踏み出すことを 躊躇ったりしない















「セブルスセブルスセブセブセブセブ!!」

 バタバタと階段を駆け上がり、そのままの勢いで部屋の戸がスパーンと開く音を聞き、思わず溜息が出た。
 こんな騒がしく登場する女など、以外に誰がいようか。
 まったくもって騒がしい。
 大和撫子という人種は絶滅したんだろうと思う。
 きっとそうだ、そうに違いない。

「ちょっとセブセブ、聞いてんのー?あんたの耳というトンネルを抜けたら、そこは不思議なアホでした?」
「お前がな」 (…セブセブって何だ?)
「…………………………………………………愛のラリアーット!!」
「ぅがっ?!」
「オラアァッ、十文字固め!!!」
「のわあ!」

 憐れスネイプ。

 大の字になって畳に伸びた彼の横に立ち、ふふんとは笑った。
 片手を上げて、勝者のポーズを取ってみる。

「寝技でわたしに勝とうなんざ、68年早いわ!」
「ね、寝技…っ」

 何故かその単語に十文字固めよりダメージを受けたスネイプは、68年という微妙な数字にツッコミを入れることができなかった。
 完敗である。

「どしたの、セブルス?」
「い、いや、なんでもない。私が悪いんだ。すまない」

 湧き上がる罪悪感からつい謝ってしまった。
 何故か知らないがその単語で変なことを想像をしてしまったなんて、たとえ口が裂けたって言えない。
 畳に横たわった恋する男は、いつだっていっぱいいっぱいである。
 憐れスネイプ。

「熱でもあるのかい、親分」
「…ああもう!さっさと用を言え、用を!なんだっ?」
「あ。そうだよ、セブルン!美味いカキ氷屋さんに行こう!」
「セブルン…」

 もうつっこむ気力さえない彼である。







 赤いシロップのかかったミチヒュア氷山のてっぺんを、慎重にスプーンですくいぱくりと食べる。
 至福の表情を浮かべたことは言うまでもない。

「お前に付き合っていると、いつも甘いものを食わされている気がする」
「気のせい、気のせい。そんな小さなこと気にしてたら禿げるよ、セブルス」
「余計なお世話だ!」

 声を荒げたところからすると、もしかしたらちょっと気にしているのかもしれない。

「そういや、そうか。パフェから始まって、カルピス、綿菓子、カキ氷だもんね」
「…この間は近所の餓鬼どもと一緒に駄菓子屋に連れていかれたし、家ではモンブランだとかソーダ味のガリガリアイスだとか、パンチャン…だったか?それも食わされたな。夏はこれだとか言われてスイカだって押し付けられたし、毎日のようにジュースが出てくるし。ああそうだ、ここのアイスは最高とか言われて抹茶アイスも食べたな。何故かお前のチョコレートアイスの分も私が払った気がするんだが」
「き、記憶力良いですわね、セブたん。もう、カンゲキ☆」

 スネイプはまた溜息を吐いて、観念したようにカキ氷に手をつけた。
 彼のカキ氷は緑色。メロン味だ。

「もう、夏も終わりさねー」
「ああ」

 相変わらず暑い。
 空の青さは目を奪われるほどに深く、そびえる入道雲は威厳さえ漂わせている。
 蝉の声はまだ途切れず、子供は空き地を駆け回っている。
 けれど、夏は終わる。
 9月に入ればホグワーツに戻り、また新しい日常が2人を待っている。

「あんまし会えなくなるねぇ」
「…」

 夏、毎日顔を合わせて。
 毎日行動を共にして。
 毎日、会話して。
 毎日笑い、過ごしたのに。
 夏が終われば2人は、またグリフィンドール生とスリザリン生に戻る。
 いがみ合わなければならない、間柄になる。

 ずきりと胸が痛いのは、本当は何のせい?

