穏やかに降る雪の中に はそっと微笑んだ。 深々と雪が降る冬の日。今日はクリスマスイブ。 丁度一年前の今日、彼女はホグズミートで・という少女と出会った。 まず目についたのは容姿だったと思う。別に顔が整っているとかスタイルがいいとか、そういうわけではなかった。醜くはなかったが、特に目をひくほどでもない。ただ彼女は珍しく、東洋人だった。 東洋人特有の黒髪。は美しい黒髪を持った女など腐るほど見てきたが、彼女の髪は漆と呼ばれる染料の色を思わせた。 それから。 瞳。 一見、赤褐色に見えるそれは、よくよく見ると紅だった。珍しい。 紅い瞳の者は強い魔力を持つとされるが、彼女からはそれが感じられない。むしろ、魔力と呼べるものは、平均を下回っているようだった。しかし、あれは間違いなく紅だ。 その紅がこちらを真っ直ぐに見ていた。 それから彼女は、「こんにちは」と言った。 が思い出したのは、かつての主だった。遠い遠い昔の、彼女がまだ若かったころの主。 彼女もあんな目をして、自分を見たものだった。初めて会ったとき、彼女が口にしたのも「こんにちは」だった。 彼女の恋人の瞳も、紅だった。あれはそう…真紅。 気が付けばは、遠い記憶を辿るように、東洋人に向かって足を進めていたのだった。 「?」 物思いに耽っていて、が帰って来たことにも気付かなかった。 ここはグリフィンドールの女子寮だ。 少し恥ずかしいので、気付いていましたという顔を取り繕い、ゆっくりと振り返る。 「なあに」 「…ううん、なんでもない」 「そう。それより、探し物は見つかったのかしら?」 の問いに、は大きく頷いて持っていたものを見せた。 土色のありふれた感じの紙袋である。大きさは、雑誌が数冊入る程度だろうか。 味気ない感もなくはないが、まあそれには目をつぶろう。なんと言っても、相手は彼なのだから。 「悪くないわ」 「ほんと?」 「ホント」 はへらっと彼女特有の気の抜けた微笑みを浮かべた。その笑みを前にして、しかめつらしい顔を崩さずにいられる人がいたら、是非とも拝んでみたいものだ。 彼女はそれからここ最近、寝る間も惜しんで制作してきた作品を手に取った。 真っ黒な手編みのマフラー。 両端に銀色の線が3本ずつ入っている。 細い毛糸を丁寧に丁寧に編んだそれは、ちょっと見ただけでは手編みと気付かれないほどの出来である。 まあ、ストライプが少し歪んでいるとか、網目が不揃いなところがあるのは、味があるということにしておこう。 はそれを丁寧に折りたたみ、紙袋のなかにおさめる。丁度いい大きさだ。 「本当にこんなんで大丈夫かな」 「だいじょうぶ。男っていうのは、手作りに弱いんだから」 クリスマスプレゼント、何がいいだろう。 と、がに相談を持ちかけてきたのは、随分前である。 医務室での生活から帰還して、数日たった頃だったか。 気の早い話だと思ったが、周りを見ると成る程、こそこそ準備をしている女子の姿がある。彼女達が一様に持っているのは、毛糸の類である。 この時期からつくりはじめれば、丁度良い品である。 迷わずはそれを口にした。の救われたような顔は、今でも思い出すことができる。 それから寝る間も惜しんで、は着々と起用に毛糸を操り始めたのだった。 ここ最近、の様子が可笑しいことには気付いている。いいや、が可笑しいわけではなく、とスネイプの空気がおかしいのだ。 いつものあの場所で会い、今までのように軽口を叩き合っている。 だがふとしたときの沈黙に、2人はいつも気まずげな顔をするのだ。前ならその沈黙も、コミュニケーションの1つであったのに。 何があったのだろう。 何かがあったのだろう。 ただにはそれが嬉しい出来事に思えて、特に口出しはしなかった。 大方の予想はついている。 「じゃあ、行ってきます」 「いってらっしゃい。寒いからマフラーをして……、そう。廊下は滑りやすいから気をつけなさい。特にはドジなんだから。あと、紙袋は振り回しちゃだめよ。取っ手が千切れちゃ格好が悪いじゃないの。分かった?」 「はーい」 パタン。 ドアの向こうに消えた主の行き先と待ち人を思って、はまた微笑んだ。 全ての生き物に平等に与えられた、無制限の感情の存在に、もまた気付いたのだろう。 ふとは、窓からの景色を見た。 雪が降っている。 「あれからもう、1000年もの月日が経ったというのに。お前はどこで何してるんだい…、忌々しいうわばみめ」 遠い遠い昔の思い出の中にだけ住んでいる彼。 冬は寒いから嫌いだとぼやいて、今も眠っているのだろうか。 「何だこれはっ!」 「だぁかぁらぁ…クリスマスプレゼントだってば!」 「いや、それは分かる。分かるが、ちょっと待て。これ。お前…」 「何サ」 「…どこから盗って来た?」 「盗ってない、盗ってない」 「正直に言ってみろ。今なら間に合うかもしれない。