汽笛が 物語の始まりを告げ















「ちょっと急ぎなさいよ!汽車出ちゃうじゃないの!!」

 動き始めた汽車から飛んだ少女の叱責に反応して、黒髪の少年が飛び乗るようにして飛び込む。
 拍子に眼鏡が斜めにずれたのを、手の甲で押し上げてにやりと笑った。

「ギリギリセーフだよ、リリー」
「じゃあ突き落としてあげましょうか?」
「…(汗)」

 やりかねないと本気で思い、ぶんぶんと首を横に振った。
 そう、と彼女はつまらなそうに言い、さっさと踵を返して空いたコンパートメント探しに取りかかった。
 ほっと胸を撫で下ろした少年は、彼女の荷物も抱えつつ後を追う。

「やっぱりぎりぎりに来たら場所がないわねえ。だから早くしろって言ったじゃない。なのにあなたときたら…」

 ブツブツと文句を呟きながら、コンパートメントの中を確認していく。
 何人か友人に会い挨拶をしつつ、先へ先へと進む。
 運悪くスリザリン寮生のところを開けてしまうと、彼女は慇懃無礼にさっさと戸を閉めた。
 戸を開けたり締めたりするたびにコロコロと変わる少女の表情に見惚れて、ついつい視線が熱くなる。
 ああもう僕も末期だなあ、なんて思いながらよいしょと荷物を抱えなおした。

「ほら、何やってるのよジェームズ。急ぎなさい!」
「はいぃ!」

 容赦のない叱責も、ファーストネームで呼んでくれるなら嬉しいことこの上ない。
 にこにこしている彼をリリーは訝しげな目で一瞥したが、そんなことより早く座る場所を見つけなければ。
 がちゃりと開けたそのコンパートメントには、2人しか人が入っていなかった。
 詰めれば4人はいけるだろう。
 しかし。
 しかしその2人というのが。

 固まっているリリーを見て、ジェームズもひょいと中を覗き見る。

「あ」

 グリフィンドール生と、スリザリン生セブルス・スネイプだった。





 結局他に座る場所を見つけられず、そこに落ち着くことになったのだが、如何せん1人異色な男がいる。
 軽く敵意に燃える青い瞳を避けて、気まずそうにしているその男は手の中の本に逃げ場を求めた。
 が窓側、その隣にスネイプ。向かい側はリリー。そしてその隣がジェームズだ。
 リリーとてスネイプの正面に座るなど嫌だったのだが、ジェームズが駄々をごねるので仕方なくそうしている。隣よりはよっぽどましだ。

、夏休みはどうだった?」

 妙な雰囲気を払拭しようと、努めて明るい声でリリーが尋ねた。
 はその意図に気付いているのかいないのか、普段どおりの表情でうんと頷く。

「もう、そりゃあ楽しかったよ。ねえ、セブルス?」
「あ、ああ」

 ぎくりとして思わず返事をしてしまったスネイプは、次の瞬間しまった!と強く後悔した。
 え、とリリーとジェームズが身を固くしたからである。

「2人…夏休み一緒だったの?」
「あ」

 リリーの言葉に、やっとも自分の失態に気付いた。
 スネイプは頭を抱えて、大きく溜息を吐く。
 だから夏休みの話は避けろよと、あれほど言っただろうが!
 隣から困惑した顔で助けを求められても、どう助けるべきかなど知らない。
 こういうときは開き直ったもの勝ちだと、経験は言う。

「…………成り行きでな」
「「ふ〜ん」」

 碧い目と青い目が、怪しい人を見ているような半眼になる。
 しかしスネイプも負けてはいない。リチャードとベイルダムそしてという最強トリオの舵を、このひと夏たった1人で操ってきたその実戦経験は尋常ではない。
 完全に開き直ってしまった。

「ダンブルドアに言われては仕様がないだろう。日本に行けと言われたから、指示通りの家にホームステイしただけだ」

 本から目も上げずにそう言い放ち、むっつりと黙り込んでしまった。

「そうそう、そういうことなの。で、リリーはどうだったの?」
「こっちもそんなところよ」

 これ以上問いただしても何も答えてくれなさそうだと判断したリリーは、ふうと息を吐いて言った。
 投げやりなその言葉に反応したのはジェームズだ。

「ええ?それは酷いんじゃないのかい、リリー。あんなに色々連れて行ったじゃないか!」
「ちょっと、ジェームズは黙ってなさいよ! あんたが口を開くと余計なことまで…………ってもう言ってるわね」

 ああぁ、と今度頭を抱えたのはリリーだ。
 きょとんとしたジェームズは、にやにやしているに気付く。

「ほほおぅ。“リリー”に“ジェームズ”。“色々連れて行った”ねえ。へええ」
「あ」

 失言だった。
 はこの夏休みの間に2人に何か進展があったらしいことを察して、内心とても喜んでいるのだが、リリーは慌てたり否定したりするばかりだ。
 けれどジェームズは意外と落ち着いていて、にやりと笑ってみせる。

「そっちこそ。さっきから“”だの“セブルス”だのと言ってるじゃないか」
「そ、それは」

 動揺するのは女子ばかりだ。
 男2人はそれがなんだという風に、開き直っている。
 逃げ道を求めてふと視線を外したリリーの目に、黒猫が映る。勿論だ。
 今はスネイプの膝の上で、気持ち良さそうに目を閉じている。

