夜が怖いんじゃない















 夕食の席で、スネイプは重い溜息を呑み込んだ。
 何だこの雰囲気は。
 一体何があったんだ。
 一人蚊帳の外のようで、使い方を覚えたばかりの箸を荒々しくじゃがいもに突き刺した。
 そんな様子にも周囲は気付かない。
 一見、普段と何も変わらない食卓にも見えた。
 は快活に喋り、それをリチャードがにこにこと聞き、ごくごくたまにベイルダムが口を挟み、喋りすぎるをスネイプが咎める。
 変わらないように見えるのだけれど、誰もがたまにふとテンポをはずすのだ。
 遠い景色を見るような目でを見るリチャード。そしてそれに気付いていながら「とうとう呆けたの、お父さん?」とにっこり笑う。普段ならそれを鼻で笑うはずのベイルダムが、一瞬眉を顰める様。
 何かが違っている。
 唯一の見方とを探すが、彼女の姿はない。
 無性に腹が立った。

「それで明日は、セブルスと出掛けてくるよ」
「おーおーいいぞ。行って来い、たかって来い、ふんだくって来い」
「リチャード?」

 スネイプがひくりと唇を吊り上げた。
 いつからか彼はこの大人をファーストネームで呼ぶようになっている。と呼ぶともリチャードも振り向くからだ。

「冗談だって、セブルス。まあそんなお岩さんも顔負けのおっそろしい顔をすんなよ」

 はははとリチャードは笑う。

「そうかそうか。じゃあ明日の祭りも2人で行って来い。浴衣着るだろ?俺が準備してやるよ」
「ユカタ?」
「本当ッ?やったー浴衣だぁーセブルスの浴衣ァーひゃっほう。お色気ムンムーんガッ!?」
「煩い、黙れ」
「…………ぐーは痛いよ……ぐーは……痛い……」

 う゛ーーと机に突っ伏した娘に苦笑しつつ、リチャードがスネイプに説明した。

「浴衣っていうのは、日本の民族衣装みたいなものさ。ほら着物なら知っているだろ?あれよりもっと薄地で気軽なやつで、入浴後や夏なんかに昔はよく着たんだ。今では夏祭りぐらいしか着るひとはいなくなったけど、うちは男物も女物もある。いい機会だから、明日はそれを着て祭りに行くといい」

 納得したスネイプに、復活したが尋ねる。

「ねーねー、セブルス。セブルスの誕生日っていつさぁー?」
「?」
「だってさー。セブルスは今日わたしの誕生日を知ったわけでしょ。なのにわたしはセブルスの誕生日知らないわけで。なんか、こう、不公平だ。フェアじゃないじゃーん」

 やはりこの女の感覚というものは、自分にはとうてい理解できないところにあると思う。
 何がどうなったら公平やら不公平やらという話に発展するんだ。
 もうそんなことを指摘するのも面倒で、事実だけを告げる。

「知らん」
「……………は?」
「興味がなかったから覚えてない。真冬だったような気がせんでもないが」
「ちょ…それで君が良いわけ?」

 リチャードが問うた。
 スネイプはほうれん草の胡麻和えを引き寄せながら、軽く方を竦めてみせる。

「別に」

 生まれたことを他人に祝ってもらおうなどと望むものか。
 そう思った途端、幼く無力な頃の自分を思い出した。
   
ぽろぽろと零れる透明な水が鼻筋を頬を伝って唇に触れる。 海の味がした。
 望んだことなど。
 一度だって。
 
    ひっく おかぁさァん お、かぁさァん ヒッ お、おかぁ…
 …すっかり食欲が失せてしまった。

「じゃ、セブルスの誕生日わたしが決めていい?」

 …。
 …?
 ………はあ!?
 わけの分からないことを言い出したを、スネイプはぽかんと見つめる。
 はいい事を思いついた子供の表情をしている。

「だって、やっぱわたしだけ知らないのって不公平だから、打開策ねコレ。わたしが仮のセブルスの誕生日決めまーす」
「おい、こら、ちょ、待て」
「ってことで明日。年下だとなんかこそばゆいし、年上だと癪なんで、まったく同い年ってことで。セブルスの誕生日は明日で決まりっス!」
「ひゅーひゅー。やったなセブルス」
「おめでとう、スネイプ。どんどんぱふぱふ」

 口を挟む隙さえ与えないの後に、リチャード、ベイルダムが続く。
 意味が分からない。
 誰かこの状況に疑問を持たないのか。
 空気を肺の中からしぼりだすように、重い溜息を深く吐き出した。
 まともな思考回路を持った人間が恋しい。










