まだ 気付いてはいないと 言い聞かせる 自己暗示















「……で」

 今日もスネイプの眉間の皺は絶好調だ。

「何故移動手段がこれなんだ」

 これ、というのはマグルの空飛ぶ乗り物。
 空飛ぶバイクではない。
 飛行機のことである。
 それが不満らしいスネイプを、窓にかじりついていたは呆れたように振り返った。
 すでに雲の上である。

「行き先が海の向こうのニッポンなんだから当然じゃん。セブルスってば、ばっかだねー」
「そうじゃない!私が言いたいのは、何故マグルの乗り物なのかと言うことだ」
「…知らないよ。校長先生からパスポートとチケット手渡しされたら乗らないわけにはいかないでしょーが」

 ねえ、と彼女は膝の上のバックに同意を求める。
 ひょこっとそこから小さな黒い顔が覗いて、息苦しそうに溜息を吐いたあとにこっと笑った。
 最近の表情のバリエーションが増えた。彼女曰く、あまり不自然に思われないように我慢してきたらしい。

「機内でペットは…」
「保護者って言ったのはセブルスだよ」
「いや、それとこれとは……まあいい。それにしてもよくばれなかったな」

 ふふんとが笑った。
 周りに聞こえないよう、小さな声で答える。

「ま、あたしも伊達に長生きしちゃいないわ」
「…ちょっと待て。あんたいくつだ」
「あらあら、だめねえセブルス。女性に年を聞くのは失礼よ」
「………」
「あ、スチュワーデスさんが来た。すみません、オレンジジュースくださーい」

 なんでこんなことになったんだ。
 スネイプは目元を片手で覆って深く深く溜息を吐いた。
 同行者であるはずのベイルダムとは飛行場で別れた。
 「バイクの方が速い」と豪語し、すぐに追いつくから先に行けと見送り役に回っていたのである。
 役に立たねえ。

「あ!」

 静かだったが突然、素っ頓狂な声を上げた。
 今度はなんだと目を向けたスネイプの目に映ったのは、満面に笑みを浮かべたが窓の外に手を振っている姿だった。

「先生ほんとに追いついたよーセブルス」

 振り返ったは楽しそうに言った。

「先生、先に行って待ってるってさー」

 私は何も知らない。
 何も見ていない。
 スネイプは狸寝入りを決め込んだ。





「うぇるかむ とぅ じゃぱん!」
「何故カタコトなんだ」

 降り立ったそこではしゃいだ声を上げるに、スネイプは冷静に突っ込む。
 バックから脱出したが、ぐうっと大きく伸びをした。

「夫婦漫才は分かったからさっさと行きましょ。こんな人通りの多いところじゃ、あたしもまともに喋れやしないわ」
「そだねー。じゃ、ついてきてー」
「おい待て!なんだコレは!私は荷物持ちか!おい…ちょ、待て、こら!!」

 賑やかである。










 ぜえ はあ ぜえ はあ
 炎天下の中2人分の荷物をひきずってきたスネイプは、真青な顔で前方を睨んでいる。
 暑いと赤くなるより青くなるタイプらしい。

「…持とうか?」

 途中でさすがに良心が痛んできたは、何度もそう持ちかけているのだが、意地になったスネイプは無言で睨みつけ断るばかりだった。
 意地っ張り。
 聞こえないようにそう呟いた後、そっと後ろに回る。
 ローラーのついた2つの大きなトランクに両手をかけると、力を入れて走り出す。
 突然のことに驚いたスネイプが振り返ると、いつもの笑顔が待っていた。

「この坂上がったらとこだよ!もう少しだから頑張って!」

 ぐいぐいと押されて、スネイプもトランクの取っ手を握ったまま走り出す。
 走り続ける奇妙な2人組みの横を同じスピードで黒猫が走る。
 相変わらず楽しそうなに、思わずスネイプも苦笑を浮かべて。

