、リーマスだ。振り返らなくても、あの笑顔を浮かべていることは分かる。 リーマスは俺の横をすり抜け、向かい側に座ったの隣に座ろうとした。 が、サッと黒い影がその場所にやってきて、リーマスが座るより先にゆうゆうとそこに寝そべった。 だ。 ムッとしたらしいリーマスが一瞬顔を強張らせたのが見えた。 が、すぐにまたにっこりと笑う。目だけは鋭く黒猫を睨んでいた。余程気に食わなかったらしい。 黒猫は黄金色の目でそれを一瞥すると、リーマスに向かって尻尾をぱたりと一振りして目を閉じた。ついでに馬鹿にしたように喉まで鳴らしている。 渋々といった様子で、リーマスは俺の隣に腰を下ろした。 なんなんだ一体。 も怪訝そうな顔をして黒猫を見、眉を寄せている。 どうやら気難し屋の黒猫は、リーマスをとことん嫌っているらしい。 「ちょっと休憩して、チョコレートでもどうだい?」 「あ、いーねえ。ちょっとだけ貰おうかなあ。ビターかブラックある?」 「あるよ」 ローブのポケットから取り出した大きな板チョコを、ぱきんと半分に割ってに渡した。 リーマスはいつでもどこでも、チョコレートを持ち歩いている。その理由は知らないが、まあどうせ好きだからという単純なものだろう。 がチョコレートを受け取ったのを見てか、が小さく声を上げた。 「ん? 何?」 これ?とがチョコレートを差し出すと、はチョコレートに鼻を寄せ匂いを嗅ぐ。 それから許可を出すように頷いて、また気だるげにソファに横たわった。 「毒なんか入れてないよ」 苦笑……というには引き攣りすぎた笑みで、リーマスが言った。 なんだろうねえ、とは首を傾げつつ、ぱりりと板チョコに齧り付く。 と同じく俺もわけが分からず、取りあえずリーマスに、 「俺には何もないわけ?」 と催促だけしておいた。 リーマスは無言でポケットに手を突っ込み、適当に選んだらしいミルクチョコレートをくれた。 贅沢を言えば、リーマスが板チョコと同じくらいの確立で左ポケットに常備している同じメーカーのアーモンドチョコが好きなのだが、それを今言うのは何故か躊躇われたので大人しく礼を言って包み紙を破いた。 ミルクチョコレートは、人間の味覚に強い憎しみを抱いた人物がつくったとしか思えない壮絶な甘さを惜しみなく披露してくれたが、やはり黙っておいた。 「ところで。どうしてそれ、赤と黒にしたんだい?」 リーマスは気を取り直すように、話題を変えた。 は少し迷うような間を置いて、少し微笑んだ。 「なんとなく、かな」 俺は口の中に残り続ける甘さに歪む顔をリーマスから隠しながら、膝に目を落とした。 いつからだろうか。は時々、前には見せなかった表情を見せるようになった。 どんな、と言われても答えられないが、今の微笑みのような人をどきりとさせる顔。ときどき、窓の外のどこか遠くを見ていることもある。 何かがあったのだろうが、その何かとはなんだろう。気にはなるが、どうしても直接聞いてみる気にはなれなかった。聞いてはいけないことのような気もしたし、それ以上にの雰囲気がその問いを拒否しているようにも思えたからだ。 はて。俺はこんなに人を気遣う人間だっただろうかと思い、少しの間考えてみたが、なんだか自虐的なので中止した。 「ミサンガは、願いごとを考えながらつくると良いって聞いたよ」 リーマスも一瞬、俺と同じくの表情に怯んだようだったが、俺と違い黙るようなことはなかった。 場数が違うのだと思う。 「らしいね」 はいつもの軽い調子で答えた。 俺は誰にも気付かれないよう、小さくそっと安堵の息をつく。 「どんなことを願いながらつくってるの?」 リーマスの問いに、は手を止めて考えるように視線を心持ち上に上げた。 「んーー」という小さな唸り声を上げていたが、やがて口を開く。 「お父さんと2人健康に過ごしていけますようにとか、友だちがみんな健康で長生きしますようにとか、試験で良い点数取れますようにとか、お父さんがお小遣いをアップしてくれますようにとか、この間拾った宝くじが当たっていますようにとか、金持ちの友だちのB氏が休日ホグズミートでパフェを奢ってくれますようにとか」 「……金持ちの友だちB氏って」 俺の呟きは、のにこやかな微笑みによって阻まれた。 先程の笑みとは違い、どこかに軽い脅しを感じるのは気のせいだろうか。 