「いつものところで、会えば良いだろう」
「…うん、そだね!」

 誰も知らない、行き止まりの階段で。
 はにっこりと笑う。

 そう去年は、そうやって過ごしてきたんだから。

「ねえねえ、あの喫茶店のマスターにお土産買ったんだけど、今度一緒にわたしに行かない?」
「何を買ったんだ?」
「日本刀のレプリカ」
「……………そ、そうか」
「約束なー」
「ああ、分かった分かった」

 スプーンを口に運ぶ。
 口の中で溶ける甘い氷。
 味覚が変わるほど自分は、どうもこの女に惚れているらしくて。
 そんな感情、一生自分とは無縁だと信じてきたから、戸惑ってばかりだったけれど。
 これは。
 これだけは、諦められない。


「んー?」

 夏が過ぎたら。
 友人としてでなく、1人の異性の人間として向かい合いたい。
 たとえ当人が気付かなくても。
 せめてあと2年、いや1年、支え程度には。

「泣きたくなったら、私を呼べよ」
「え?」

 突然何を言い出すのかと、が顔を上げて。
 真剣な瞳に射貫かれる。
 あれ。
 いつの間にこの人は、こんな強い目をするようになった?
 いつの間にわたしは、この目を好きだと思うようになった?

「この間みたいに泣き喚きたくなったら私を探せ。仕方がないから、肩なら貸してやる」
「そ、そりゃ…どうも」

 少し、スネイプの顔が赤い。
 いつも顔色悪いから、それくらいが丁度良いのだけど。

「じゃ、約束ね」
「うん?」
「わたしはセブルスのとこで泣く。泣きたいときセブルスを頼る。だからセブルスも何かのときはわたしを頼る。ね!おっけー?」
「……ああ」

 邪気のない満面の笑みに敵うはずもない。
 恥ずかしいことを言っているという自覚はあるのか、僅かに頬が染まっている。

「はい手ェ、出せコンニャロウ」
「は?」
「いいから!」

 指きりげんまん 嘘ついたら 針千本 飲ます 指切った

「よし!これで約束成立。あ、これね、指きりって言うの。日本の子供がやる、約束を破らない誓い…みたいなもんかな。ちなみに日本のヤクザって組を抜けるときは、小指を切るんだって。実際わたしの友だちン家の近所に住むおじいちゃん小指がないんだってさ。腕にすっごい刺青してるらしいよ。極道って感じ?それの指きりに関係してんのかなぁ。だってさ、小指と小指を絡めながら、指切っただの切らないだの歌うんだよ。何か深い関係があるんじゃないかと思うじゃないか。…いや、でももしかしたら何かの偶然で、全然関係ないかも。でも針千本って子供のころは分かんなかったけど、今真面目に考えると脅し以外の何者でもないような…」

 スネイプに解説をしていたはずなのに、途中から独り言になりつつある彼女の言葉を聞き流しつつ、スネイプは何か生々しい想像をしてごくりと喉を鳴らした。

「針千本…」

 この女なら本気でやりかねないと思った。
 真青になったスネイプに、は楽しそうに笑った。



 うつろう季節を横目で見送って。

 わたしたちは強く強く、一歩一歩を踏みしめて。

 輝きを放ちながら。

 たくさんの想いに身を包まれながら。


 先へ。


 あの向こうに輝く未来が待っているって、闇の中でも信じているんだ。



「その前に課題を終わらせろ」
「あ」















 未来を 信じていたいから




















2004.8.11.

 ちゃんとも、先へ進めたのではないかと。
 明日が来るのは怖いことだけど、は強い子ですから。
 強いばかりの子では、ないようにしていきたいのですけど。
 何しろリチャードの子ですし、それにこれからのことを考えると、そうでないとやっていけないんですね。ははは。(…)
 指きり、実際どうなんでしょう。調べてみたんですが、よく分かりません。むぅ。
 しかし指きりシーン、やるかどうか迷ったんですよ。あまりに書くのが恥ずかしすぎてッ。きゃあ、はずっ!(何を今更)