十字架の重みに 傷ついても 罪人はただ 前へ 前へと















「お母さんはわたしを無事に産んで、奇跡的に助かった。本当に信じられないことだったんだって」

 じゃりり じゃりり
 じゃり じゃり じゃりり

 静かな夜に、砂利を踏む音が響く。
 祭りの声も、遠くへと去って今はほとんど聞こえない。

「わたしが4歳になった日、お母さんは突然吐血して死んだ」

 スネイプは何も言えない。
 現実味がない。

「わたしは今日、16歳になった」

 そんな。

「あと4年後」

 そんなこと。

「お父さんは死ぬ」




 信じられない。




「嘘だ!」

 立ち上がり、ベイルダムが叫んだ。
 リチャードは微笑みを浮かべたまま、小さく首を振った。

「嘘じゃない。こんな嘘は吐かない」
「嘘だ。何故、何故お前が死ぬ?何故お前は、お前はッ!」
「リディ」
「やめろ!嘘だと言え!言ってくれ……ディック!!」

 リチャードはベイルダムを抱きしめた。

「ごめん、リディ」


 ―――ごめん、リディウス


 あの日もそう言って、君を悲しませたのに。










「それが、2つ目。そして、不自然の理由と眠れない理由」

 何だか笑えちゃうね、とは笑った。

「お母さんが死んじゃったのも、お父さんが死んじゃうのも、わたしのせいなの」

 スネイプはただ、その笑みを見ていた。

「4年後、わたしはハタチになる。そしてわたしは華やかな着物を着て成人式に行くかわり、喪に服して泣く予定になってる」

 穏やかに笑っているくせに。
 痛いほど握り締めた小さな手が、小刻みに震えている。
 冷たいと思った。
 先程まであんなに温かかった小さな手が、何故か氷のように冷たかった。

「怖いんだ、セブルス」
「…、お前のせいじゃ」

 なんて陳腐な慰め。
 そんなもの、誰も望んではいない。
 分かっているのに、それが痛いほど分かっているのに、他に何をしてやれるのかを知らない。

「セブルス、分かる?今わたしが怖がっているのは、何だと思う?何を考えていると思う?」

 はとても穏やかに言った。
 その声は不自然なほど揺るがない。天気の話でもしているかのようだ。
 スネイプは絶句する。
 ああなんということだ。
 慰めの言葉なんて知らない。
 その上、それをこれほどもどかしいと思うほど、私はこの女を想っていたのかと。
 いつのまにか存在していた大きすぎる思いが、ぎしぎしと胸の中で軋む。
 痛い。

「お父さんが死んじゃうのも、モチロン悲しいんだけどね。それよりもっと悲しいことがある」

 ゆっくりと手の力を抜き、彼女はスネイプの手を離した。
 胸を覆う喪失感に、スネイプは足を止める。
 は数歩後退りして、にっこりと笑った。

「ひとりぼっちになることが、怖いんだよ」

 柔らかく微笑むの瞳に、光はない。
 何か、とても良くないと思った。
 ふわふわと彼女の周りを、小さな光が舞った。
 蛍だ。

「これで、わたしの話は終わり」
「……

 笑う女。
 舞う光。
 月光が注がれる。
 木々がざわめく。

 はスネイプを見ていなかった。
 蛍を目で追って、楽しそうに微笑んでいた。

 このまま彼女は、自分の罪をひとりで背負って生きていくのだろうか。
 誕生日の度に、襲い来る恐怖に身を震わせながら。
 微笑みを崩さず、誰にも頼ろうとしないまま。

 自分と彼女が今まで築いてきたものは、思いのほか浅いものだったことを思い知る。
 否、違う。少なくとも、自分にとっては違った。
 という人間の存在はまるで雑草のようにしぶとく、気が付かないうちに自分の中で面積を増大させていった。
 いつしか花を咲かせ始めたそれを、自分はもうむしり取ることさえできなくなっている。
 どんなに否定しようとも、確かにその存在を何より心地よいと感じているのだ。
 腹立たしいことに、それは否定しようのない事実だ。

 しかし果たして、彼女にとっての自分もそうであっただろうか。
 今まで誰にも話さなかったこのたくさんの秘密を、打ち明けてくれたほどには信頼しているのだろう。
 だがそれは、透明の殻にこもっている彼女にとって、どれぐらい気を許したことになるのだろうか。
 まだ2人の間には、幾重にも透明の壁が存在しているのでは。