リーマスが「僕もチョコパフェが食べたいなあ」と賛同したのは、聞かなかったことにしたい。 「それって願いじゃなくて脅しじゃねえかよ」 「「気にしない気にしない」」 俺の疲れによる溜息は、重く床に転がったままだったが誰も気にしなかった。 「話し戻すけど。それって、自然に切れたら願いが叶うんだろ? ならそんなたくさん願ってたら、すぐ切れんじゃねえの?」 「そーかもねー」 それはそれでいいんじゃない、と楽しそうに笑っては仕上げの作業に入る。 いつのまにか、細いそれは随分長くなっていた。 「でーっきたっ!」 固定のために使っていたセロテープごとテーブルから剥ぎ取り、はぷらんとそれを摘み上げた。 赤と黒の刺繍糸が、規則正しく絡み合っている。 片手を器用に使って左手首に巻きつけ、先と先を結んだ。手伝おうと手を伸ばしかけたリーマスを、は首を振って断る。 固く結ぶのには、右手だけではやはり無理があったらしく、先端に噛み付いて引っ張った。 苦戦の末、見事にやってのけたは、シリウスとリーマスのまばらな拍手に手を挙げて答え、おどけて笑った。 「簡単なのに、結構かっこいいねそれ」 「でしょでしょっ、いーでしょー。なかなかよく出来てるでしょぉー?」 「はいはい」 俺は呆れて流したが、普段なら文句のひとつやふたつやみっつやよっつ、すぐに言い返すは何がそんなに嬉しいのか、相変わらず飽きもせずしげしげと自分の作品を見つめたままだ。 ふと、俺は気付いて、の隣に寝そべったままの黒猫を見た。はいつの間にか目を開けて、主の横顔を見つめていた。 リーマスの嫌いな満月のような黄金色の目を、眩しそうに細めていた。 その目にもと同じ秘められた何かを感じた。 しかしそれも一瞬のことで、はこちらの視線に気付き、何事もなかったかのように目を閉じた。 分からない猫だ。 「そうだ。ちょっと図書館に行って来るよ」 唐突にが立ち上がり、スカートの皺を伸ばしながら言う。 俺ははっと現実に引き戻された。 「返さなきゃいけない本があってさ、パパッと片付けてくる」 「あ、ああ」 俺が頷いたのとほとんど同時に、リーマスも立ち上がった。 「それなら僕も行こうかな。前に借りていたシリーズのつづきが気になるんだよね」 「そ? じゃ行こっか。シリウスはいいの?」 「あー……俺も」 行こうかな、と声を上げかけた瞬間、リーマスの笑顔が目に入った。ばっちりと目が合う。 何故だろう。 その瞬間、前に一度本気で襲われかけた、満月の夜のリーマスを思い出した。 テレパシーだとかそんな曖昧なものじゃなく、完全にリーマスの心の声が頭に届いた。 来 る な 。 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなく 「お、おおお俺はちょ、っと、いや、なんだそそその、そうそ、クィディッチの練習で、疲れてるから。うん。部屋で休んでまーすっ」 「…何どもってんの?」 「気にしないでいいよ、。どうせまた図書館で騒いで、立ち入り禁止かなんかにされたんだろうから」 「あーなるほどー。そういうことなら、ここにいるしかないね。じゃ、ちょっと行ってくるね」 「おお」 並んで談話室の出口へと向かう二人を見送る。 ほっと息をつき、俺はソファにもたれた。こてんと後頭部を背もたれにつけて、天井を仰ぐようにする。 視界の片隅で、黒猫が主の背を追いかけ、その肩に飛び乗ったのが見えた。 今日はとことんついて行くつもりなのかもしれない。 リーマスの舌打ちが聞こえたが、疲れた俺にはもうどうだっていいことだった。 今日も平和だなあと思いながら、今頃どこかでイチャイチャしているだろう金持ちの親友J・Pを思う。 俺も彼女欲しいなあ。 談話室の扉が、ばたんと音を立てて閉まった。 2004/12/3 日本人って、願掛け好きですよね。 遊び感覚で、少しだけ真剣。受験生の私とか学業成就と鉛筆とか持ってますし。(笑) まあそんなものでは何の解決にもならないわけで、そんな暇があるなら努力するべきなんですけど。 それが分かってても、やっぱり手にしてしまうのはなぜかしらん。ってことでこの話です。 だってそんなものに願っても意味がないって分かってたはずなんですけどね。 |