ちりりん と 風鈴 「馬鹿か?ああ、今更だな。お前は馬鹿だ。そんなやり方でどうやったらこれが出来上がるんだ?え?」 「…ぁい…ええと………こう?」 「…ほほう。つまりどうあっても爆発させたいということですなあ。ホグワーツの一角が廃墟と化しますが、どうなさるおつもりかなミス・」 「ええッ嘘?!…くっそう……だってここで、これを入れて、こうして…ええと…」 「ここは昨日やったものの応用だと言っているだろうが。どうやったら私の言葉はお前の頭に届くんだ。耳から入って耳から出てるのか?それともその耳の形をしたものはただの飾りか?」 「昨日の…?……あ、もしかして、こう?」 「………よし。で、次は?」 「…………分かった!こうでしょ?」 「だ・か・ら、違うと言っているだろうが、こんの馬鹿!実際にこんな作業をしていたら2秒後にはお前死んでるぞ!?」 「だってこの材料、名前からして気持ち悪いんだもん!」 「だからと言って文章の上でさえ使わないやつがあるか!」 「避けるにこしたことはないでしょ!」 「んなわけあるか!今ここで絞め殺されたくなければ、さっさと続きを書け!!」 「し、しめッ?!」 ぎゃあぎゃあと喚く2人から少し離れた台所には、2つの長身の影がある。 トントントントン、とリズム良くかつ均等に人参が切られていく。 人参と包丁を持っているのは、苦笑しているリチャードだ。 「セブルスはスパルタだね」 リチャードの呟きに、器用にジャガイモの皮を剥いているベイルダムがちらりと居間に視線を走らせた。 それから少し何か考えるように間を開けて、口を開く。 「お前の娘には、あれくらいが丁度いいさ。…何度俺が殺されそうになったか」 思い出されるのは、彼女のあの表情と手つき。 そしてメチャクチャな実技。 たとえリチャードの娘でなくても、彼女からは目を離すつもりはなかっただろう。 しかもゴキブリ…。(実は根に持っている) 「あはははは。そういうところは、母親似なんだよなー。ああいうグロテスクなのが駄目なんだ。彼女の場合はなんの変哲もない野菜とかの材料で、テロリスト並みに過激な爆弾を製作するんだよ。あれはむしろ天才だね。あれをカレーだと豪語していたあたりが大物だし。料理じゃなくてあれは武器だよ武器。その辺は俺に似たらしくて料理得意なんだけど」 「彼女…お前と結婚したという物好きなマグルのことか」 「そうだよー。すっごい美人なんだー。日に日にも彼女に似てきてて、俺嬉しくて死にそう」 「……娘には手を出すなよ」 「リディってば刺し殺されたいの?」(笑顔) 「冗談だ」 「信じてるよ」 少し?物騒な会話の間も、2人の手は止まらない。 両者とも一人暮らしが長いためか、手つきは手馴れている。 ベイルダムの手によって皮を剥かれたジャガイモは、リチャードによって少し大きめに切られ、鍋の中へと移動する。 それぞれ作業を進めながら、勉強中の子供の声に耳を傾けては忍び笑いを漏らした。 固形のカレー粉をぽとりと鍋に落として蓋をしたリチャードは、今度は白米の方に手を伸ばす。 「しかし、あれだね。セブルスの教え方は板についてるね」 「同感だ。あれは良い教師になるぞ」 「ああ、でも子供嫌いっぽいね。…まあ、子供の方からも嫌われる教師だろうけど」 「俺でもなれたんだ。問題ないさ」 「説得力あるなあ」 くすりと笑ったとき。 居間でがぱたりと机に突っ伏した。 不機嫌なスネイプから教科書でバシバシ殴られているが、起き上がる気配はない。 リチャードとベイルダムは目配せをする。 ライフポイントが尽きたらしい。 「どこまで進んだんだ」 のそのそとベイルダムが彼らに近寄った。 スネイプが顔を上げる。 「まだここまでです」 「…だいぶ進んだじゃないか。少し休憩したらどうだ」 「…はあ。まあ、教授が言うなら」 いかにも渋々といった表情でスネイプが羽ペンを置く。 その姿に一瞬にやりと笑って、それからぴくりとも動かない少女に目を遣る。 「、生きてるか」 「………」 「…『返事がない。ただの屍のようだ』」 「………」 「教師のボケを完璧無視とはいい度胸だ小娘」 「教授、抑えて」 意外と大人気ない寮監に絶望しながら、遠い青空へ目を睨む。 校長。 もしかして私をホームステイにやった本当の理由は、暴走しがちなこの3人(内2人は大人)を止めるためですか。 私はストッパーですか。 私は生贄ですか。 答えはない。 ただあのくぐもった楽しそうな笑い声だけが、耳に蘇る。 なんだかそう間違ってはいない気がした。 「ほらほら、差し入れだよ」 リチャードが盆を抱えて台所から帰還した。 盆の上には、4つのグラスが並んでいる。中で揺れる液体は、白濁色だ。 はい、と渡されて拒否するわけにもいかず、とりあえず観察してみる。 牛乳とは違うようだ。それよりもずっと水っぽい。氷が入っていてよく冷えている。 外側についた冷たい水滴が、扇風機だけでは緩和されない暑さに心地よかった。 「わーい、カルピスだー」 いつの間にか復活したが、喜んで飛びついている。 ごきゅんと飲む姿が、ホワイトデーにカフェでココアを飲んだあのときと重なる。つまりは美味いらしい。 口をつけてみる。 「……甘い」 ぼそりと呟いた言葉に、が素早く反応する。 「あ、いらないなら頂戴!」 今口をつけたのを見ていながら、何て発言をするんだこの女はっ! 冗談ならまだしも、目が本気だから性質が悪い。 渡してたまるか。 「不味いとは言ってない」 「ケチー」 「ケチじゃない」 「じゃあドケチー」 「煩い」 嘘ではなく、本当に不味くはなかった。 この女のせいで味覚までもがおかしくなってしまったらしい。 ……重症だな。 「これ飲み終わったら、お遣いに行ってくれないか」 「いいよー」 リチャードの問いに、簡単に答えているの後頭部を手近な教科書で殴る。 頭を押さえて呻くを冷たく見遣って、 「宿題はどうするんだ、宿題は。教えてくれと頼んできたのはお前だろうが」 と言った。 はスネイプを上目遣いにぎろりと睨んで、べえっと舌を出した。 「お遣いなら仕方ないもーん。わたしは勉強より家庭を選ぶ女なの!」 「どこでそんな科白を覚えるんだ、お前は」 「メロドラ」 「………」 もう何も言うまい。 そう決心しかけたとき、ぽんと肩に手を置かれる。 リチャードが爽やかな笑みを浮かべていた。 「最近は女の子一人じゃ何かと危ないし」 「……が護衛に」 「荷物、ちょっと重いんだよね」 「…つまり荷物持ちですか」 「まあそう言い換えることもできるけど。あくまで護衛だよ、護衛。セブルスが一緒だったら俺も安心できるし?」 「そうそう。こーんな暑い中、ひとりで行くなんてつまんないじゃん。セブルス道連れ決定ね」 「すぐそこだろう。ちゃっちゃと行って帰ってこい」 縁側で眠っていたが、片目だけ瞼を上げた。 黄金色の目が無言のうちに助けるつもりはないと語っている。 ここに味方はいないらしい。 スネイプはがっくりとうな垂れた。 それは 夏の日 2004.7.26. |