「行け行けぇー」

 のやる気があるのかないのか分からない微妙な掛け声が追いかけてくるのを聞きながら、日本の風を切って走った。
 が笑う。
 が笑う。
 スネイプも、小さく笑った。










「はい、到着。トランクそこ置いて。中に運ぶ前に何か飲み物持ってくるよ」
「ああ」
「ま、上がって上がって」

 ガラガラガラっと音を立てて、玄関を開けた。
 途端。
 スネイプが硬直する。
 ろくに前方も見ず、のことを気にしながら扉に手をかけていたは、すぐには異様な光景には気付かない。
 がスネイプと同じような表情で、尻尾をぴんと立てて硬直したのを見て、やっと異変に気付く。
 ゆっくりと顔を上げ、我が家の玄関を視界に入れた。

「………」
「………」
「(Σハッ)…いや」
「………」
「ご、誤解すんなよ。これは、その、いろいろと、わけが」
「………」
。あの。…ええと、おかえり!父ちゃんってばお前の帰りを首を長くして」
「………」
「り、リディ!そろそろ離れろ!俺の娘が何かとんでもない誤解を!」
「………」
「さよなら、お父さん」
「わあ!ちょっと待ってええぇぇぇ!!!」

 お願いいいぃぃ!!!と叫んだリチャード・だが、強く抱きしめられていて身動きができずにいる。
 必死の形相で背を向けた娘に手を伸ばすが、ベイルダムはそれでも離そうとしない。
 ひしと抱きしめて、ぴくりとも動かなかった。

「リディ!リディ!感動の再会は果たした!だからちょっと待て、離せ!俺は今バリッバリ娘と話したい気分だ!!」
「………」

 ベイルダムの表情は窺えない。
 リチャードは彼の肩ごしに、びしいっとスネイプを指差した。

「君ィ!!」
「は、はい」

 突然話を振られたスネイプは、硬直状態から抜け出す。

「俺の娘を止めてくれ!この状況についてちゃんと話したいことが!」
「…だそうだ、。落ち着け」
「でも。でも、セブルス。わたしお父さんに衆道の気があったなんて、今の今まで、し、知らなかった…」
「……まあそう落ち込むな。これから色々と話し合えばいい。私も相談ぐらいにはのってやれるから」
「うん。ありがと、セブルス。頼りにしてるよ」
「ああ」
「ちょ、ちょちょ、ちょ」

 何か友情を深くしているらしい光景に、ますますリチャードが焦る。

「待て待て待て待て。こらあ!俺、衆道とかじゃねえから!バリバリ奥さん一筋だから!心の中じゃ今まだ新婚レベルぐらいラブラブだから!Oh!My dear!!我が妻よ永遠に!ってことで今君たちが目にしてるのは、寮を超えた大親友18年ぶり感動の再会シーン!そしてこれは、友情のハグ!分かる?分かるよね!っていうか分かって!!」
「……お前、父親似なんだな。やかましいところがそっくりだ」
「黙りゃ」
「…ま、取り合えず入って話そう。喉が渇いたから、何か持って来い」
「セブルス、人の家で態度でかいよ」
「ちょっと君たち、家主無視するわけ?ねえ。…だからリディ、離せって。後でゆっくり話そう」
「………ぁあ」

 そういうことになった。





「と、いうことでだな。つまり俺たちは昔からのダチなの。で、感極まったリディと俺がひしと抱き合ったところで、君たちの登場。分かった?」
「はーい」

 畳にあぐらを掻いたリチャードが説明を終える。
 納得したらしいが、やる気のない間延びした返事を返して麦茶を飲んだ。

「君がセブルスか。じーさん(=校長)から話は聞いてるよ。ま、分かってると思うけど、俺はの父親のリチャード・。亡き妻に今も恋する男やもめだ」
「…セブルス・スネイプです」

 気の抜けた顔でスネイプが名乗り返す。
 なんとなく握手をして、それで双方満足したらしい。
 不満そうなのはサングラスをはずしたベイルダムだ。
 やっと普段の落ち着きを取り戻したらしい。