どこだ。頭を下げにいくなら付き添ってやってもいいから」 「こらこらこらこら」 紙袋の中身を覗いた途端コレだ。 人の苦労をなんだと思ってるんだこの男は。 不満そうに睨まれたスネイプは、じゃあこれは本当に盗品じゃないのかと、やっと納得する。 手に取ったマフラーは、お世辞にも高級なものには見えないが、から貰うと何かあるのではないかと疑うのが普通だ。マフラーを買うぐらいなら、適当に菓子でも持ってくると思っていた。 それがマフラーだ。 クリスマスプレゼントとしては、ポピュラーかもしれないが、今までスネイプはそんなもの貰ったことがない。 クィリナスはそういうものより外国の珍しいものをくれたし、ルシウスからは昔それこそ高級そうな腕時計を貰った。一番妙なものを持ってきたのは勿論エリアスで、記憶に間違いがなければ子守唄を歌ってくれるアイマスクだった。勿論、未だに未使用だ。 友人たちのことを思い出して、沈みかけた思考を引き戻したのは、の声だ。 「なんかムカツクー」 「……ん? 何か言ったか?」 「うわ、なんだコイツ。腹立つなあ。人のプレゼント持ったまんま動かなくなったと思ったら、何か1人で他の世界にトリップしてやがったよ。なんか言えよ。ありがとうとか、涙が出るよとか、そんなに気を使わなくてもいいのにっとか、実は僕も用意してるんだぜマイハニーとか言えよ」 「…本気で言って欲しいと思っているか?」 「全然」 「…そうか」 「ったくさ。人がせっかく時間をかけてつくったっていうのにさ、そうやって君はわた」 「ちょっと待て」 スネイプは多少狼狽した声を上げた。 「これ、手編みか!?」 「………」 は、持って来た手作りケーキ2皿の内1皿に手を伸ばし、ぐさりとフォークを突き刺した。 去年つくったものと同じ、ブラックチョコレートのガトーショコラだ。 大きな一欠けをヤケクソのように頬張ると、柔らかい甘さが口の中に広がる。美味い。今回も中々の出来だ。 スネイプはまじまじとマフラーの編み目を見つめて、確かに売り物でないことを確認すると更に目を見開いた。マフラーを人に貰うのさえ初めてなのに、まさか手編みだとは。 「うまっ。このケーキめちゃうまっ」 「自分で言うか普通」 「馬鹿セブが言わないから、馬鹿の分までわたしが言うの」 「誰が馬鹿だ」 「馬鹿セブが馬鹿」 「誰だそれは」 「自分の名前も忘れちゃったの?」 「私の名前はセブルス・スネイプだ、馬鹿者が」 「わたしの名前は・ですよん、ミスター・愚か者」 キリがない。 はあと溜息を吐いたスネイプは、に続いてケーキの皿を手に取った。 縁の波打ったありきたりな白い皿と、どこにでもありそうな黄金色の小さなフォーク。手作りのガトーショコラ。 スネイプはその皿を見つめて、一瞬嬉しげに目を細めた。 自分の皿に集中しているは気付かなかった。 「今日はプレゼントの催促はしないのか?」 スネイプが皮肉っぽく口端を上げた。 誕生日の日のことを言っているのだ。 はにっこりと笑う。 「勿論するとも! で、何をくれるの?」 「何が勿論だ。そこは否定しとけ、人として」 「愛のなせる業さハニー」 「そんな愛はいらん」 「冷たいっ」 「褒め言葉か?」 「断じて違います」 本当に、キリがない。 はあとまた溜息を吐いたスネイプは、自分が素早く切り返せたことに安堵していた。 軽々しく、“愛”などと口にするな!人の気も知らないでなんて能天気な女だこいつは、というのが本音である。が、当然のことながら決して口には出せない。 もで、自分の無神経な発言に驚いていた。今まで彼に向かってこんなことばかり言っていたのだろうか、と最近自分の発言を後悔することが増えた。 あ“愛”ってなんだようわあ赤面モノじゃんどうすんだよ自分こんなんでいいのか。っていうか自分どうなんだこの人が好きなのかどうなのかはっきりしろよっていうか分かんねぇよどうすっぺ。ああでもたぶんもしかしなくてもわたしはこの人が。 「で、プレゼントは?」 「ああそうだったな」 お互い声を上ずらせもせずどもりもしなかった自分を褒めた。 不意にスネイプの表情が翳る。 気付かれてはいけない。 を大切に思うのならば絶対に、知られてはいけないのだ。こんな感情など。 最後の最後まで、“友人”でなければならない。友情以上の感情を抱いているなど、絶対に口には出せない。 スネイプは手をゆっくりとローブのポケットに手を滑りこませ、剥き出しの金属を探り当てた。 引っ張り出す前に、強く握り締めた。 じゃらり。 金属特有の温度を感じた。 「」 突然スネイプが真面目な顔をして俯くので、も緊張して続く言葉を待つ。 最近、彼は度々そういう顔をするようになった。 思いつめているような、何かを決意しているような深刻な表情を、たぶん無意識なのだろう、ふとした瞬間に見せる。 