生まれた瞬間に 背負う重荷を定められ















「でーきた、と。さ、その下駄を履いて……うん、似合う似合う。やっぱり黒髪に黒目だからかな。着心地はどうだ?」
「……歩きにくい」

 ぶすっとスネイプが言うと、リチャードは声を上げて笑った。

「ま、最初はそんなもんさ。慣れたらなかなか風流なもんだぜ」
「フーリュー…ですか」
「うん」

 にこにこと笑うリチャードにを重ねる。
 まったく、この親子は。

ももうそろそろ来るさ」

 笑顔に何か窺い知れない感情が混じる。
 やはり今日やけに明るかったのには、わけがありそうだ。
 喉まで出かかった疑問をぐっと飲み下す。
 昨晩、に宣言したばかりだ。彼女が言いたくなるまで待たなければいけない。

「天気は良好。それに蛍も見られるそうだから、月明かりを頼りに川の方に行ってみるといい」
「…気が向いたら」
「あ、今面倒臭いと思ったなコノヤロ」

 ははっと笑うリチャードの向こうに、縁側に腰掛けたまま険しい顔をして物思いに沈んでいるベイルダムの姿がある。
 服装からして、2人とも祭りに行く気はないらしい。
 つまりはこちらも話があるのか。
 ベイルダムの顔色を見て、スネイプはそう察する。
 チリンと鈴の音がして、見るとが塀の上から肩に乗り移ってきた。
 何か言いたいことがあるらしいのを見て取って、スネイプは努めて苛々とした調子を装ってリチャードに声をかけた。

「まだですか」
「やっぱ帯は一人じゃ難しいかな。ちょっと見てくる」

 リチャードが縁側から家の中に入っていった。
 それを目で追った後、ベイルダムがぴくりともしないのを確認して、ぶらぶらと小さな庭を歩き回った。

「あたしも家に残るわ。気になることがあるの」

 ベイルダムから離れたところで、こそりとが耳に囁いた。
 ほとんど音にせずスネイプも囁き返す。獣の耳は良い。

「…のことか」
「そうよ。だから、あの子のことよろしく頼むわ」
「ああ」

 話は終わりかと思われたが、悪戯っぽい目をしては続けた。

「ねえ。その髪紐、今日買い物に行ったときにもらったんじゃない?」
「……さっさと行け」
「誕生日祝いでしょ?ってことは、あなたもに何か買ってあげたの?」
「 行 け 」

 くすくすと笑って、が肩から飛び降りた。
 気に入っているらしい縁側に寝そべると例の満月のような瞳でスネイプを一瞥して、気持ち良さそうに目を閉じた。
 月夜がよく似合う黒猫だ。

「ごめんごめん。時間掛かっちゃった」

 声に視線を上げると、浴衣姿のがいた。
 裸足を伸ばして、急いで赤い鼻緒の下駄を履こうとしている。
 濃紺と言うのか藍色と言うのか、日本独特の深みのある青の地に、白や淡紅色の花が描かれた浴衣。幅広の帯は深紅。
 高い位置に器用に結われた髪。かんざしは帯と同色。
 惚れ惚れと主を見つめたは、ふとそのかんざしに目を留める。
 深紅にちらほらとあしらわれた模様は白い花だ。色こそ違えど勿忘草ではないだろうか。
 微笑みを浮かべてスネイプを見る。なるほど、あれが。
 当のスネイプはがこちらを見ているのにも気付かず、無表情にを凝視したままぴくりとも動かない。
 あれは硬直しているのだということは、だけが知っている。

「セブルス、浴衣似合いすぎッ!ナニソレ、君ほんとに西洋人?いやいや、あたしゃ認めないよ」
「喧しい。さっさとしろ」
「へぇーい」

 中身は変わらんのだな。
 残念なような気もするが、ほっとしたのも事実だ。
 黙ってればかゎ……今私は何を考えた!?