「おい、ディック。俺の18年貯めたこの切ない想いを、そんな簡単な言葉で終わらせるのか」
「やかましい。むっつりスケベは黙ってろ。4年生のときのアレばらすぞ」
「くっ!!」

 リチャードは怒らせると怖いタイプらしい。
 ベイルダムが顔を青くした。
 4年生…一体何があったんだろう、とは口に含んだ氷を噛み砕きながら思った。
 スネイプは表情をよく動かすベイルダムを珍しそうに観察している。

「…お前がそのつもりなら、俺はお前の娘に5年生のときのあの事件を教えるぞ」
「あの?……………ッ!!…あ、あれはだめだッ」
「あのときお前は」
「わー、馬鹿馬鹿、ヤメロ!それ以上言ったらぶん殴るからな!」
「やれるもんならやってみろ。そんなひょろひょろで何ができる」
「あ、今鼻で笑ったなコノヤロー」

 取っ組み合いを始めそうな勢いの二人を無視して、スネイプが立ち上がった。
 なんだか馬鹿らしくなってきた。
 も冷めた目で父親の横顔を見ている。

「おい、。トランクを運ぶから部屋に案内してくれ」
「うん。手伝うよ」





「ところで、ディック」

 2人と1匹が立ち去るのを横目で確認したベイルダムが、唐突に切り出す。
 瞬いたリチャードだが、ベイルダムの真剣な表情に座りなおす。

「なんだよ」
「お前、ミネルバとも連絡取らなかったろ」
「………」

 リチャードの紅い瞳が一瞬翳る。
 目を伏せて、「ああ」とリチャードが答えた。

「で、これ」

 ポケットから取り出したのは、分厚い封筒だ。
 薄い青の封筒に、懐かしい筆跡で彼女の名と自分の名が書かれている。

「ミネルバからだよ。たぶん大方が説教だから、ありがたく受け取っとけ」
「………三十路に入っても説教かよ」

 震える声は今にも泣きそうだった。
 ベイルダムは一瞬躊躇った後、

「肩なら貸すぞ」

 と言った。










「それにしても、先生とお父さんが友だちだったなんてねー」

 がらりと窓を開けながら、が言った。
 すでにひなたぼっこを始めているが、気持ち良さそうに鳴く。
 スネイプはがたんとトランクを壁際に下ろしながら、振り返りもせずに答えた。

「同年代だったんだ。そう驚くことでもないだろう」
「だってさー、スリザリンとグリフィンドールだよ?接点なさそうじゃん」

 スネイプが呆れたように振り替える。

「お前、矛盾してるぞ」
「ん?……あ、そうかー」

 スネイプもスリザリンなのである。
 そして、は勿論父と同じくグリフィンドールだ。

「そういや、まるでわたしたちみたいだね」

 そう言ってにこにこと笑う
 窓辺に立ってこちらを振り向くと、背景が夏空の青に彩られる。
 一本に束ねた長い黒髪が、部屋に入ってきた爽やかな風にふわりと揺れた。

「…そうでもないさ」

 スネイプが言った。
 彼の目に宿っている感情の正体は、誰にも分からなかった。
 ただ。
 ただ迷うような躊躇うような、何かと何かの狭間に似た、そんな曖昧な色。

「ん?何が?」

 きょとんとしたに、スネイプは苦く笑う。

「いや。なんでもない」

 リチャードとベイルダム。
 とスネイプ。
 その関係は似て非なるものだと、スネイプは思う。
 はそれに気付かない。
 気付かないでほしいと思う。

 性別の、違いになど。

 …それとも。
 それとも自分は、気付いてほしいのだろうか。本当は。















 気付いてしまったのは 理性じゃない




















2004.7.26.

 なんだかイロイロ詰め込みすぎた感じで、話も途切れ途切れです。
 でもやっとディックを出せたし、再会シーンも書けたし。
 良かった、と言うべきなんでしょーかね。(聞くな)