優しい微笑みから 零れ落ちる想い















「Trick or treat! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞゥ」

 談話室で会った友人に、開口一番そう言われたリーマスは、無意識に顔を綻ばせた。
 これは作り笑顔などではなく、確かな笑みであることは間違いない。
 楽しそうに目をきらきらさせている小さな東洋の魔女を見下ろして、リーマスは「はいはい」とポケットを探った。

「ひゃっほい、頂き! あんがと、リーマス」

 彼が差し出した手の中にあったお菓子は、勿論チョコレートだった。
 何故チョコレートなのかと言えば、彼が大のチョコレート好きであるからだ。
 始終チョコレートを食べている、というわけではないのだが、彼が食べているお菓子は何故だかいつもチョコレートだし、ポケットには何故だかいつも必要以上にチョコレートが常備されている。

「どういたしまして。悪戯仕掛け人が悪戯されちゃあ、世話ないからね」

 リーマスは笑いながら、よしよしとの頭を撫でた。

「子供あつかいしてない?」
「うーん、どうかなあ」

 むっとして睨みつけてくるを見ていると、子どもあつかいするのは仕方がないことのように思う。
 東洋人は幼く見えるとよく言うがその通りで、背が低いのも手伝っては少し年下に見える。
 見たかぎりでは、たぶん160センチもないだろう。
 仕草も子供っぽい。

 でも、そういうところも、僕は。

「Trick or treat」
「え」

 にっこりとリーマスは笑う。
 悪戯っぽく「ちょうだい」と片方の手の平を差し出される。

「僕にももらう権利はあるだろう?」

 にこにことしているリーマスの笑みには、悪意はないように思う。
 少なくとも、そう見える。
 は一瞬悩むように逡巡して、自分がリーマスに貰ったチョコ以外に何もお菓子を持っていないことを再確認する。
 苦し紛れに一言。

「部屋まで戻って取ってきちゃダメ?」
「ダメ」

 即却下される。
 じりじりとリーマスが詰め寄ってくる。それに合わせて、じりじりとも後退する。

「じゃ、これ半分こ!」

 と、つい今しがたリーマスにもらったチョコレートを、ぐいと差し出す。
 しかしリーマスはにこにこと笑うばかりで、受け取ろうとしない。

「それは僕があげたんだからダメだよ」

 じりじりと後退しながら、は助けを探した。
 それが何故だろうか。ハロウィンの談話室だと言うのに、人っ子一人見当たらない。

 ヒーー!
 声かける相手を間違えたー!

 自分の選択の過ちの大きさに、今更気付いてももう遅かった。

「お菓子をくれないなら、悪戯しても良いよね?」

 はついに壁際に追い詰められた。
 逃げ場が!逃げ場が!と心の中で叫びつつ、何をするつもりなんだろうとリーマスを窺う。
 彼は手に何も持っていない。魔法をかけるための杖もないし、顔に落書きするための油性マズックも勿論ない。

 彼はただ柔らかな笑みを浮かべて、ゆっくりとに迫って来ていた。

 もう2人の間には2歩ほどの距離しかない。
 リーマスは速度は緩めたものの、それでもまだ近づこうとする。
 ゆっくりと、手が上がる。

 もしかしたら前髪をゴムで結んで、柔ちゃんヘアにされるのかも!
 いやいや、きっと魔法でお蝶夫人のような縦ロールにされちゃうんだ!きっとそうだ!
 ぎゃあ! ダメだあ、見てらんねえぜッちくしょう! 縦ロールは金髪美女じゃなきゃ許せないんだヨ!!

 恐ろしい憶測を何故か確信してしまったは、ぎゅっと目をつむった。
 もう頭の中は縦ロールの文字しかない。
 誰かああぁぁ!

 ミ゛ャアアアアアアア!!!

 突然、びくっとするような大きな鳴き声が上がって、リーマスはぴたりと動きを止めた。
 全身の毛を逆立てて、今にもリーマスに飛び掛らんとしているのは、目に黄金色の焔を宿した黒猫である。
 それをリーマスは冷たい目で睨みつける。もそれに答える。
 誰にも聞こえない、稲光が鳴った。
 の耳は「ちっ」という小さな舌打ちが聞こえた気もしたが、身を離したリーマスは普段どおりの笑顔だった。
 気のせいだったのだろう。

「もう少しだったんだけどなぁ」

 残念そうに嘆息して、リーマスはぽんぽんとの頭を軽く叩いた。
 ほっと息を吐いたに、リーマスは邪気のない笑みを浮かべる。

「じゃあ、僕はシリウスたちと約束があるから、もう行くよ。悪戯は…邪魔が入って失敗したってことで」
「う、うん」

 未だ戦闘態勢を崩そうとしないに、リーマスはひらひらと手を振る。
 その笑みを一瞬底知れぬほど深くして、「またね」と言った。
 何か含みのある言い方だったが、は金髪縦ロール絶世の美女で頭が一杯で気付かなかった。
 マリー・アント●ネット! 縦ロールの危機は去りました!