 腹立たしい。
 ひどく、とても、スネイプは腹が立った。

「おい、

 気付いたときには、つかつかと彼女に歩み寄っていた。

  バキッ

「っつ…!?」

 彼女が痛みに声にならない呻き声を上げ、両手を頭に当てて蹲った。
 涙をためた目で、キッと睨まれる。

「な、何すんだよ!?」
「お前が悪い」
「はあ?」

 殴ったらすっきりした。
 スネイプはふんと鼻で笑い、蹲るを見下ろす。

「なんだお前は。自虐に走るのも良い加減にしろよ。お前の母親もリチャードも、お前にそんな罪の意識を背負ってもらうために、生きて欲しいと願ったわけではないだろう。それなのに自主的にそんなものを背負って、自分で自分を苦しめて何が楽しい。誰が悪い何が悪いなどという問題ではない。お前は二親にとって、命を懸けてまで望まれた存在だったというだけの話だ。ありがたく思え。お前はそれを甘んじて受けて止めて、無駄にならんように生きていけばそれでいい。生まれたことが罪だと言うなら、馬鹿みたく幸せになることが贖いだ。罪の意識なんぞ邪魔でしかない。そんなものは血反吐を吐くほど無理することになっても、できる限りさっさと捨ててしまえ。分かるか?お前の馬鹿な考えの下らなさが分かったか?」

 ようやく立ち上がったは口を開けて、ぽかんとしたままマシンガントークが特技らしい男を凝視した。
 思いの外彼は背が高いので、見上げる形になる。
 彼は仏頂面のまま、いつものような阿呆面に戻ったを見て、少し安堵したが顔には出さない。
 何気なく手を上げると、また殴られると思ったのかは軽く身を竦めた。
 それに思わず苦笑して、ぽんと彼女の前頭部に片手を置いた。

「しかしまあ、よくひとりで頑張ったな。それは褒めてやる」

 ぽんぽん、と軽く叩くとが、ひくりと肩を揺らした。
 これくらいで怯えるとはさっきのは強すぎたかなと危惧して、スネイプが少し身をかがめて顔を覗き込む。
 ひくり、ひくりとは肩を揺らした。
 の顔を見て初めて、スネイプはそれが嗚咽だと気付いた。

「お、おい…?」

 押し殺そうとするのだが、漏れてしまう嗚咽をは必死になって止めようとしている。
 ぽろりぽろりと涙が零れ、浴衣に染みをつくった。

「おい、こら、?…お前、大丈夫か?…お、おい、なあ」

 厭味も皮肉も忘れて、スネイプはあたふたする。
 はただただ涙を堪えるばかりで、返事はない。
 スネイプは先程からたびたび、無意識に“”と呼んでいることに今更気付き、更にあたふたする。
 突っ立ったまま妙な汗を流しているスネイプに、ようやく動いたがゆっくりと寄りかかった。

「おぅわっ?!」

 スネイプは大混乱だ。
 嗚咽漏らし、その度に小さく震える細い肩。小さな手がスネイプの浴衣をぎゅっと握り締める。
 なんだかよく分からないが、ぎこちなくスネイプは彼女の背に腕を回し、宥めるように背をさすった。
 途端は、わっと声をあげて泣き出した。
 ぽろぽろぽろぽろ
 とめどなく零れ落ちる涙が、スネイプの浴衣に染みをつくる。

「……分かった分かった。じゃあ、もう泣け。満足するまで泣いとけ」

 ぽんぽんと背中を叩き、諦めにも似た表情でスネイプは溜息を吐く。
 混乱も少し回復の兆しを見せている。
 なんて小さいんだろう。
 普段の態度のでかさを考えて、スネイプは複雑な忍び笑いを漏らした。

「鼻水つけるなよ」

 包むようにそっと抱き締めて、自分にしがみ付き、震え、嗚咽する存在をただ黙って受け止めていた。


 救うのが無理ならば、支えよう。
 可能な限り。


 2人の照らすように、蛍が舞い踊った。
 たくさんの金色の光が、ふわふわゆらゆら揺れる。

 蛍が想いに身を焦がす。
 誰にも言うのを許されないからこそ、己の想いにただ身を焦がした。















 傷を舐め合うでもなく ただ 罪人は寄り添って




















2004.8.6.

 え?展開が速すぎる?突然話がでかくなって、びっくりした? でしょうねえ。
 ああでも、今までの伏線、全部暴露しちゃった感じ?わたしてきには、やっとすっきりしました。
 でも抱きしめあいすぎだよねえ。ディック&リディといいセブ×といい。(苦笑)
 でもキスしてベタベタするよりこんな風に支えあってる構図の方が好きなのです。
 さあ、恋愛モゥドに突入しましょう!(んー、無理だろ)

 ええと。気付いた方もいらっしゃると思いますが。
 わたしの好きな短歌(なのかな?)をちょこちょこ参考にしてます。何の歌かはまったく知りませんが。
 フレーズっていうのか、なんかイメィジが好きで、使っちゃいました。…パクリじゃないんですけど。

  恋し恋しと鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす

 
誰か知ってたら連絡ください。
 …それにしても今回、長かったですね。