 ガラリと窓を開けて、スネイプは湿った髪を夜風にさらす。
 風呂から上がって随分経ち、家主の部屋も寮監の部屋も灯りが消えているというのに、生まれ持った体質なのか髪の乾きは人より遅い。未だ乾かない。だがまあ慣れている。
 読書をしていたせいで、時間を忘れていた。今は何時だろうか。
 12時は過ぎているだろう。
 ぶるりと一度身震いをして、ベッドの端に腰を下ろす。
 星が綺麗だ。
 ホグワーツから見る空とはやはり違う。星や正座の位置。占い学的にもやはり違うのだろう。
 そうやってぼんやりして、さて寝ようかと灯りに手を伸ばしたときだった。

(…セブルス)

 部屋の外から小さな声がした。
 …。
 ……以外に誰がいると言うのだろう。
 だがこんな夜更けに何の用がある?
 怪しみながら声をかけると、すっと障子が開いた。入ってきたのはやはりである。

「何だ。夜這いならお断りだぞ」
「馬鹿」

 普段の覇気がない。
 何故だか普段より黒に近くなった瞳で、視線を困ったように彷徨わせている。
 半袖半ズボンの寝巻き姿で、ぽすりとスネイプとは反対側のベッドの端に座った。何かを言い難そうにしている。

「…眠れないのか」

 大体そんなところだろうと見当をつけて言うと、案の定はほっとしたように力を抜いた。
 うん、と大きく頷く。
 分かりやすい女だ。
 だが。

「それで何故私の部屋に来るんだ」
「…だって、ひとりじゃ眠れないんだもん」
「ベッドはひとつしかない」
「2人で使えばいいでしょ」

 ちょっと待てコラ。

「と、共に寝れと言うのかっ!?」
「声が大きいよ、セブルス。お父さんが来るよ。殺されちゃうよ」
「……何て奴だ」

 座ったままこてんと横に転がって、ひとのベッドに寝そべった少女を、スネイプは苦く睨む。
 2人で寝るには狭いベッドだ。

 手を伸ばせば…

 …何を考えているんだ私は。
 正気に戻れ。
 頑張れセブルス・スネイプ。

「お休み、セブルス」

 嗚呼、クソッ!
 誰かこの女に危機感という単語の意味を教えてやってくれ!
 一人苦悩するスネイプの様子には気付かず、はもぞもぞと身動きをする。
 ころりと向きを変えて、座ったままのスネイプを不安そうに見上げてきた。
 見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな。
 念じてみるが届くはずもない。
 の無言の訴えに完全降伏して、スネイプはばたりとベッドに突っ伏した。
 どうにでもなれ。
 溜息を吐くと、が小さく微笑んだ。
 こらこらこらこら。何を理由に私が赤面せんといかんのだ。

「理由は聞かないの?」

 が囁いた。
 囁きも届く距離に顔がある。
 なんだかもう、力んでいる自分が馬鹿みたいだ。

「理由?」

 後頭部で両手を組んで、天井を仰ぐような体勢を取った。
 は丸く身体を縮めている。そうしていると、まるで小さな子供のようだ。

「不自然の理由とか、眠れない理由とか」

 こちらが気付いていることに、も気付いていたのだ。ならばリチャードや教授もか。
 スネイプはを一瞥して、ふんと笑った。

「聞いてほしいのか」
「…分かんない」
「なら聞かん。言いたくなったらそう言え。そうしたら聞いてやらんでもない」

 ほっとしたように、は笑った。

「うん、そーする」
「そうしろ」

 重くなる瞼をゆっくりと細めて、笑顔のままは呟く。

「おやすみ」
「…ああ」

 間もなく、規則正しい寝息が部屋を包んだ。
 その吐息につられたように、スネイプは今日何度目か…何十回目かの溜息を吐いた。

「……徹夜なんぞごめんだ」

 小さく呟いて、隣の安らかな寝顔を一瞥した。
 この寝顔の隣で、はたして熟睡できるものだろうか。
 そんなことを考えながら天井の染みを数えていると、いつのまにかうとうとと夢の世界へと落ちかけていた。

 どこかで、風鈴の音がした。















 朝が来て また一歩恐怖へと進んだことを 思い知ることがたまらなく怖い




















2004.8.1.

 今回もまた伏線ばっかっス。申し訳ねえ。(汗)
 しかもセブルスってば、なんか不幸な家庭に生まれてるらしい。(管理人脳内設定)
 でも添い寝作戦は成功したんでヨシとします。ぐへへ。
 セブルス…いっそ理性なんかふっとばしちゃえば良かったのに(何を言うか)
 ちなみに次の日セブルスは、リチャードから半殺しに…!?(あわれだ)