はその度に妙な胸騒ぎを覚えて、不安に眉を顰めた。 彼はそれに気付くたびに曖昧に誤魔化し続けてきたが、それが今日は自分から口を開いた。 「私はもう、お前に何かを与えるというこの行為を、今日で、これで、最後にする」 思いつめたような眼差しに、はたじろぐ。 「…金欠?」 「黙らんか」 「はいすいません」 おどけて茶化せば、ギロリと本気で睨まれてしゅんと肩を竦める。 その肩をスネイプは穏やかな表情で見遣った。 目だけが乾いた痛みを覗き見せている。 「私はもうすぐ、お前のそばにいられなくなる」 天気の話でもするかのように、スネイプは軽い調子で切り出した。 一瞬後、パッとは顔を上げた。 そこに浮かんだ表情は、スネイプしか知らない。 「私は闇側に回る」 そんな、という言葉は声になっていただろうか。 スネイプは苦笑とも自嘲ともつかない、小さな笑みを口元にたたえていた。 「分かっていただろう? これはお前と出会うずっと前から決めていたことだし、変えられないし変えようとも思わない。これは私の意志だ。私の選択だ。だから私は、もうすぐお前のそばにいられなくなるだろう。たぶん、この冬が終わり、春が来るころには、もうここに来ることもなくなるし、お前に話しかけることもなくなる」 スネイプがポケットから取り出したのは、細い細い白銀の鎖だった。 手首をつかまれて、半ば強引に握らされる。 鎖の途中に石がついている。ダイヤモンドに空色の絵の具を垂らしたような石だった。 綺麗だ。 どこからどう見ても、アクセサリーの類であることは間違いなかった。 「だから、これが最後だ」 死刑宣告のような、どこまでも静かな声が終わりを告げた。 それが何の終わりなのか、には分からなかった。 ただ無邪気に並んで歩く、そんな日はもう来ないのだと思った。 暗い影が落ちてきた。 いつか必ず来るとずっとずっと分かっていたはずなのに、やはりそれは恐ろしいもの以外の何ものでもなかった。 気付けばは首を横に振っていた。 何を否定しているのだろう。 ただ、駄々をこねる子供のように、そうして意思表示をしなければならなかったのだ。 ぼろぼろと涙が零れた。 「すまない」 謝らないでよ。 そう言おうとしても、喉が詰まって言葉にならなかった。 は幼い頃、父によってきちんと母の死について聞かされていた。 いつだったかははっきりとしないが、それからしばらくして父の余命帰還についても知らされた。 それから、は何があっても泣かない子供になった。 普通の子供であったら泣いただろうと思われるとき、いつもはただへらりと笑うだけだった。 それから、泣くという行為を思い出したのは、15の誕生日だった。 祭りから少し離れた、木々に囲まれた蛍の舞い踊る場所。 同い年の少年の腕の中で。 「なん…で…っ」 抱き寄せられて、2度3度とその胸を叩いた。 しかしそれから、握り拳は急に力を失って、だらりと垂れ下がった。 「何で相談してくれなかったんだよ!」 泣き顔は見せられるものじゃない。 漫画のように綺麗な泣き顔なんて無理で、顔ははっきり言ってぐちゃぐちゃだ。 だから顔を上げられず、スネイプの顔は見れなった。 ただ、あの大きな手がぎゅっと握り締められるのを、視界の隅で捕らえた。 「頼るって言ったじゃんか! 恥ずかしいのに指きりまでして約束したのに、なんでひとりで決めたの。ひとりで考えてひとりで悩んで、何も言わずに決めたのさっ。ばっかじゃないっ? どうしてそうしようと思うのか、どうしてそうしなきゃならないのか、ちゃんと話してくれなきゃ分かんないっての…。テレパシーとか以心伝心とかできるわけじゃないんだから、ちゃんと話してくれなきゃ困る!」 言い切って、ひくりとしゃっくりに肩を揺らした。 ぐしぐしと袖で顔を拭いた。(いつもなら目の前の青年から、怒鳴り声が飛んでくるところだ。) 笑った気配がして、顔を上げた。 「随分と強引だな。私はお前が話すまで待ったぞ?」 「それとこれとは、話が、別です」 「そうか?」 「そだよ」 「泣くのか怒るのかどちらかにしとけ」 「馬鹿セブが泣かないから、馬鹿の分までわたしが泣いてやってんの。感謝しろバカヤロー」 「…そうか」 「そうだよ」 何故、それほど穏やかな顔をしているのか。 それはたぶん、完全に決意してしまったからなのだろう。 それがには、悔しくてたまらなかった。 君はどうして、泣かないんだ。 あれほど力になってもらったのに、結局自分は一番必要なときに何の力にもなれなかった。 なんて無力な。 「私が闇に回ることは、3・4年前には既に決まったも同然だった。しかし完全にそれが決定したのは、つい先日のことだ」 スネイプは、言葉を選びながら、慎重に話し始めた。 痛みと悲しみと 未来を見た 2004/10/19 あまりの文章力のなさに絶望。 もう何もいうまい。 |