「セーブルース?何そんなすっごいしかめっ面して。なんか今にも倒れそうだよ?」
「何でもない。行くぞ」
「了解」

 ねえねえ似合う?などと言いながら並んで歩き出したところで、ああ待って待ってとリチャードが声を上げた。
 ぱたぱたと急いで来た様子の彼は、手に結構上等そうなカメラを持っている。

「一枚、撮っておこう」

 スネイプがものすごく嫌そうに顔をしかめ、はにっこり笑って頷いた。
 問答無用でぐいぐいと腕をひっぱられ、慌てているうちに一枚撮られた。

「はい、もう一枚ね。笑ってー」
「セブルス、笑えってば。何その嫌そうな顔。つねるよ」
「……(溜息)」

 今度こそ2人は家に背を向けて歩き出した。
 リチャードがよいしょと年寄り臭い科白と共にベイルダムの隣に腰を下ろす。
 が振り向いて、少し不安そうな顔をした。
 リチャードはにっこり笑って言った。

「行ってらっしゃい。あんまり遅くなるなよー」
「…はぁい。行ってきまぁーす!」

 もにこっと笑って返した。
 ベイルダムとスネイプが、同時に顔を歪めた。
 やはり何かが不自然だった。





「なんだ、これは」

 スネイプが首を傾げた。
 が一番に並んだ出店だ。
 幼い子から大人まで、多くがふわふわしたものを手に笑っている。

「綿菓子!ほら、こっち来て。今つくってるとこだから」
「…ほう……………………ふん」
「セブルス、目ぇ輝いてるよ。鼻で笑うくらいなら素直に面白そうって言ったらどうなの」
「煩い………これ、食べ物か?」
「そうだよ。溶かした砂糖を繊維状に噴き出させて、それを割り箸とかにからめてるの。だからふわふわなわけ。あ、ちなみにコレはひとの受け売りだから。…はいコレ、半分こね」

 お先にドウゾ、とできあがったばかりの綿菓子を渡されてスネイプは困惑する。
 困ったり慌てたりしているときだけ、こうして子供みたいな顔をして黙り込むことをは知っている。癖だろう。
 その顔が見たいがためにいつもわざと困らせているのだと言ったら、力いっぱい殴られるに違いない。
 その現実味のありすぎる予想に苦笑して、ひょいと綿菓子をつまみ取った。
 ぱくんと口に放り入れて、口内で溶けていく綿の感覚と砂糖の甘さを味わう。

「美味っv」

 それを見たスネイプも、恐る恐るつまんだ綿菓子を食べる。
 むう。
 不味いと言いたいのに、言えないことが分かっていて、それに困りきっているというような複雑な顔をして呟いた。

「甘い」

 カルピスのときと同じじゃないか。
 ぷっと吹き出して、笑いながらは言った。

「“いらないなら頂戴!”」
「……“不味いとは言ってない”し、私はケチじゃない」

 本当に何故だか不味くはなくて、味覚の変化に呆然とした。
 コイツと食べたホワイトデーのパフェのせいか!?あの拷問のせいか!そうに違いない…いやそうでなければならない!
 それ以外に理由などないと一人、決心にも似た強固な理屈を繰り返した。
 出店の並ぶ道を2人並んで歩きながら、ぱくりとまた食べてみる。
 正直言って……美味い。

「えへへー。そういえば綿菓子食べるの久しぶりだなあ」
「お前、えらくパクつくな……太るぞ」
「それ禁句」
「ああ、そうか。既に手遅れか」

 鼻で笑う。
 が極上の微笑みを浮かべる。

「どういう意味かなあ、セブルス?」
「深い意味はない。気にするな」
「禁じられた森といい、今日といい、なんか君レディに対して失礼じゃないかなあ?」
「礼儀を知らないお前に言われたくはないな。ところで、そのレディとは誰のことだ?もしかすると、口のまわりを綿菓子でべたべた汚している女のことか?」
「え、嘘?汚れてる?」
「袖で拭くな、袖で!せっかくの浴衣が汚れるだろうが」