「あら、久しぶりね

 声をかけると、ぴくりと反応してだるそうに目を開けた。
 声の主を確認すると、短くニィと鳴いてまた目を閉じた。眠いらしい。

「なあに、スネイプには懐いてるわけ?」

 リリーが不満そうに問うと、スネイプが困ったような顔をした。
 そんな顔をするととても幼く見えるということを、彼自身は知らない。
 リリーはちょっと意外な面を見た気がして、まじまじとそのスリザリン生を見つめた。

「懐いている、というのは正しくない」

 ひょいと肩を竦めて、ちょっと笑う。

「保護者として、この馬鹿女に関しては認めてくれてるんだろう」

 信頼してくれている。
 そういう表現が適切だと思う。

「ちょっとー。馬鹿だとか聞こえたんですけどー。気のせいですかねぇ旦那」
「馬鹿は馬鹿だからな。仕方ない」
「わたしは馬でも鹿でもありません!」
「そうだ! は馬鹿じゃないぞ、スネイプ。鹿は僕だ!」
「ジェームズ、意味が分からないわ」

「ッああぁ! お土産入れた紙袋、全部玄関に忘れて来た!!」
「…(溜息) 馬鹿が。だから忘れるなよ、と家を出るときに言っただろうが」
「だってぇテレビが気になってたんだもん。丁度良いところだったんだよ、南国版・湯煙殺人事件、血に濡れた牛乳瓶の謎! 犯人が気になって気になって」
「知らんわ!」
、そんなに心配しなくても、お父さんにふくろう便で送ってもらえば良いじゃない」
「あ。その手があったか」
「それより、その湯煙殺人事件って何? っていうか牛乳瓶?」
「そこに突っ込んじゃだめよジェームズ」
「分かったよリリーv君がそう言うなら!」
「で、そのお土産はなんだったの?」
「八つ橋!」
「何それ?」
「えっとね、京都っていうところの有名なお菓子。お土産にするためにわざわざ通信販売で買ったんだ!」
「つくづく思うが、お前って奴は意味が分からん。何故友人への土産を考えるのに、カタログを持ち出してきたのかが未だに謎だ」
「煩いよ、セブルス。そこも突っ込んじゃだめなの」
「…で、ヤツハシって美味しいの?」
「甘い」
「……………そればっかりだね、セブルス」
「ボキャブラリーが少ないな、スネイプ。そんなんじゃ世渡りできないぞ」
「そんなものを私に求めるな、ポッター!」
「いや、別に求めてるわけじゃないんだけど」
「ジェームズ、話の邪魔よ。口を閉じて」
「分かったよハニーv」
「気持ち悪いからヤメテ」
「………これはきっと愛の試練だね」

「…ねえ、セブルス」
「なんだ」
「ジェームズ見てるとさ、お父さん思い出すんだけど」
「………」
「似てるの?こんなのと?……ええと、のお父さんって、もしかしてすごく変な人なの?」
「リリー、それってどういう意味だい?!(涙)」
「ええっとねえ…」
「ポッターとルーピンとブラックを足して割らない感じだ。比率的に言えば2:2:1ぐらいだろう」
「あ、ソレ的を得てる」
「……つまりすごく暑苦しい上に信じられないくらい腹が黒くてちょっとばかりヘタレなのね?」
「リリー! リリー! その『暑苦しい』ところが僕かい!?」
「黙って」「喧しい」「煩い」
「……3人して言わなくても」


 気まずい雰囲気はどこへやら、その奇妙なメンバーのコンパートメントは、汽車が止まるまで賑やかだった。


「じゃあ、行きますか」

 汽車が止まったのを感じて、は立ち上がった。
 ごそごそと荷物を抱え上げながら、ジェームズもそれに続く。

「あら、スネイプは?」

 リリーの問いが聞こえていないはずもないのに、スネイプはむっつりと本に目を落としたまま顔を上げない。
 ただ不機嫌そうに、

「貴様らなどと並んで出て行くことなどがあれば、私は周囲から正気を疑われることになる。別にプライドがどうこうという年でもないが、わざわざ自ら恥をさらす理由もないのでね。後から1人で行く」

 リリーの視線がさっと冷たさを帯び何か言い返そうと口が開かれたが、ぽんと肩に置かれた手に遮られる。
 振り返れば、苦笑したが小さく首を振った。
 その微笑みを崩さぬまま、は悲しそうにスネイプを見遣る。

「ごめんね、セブルス。ありがとう」

 リリーは訝しげな顔をしてを見たが、彼女は微笑むばかりで先を続けようとはしない。
 スネイプはちらりとそんなを一瞥して、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「さっさと行け、馬鹿者」
「ほいさー」


「また明日な」


 去りかけたは、その言葉にハッとして振り返った。
 彼は本から目をあげない。
 長くなった髪は後ろで無造作に束ねられているものの、同じく散髪されていない前髪が彼の表情を隠している。
 けれど、は今の彼がどんな顔をしているのか容易に想像できて、パァッと顔を輝かせ笑った。

「うん!また明日」

 いつもの時間、いつもの場所で。
 彼が言外に、そう言ったのであった。


「ねえ、リリー」
「なあに、



「何だか、特別な1年になりそうな気がする」



 風が彼女の黒髪を梳いて、空の彼方へ吸い込まれていく。
 紅い髪を片手でおさえながら、リリーは親友ににっこりと笑いかけた。

 その〈特別〉がこの優しい親友にとって、幸せなものあること祈った。















 欠片を拾い集めて 喜劇と 悲劇を 積み上げて




















2004.8.15.

 取りあえず、第2章の始まりデスかな。