「じゃあ、。人に悪戯仕掛けるときは気をつけてね。僕に限らず男はみんな狼だからv」

 謎の捨てゼリフを残して、リーマスは談話室を去っていった。
 ポケーっとしているに、さっとが駆け寄る。

、大丈夫? あの腐れ腹黒笑顔仮面に何かされなかった?未遂よね!?」
「み、未遂? 何の? っていうかわたしの頭の中でオスカルが! ああ縦ロール万歳! 縦ロール同盟万歳!」

 主の意味不明な言動は今に始まったことではないので、取りあえずはほっとする。
 正常ではないにしても、異常はない。
 しかしこの状態では、今何をされそうになっていたかも分かっていないのだろう。
 嗚呼、誰かこの子に危機感という言葉の意味を教えてあげて!
 同じ心の叫びを某苦労少年が抱えた夜のことなどは、の知るところではない。

「取りあえず、気をつけなさいよ! あの男は危険よ、危険」

 そう言いつつ、あの油断のならない目を思い出した。
 の頭は、彼を敵とインプットした。
 それも今までにない強敵である。








「遅い」

 やっと姿を現した待ち人に、スネイプは頬杖をついたまま不機嫌に言った。
 彼女はぱたぱたと階段を駆け上がり、くたりと疲れたように踊り場に座った。

「ごめんごめん。色んなひとに捕まっちゃって」

 ローブのポケットが一杯にふくらんでいる。
 全て、菓子なのだろう。
 は複雑な顔をしている。

「なんだ。嬉しくないのか?」

 普段貧乏性がどうとか喚いているから、タダで菓子が手に入るこの日は上機嫌だろうと思っていたのに。
 は少し眉を寄せて、うぅーんと唸った。

「だってみんなわたしを子供扱いするんだもん」

 言われてみれば、急いだにしても髪の乱れが酷い。
 おおかた、会う人会う人に菓子をせびり、その度に頭を撫でられて来たのだろう。
 あまりにも想像が容易で、スネイプは呆れかえった。

「当たり前だろう。あんな科白で菓子をせびるのは、低学年の餓鬼ぐらいだぞ」
「だってさー、せっかくこんなにおいしいイベントがあるのに、素通りするのは勿体無いじゃないかァ」
「なら良いだろう。文句を言うな」
「むーん。でもこういうお菓子、あんまり好きじゃないんだ。甘すぎるんだよ、イギリスのお菓子はさー」
「じゃあ、貰うなと言うのに」
「……そんなに欲しいわけじゃないけど、一応少ぉしだけ欲しいかなあとは思ってるから、無償であげるっていう日があるんならかき集めずにはいられない、みたいな心境」
「勝手にしろ」

 真面目に付き合っているこっちが馬鹿みたいで、スネイプはがっくりと肩を落とした。
 はごそごそとポケットを探り、チョコレートの包みを取り出した。
 スネイプは暇なので、が丁寧に包みを取っていく様を観察する。
 カラフルな紙をはがすと、薄い銀紙に包まれた姿になる。それをまた端からぺりぺりと剥がして、やっと茶色のそれが姿を現した。
 色の濃さからして、ブラックチョコか。

「Trick or treat」

 ぼそり、と呟いた。
 今にもかぶりつこうとしていたは、少し驚いたように動きを止めて、ぷっと吹き出した。
 やっと笑った、とスネイプは安堵にも似た顔をする。
 別に笑わせるために言ったわけではない、と思う、の、だが…たぶん。

「欲しいなら欲しいって言えば良いのに」
「煩い。寄越せ」
「へいへい」

 パキンッと、気持ちの良い音をさせて、がそれを2つに割った。
 それぞれ自分の取り分に、かぶりつく。
 甘い。
 …。
 最近、「甘い」という言葉が頭の中で「美味い」に変換されている気がしてならない。
 そんなことを思いながら、黙々と食べつづけた。















 甘いそれに混じる 切ない苦味にも似た 片思い




















2004.8.23.

 リーマス夢かよ!? いやむしろリーマス→?!!
 …わたしは、ただ…絡みの少ないリーマスを登場させたかっただけなのに。
 あーなんかもー、逆ハーちっくに! どうにかしなければなぁ…。