 祭りは存外、賑わっていた。
 マグル…いや、日本人は祭り好きなのだろうか?…ああ違うか。私がそうでないだけで、魔法使いも筋金入りだ。
 騒がしいこの女なら、祭り好きなのは当たり前だろう。

「セブルス、セブルス!この狐のお面カワイイ!買」
「買わん」
「…ってて最後まで言わせろよ」
「欲しいなら自分で買え。さっき『ヤキモロコシ』買ってやったろうが」
「ケチー」
「どうとでも言え」
「陰険、根暗、油頭、神経質、心配性、本の虫、潔癖症、サド目、土気色、黒尽くめ、薬学馬鹿、眉間」
「………貴様…(…ん?眉間は悪口か?)」

 相も変らぬ軽口の応酬は途切れることなく。
 似たり寄ったりの出店を、2人ははぐれないように気をつけながら行ったり来たり。

「これは射的って言ってね。簡単に言えば、撃ち落した商品が貰えるってスンポー」
「…何を狙ってるんだ?」
「カエルのぬいぐるみ」
「………」
  ぱん
「あ、はずした!くそう。もう一発…」
  ぱん
「……ちくしょう」
「貸せ」
  ぱむ
「…何、セブルス。どこで練習したの。一発ってあーた。ちょっと。3秒と狙わずに。ねえ。こら」
「落ち着け。そして黙れ。ほら、カエルだ」
「…ありがと(あーちょっと悔しい。けど嬉しい。あー)」

 あっちへ行き。こっちへ行き。
 笑い。喋り。食べて。歩き。飲んで。走り。笑い。笑い。
 少ない灯りはほんのりと心地よい薄暗がりをつくる。暗がりから灯りの下へ、灯りの下から別の暗がりへと歩く行為が、その照明の雰囲気も手伝って夢の中を彷徨っているような現実味のなさを感じさせた。
 そのせいだ。
 見えないのは。
 はぼんやりと思った。
 2人が互いに超えないでいた、境界線が見えなくなる。
 傷つかないために、無意識につくっていた境目。
 けれど見えないのなら、存在しないのと変わらない。
 それなら。
 それなら今日ぐらい。
 誰にも気付かれないうちに、自分さえ気付かないうちに少しだけなら、超えてしまっても良いんじゃないか。
 今だけなら許されるのでは。咎める者など居はしない、と。
 同じ思いに、スネイプも駆られて。

 気が付けば、どちらからともなく手が触れて。
 重なり。
 指が絡まる。
 握り合った互いの手の温もりに、知らず頬まで熱くなるのには気付かないふりをして。
 地面を睨みながらぎゅっとが握ると、そっぽを向いているスネイプは大きな手で包むように握り返してきた。
 大きな手だな。あったかい。
 小さな手だな。あたたかい。
 胸に広がった感情の名前など知らない。
 知っていたとしても。
 それはきっと誰にも言えない……何か。
 辺りに響く太鼓の音は、血気盛んな男たちが奏でる祭りの音か。
 それとも。
 鬱陶しいほどに暴れる、この左胸の?





「さて、だいたい回ったね」
「ああ」

 回ったのだけど。
 用は済んだのだけど。
 手を、離したくないんだ。
 お互い思うことは同じで。

「蛍、観に行こうか」
「ああ、そうだな」

 2人、慣れない下駄のせいか、それとも時間を惜しむせいか、歩調はひどく遅い。
 繋いでいる手のおかげで珍しく離れることはなく、祭りの灯りから離れて人気のない暗闇へと足を進める。

 その道すがら、静かにゆっくりと、しかし固くは決心をして。


   話そう。

   なにもかも。

   すべてを、このひとに。















 愛にまみれた重すぎる秘密に 涙することも許されず わたしは




















2004.8.4.

 セブとお祭り。
 やっと進展があったふたり。(あれが進展?/自虐的な自嘲)
 わたしが楽しかったから良いんです!(つまり自己満足)