新しい日々が 貴方を待っているから















「「は?」」

 ベイルダムとスネイプは、同時に間抜けな声を上げた。
 面立ちこそ違うが、風貌はよく似ている。こうして並んでいると、親子と思われても不思議はないだろう。
 そろって間抜けな顔をしていると、益々よく似て見える。
 そんな2人を、ダンブルドアは至極楽しそうに見、繰り返した。

「じゃからな。2人に夏期休暇の間、日本で過ごして欲しいんじゃよ」

 スネイプの隣に座っているは、事前に聞いていたのか緩む頬を引き締めて紅茶に口をつけている。
 目を嬉しそうに細めて、上目遣いにスネイプの様子を窺う。
 彼はまだ状況を理解していないようだった。

「ホームステイ、ですか」
「そのとおりじゃよ。外国の文化を学ぶのは良い経験になる。だから是非、ミスタ・スネイプにこの夏期休暇を、ミス・の宅にて過ごしてもらいたい。じゃが子どもだけ送り出すには、今は何かと危険じゃ。そこで寮監でもあるベイルダム教授にもご同行してもらいたい。どうかのう?」
「どうって…」
「あ、分かってると思いますけど、わたしも父も大賛成ですからー。大賛成に大歓迎。何も問題なしですね!」
「お前は黙ってろ」
「…」

 スネイプは躊躇っていた。
 ダンブルドアがこんな話を自分に持ってきた意図は、何となく分かっている。
 夏期休暇の間、過ごさなければならないあそこは、…お世辞にも帰りたくなる場所とは言えない。
 そこを配慮してくれたのだろう。
 だが自分はつい先程、ポッター一味に宣言したばかりだ。
 ――これ以上、近づきはしないと。
 それを考えると、やはり躊躇われる。
 隣にいるこの能天気な女とこれ以上親しくなるのは、得策ではない。両者にとってそれは害となる。
 ここは、断るべきなのだ。

「私は」
「セブルス」

 ダンブルドアが、スネイプの言葉を遮った。
 顔を上げた途端、スネイプはその優しい青い目から目を離せなくなる。

「行きなさい。きっと、有意義な時間が過ごせるじゃろうて」

 断りの文句は、浮かんでこなかった。










「どういう、こと、ですか」

 スネイプとが退室した後、ずっと絶句していたベイルダムが口を開いた。
 小刻みに震える手で、サングラスを外し目元を手で覆う。
 その手を下へと動かして、口を覆ってテーブルの冷めた紅茶を見つめた。
 黒と青の狭間にある瞳は、内心の混乱に揺れていた。

「そのままの意味じゃよ、リディウス」

 ダンブルドアは立ち上がり、動かないベイルダムの肩にそっと手を置いた。
 年老いた、しかししっかりとしたその手で、息子を励ます父親のようにぎゅっと強く肩を掴む。

「リチャードは、君に会いたがっておるんじゃ」

 それから、どこからともなく取り出した封筒を、紅茶の隣に置いた。

「君宛の手紙じゃ。読むといい」

 ベイルダムは答えなかった。
 ダンブルドアも答えを期待はしていなかったのか、何も言わずに部屋を出た。
 一人残された男は、黙って座っていた。
 立つこともできなかった。
 思い出したように動いて、震える手を封筒へ伸ばした。










「あーー、夏休みが楽しみだなあ!」

 うーんと伸びをしながら、が独り言のように言った。
 スネイプは片手をうなじの辺りに置いて、肩が凝った大人みたく頭を傾けた。
 疲れたように目を細めて、深く深く溜息を吐く。
 それを目に留めたが、ふーんとジト目で彼の横顔を睨む。

「なに。スネイプは何か不満なわけ」
「……お前と違って色々と考えることがあるんだ」

 ぼやくように言って、ちらりと紅い瞳を見遣った。
 それからまた何か考えて、短く息を吐いた。
 本当に、何故これほど自分はこんな女に苦労しているんだろうか。
 考えればこの女と出会ってこの1年、一人穏やかに過ごしていた日常はどこかへ消えうせている。

「なにさ。わたしだって考えることならたくさんあるんだよ」
「何だ。食べ物のことか。天気のことか。それとも自分の馬鹿さ加減のことか」
「スーネーイープーー…」

 コノヤロウと言いながら繰り出された右ストレートを、スネイプはひょいと軽く避ける。
 も当てようと思っていたわけではない。スネイプはそれを知っている。
 ただ、ふざけてみただけ。
 馬鹿みたいだ、とスネイプが小さく笑った。
 もいつの間にか、笑っていた。

「じゃあな」

 分かれ道で、スネイプは言った。
 返事も待たずに踵を返した後姿に、が声をかける。

「こないだはありがと」

 一瞬、は躊躇い。
 そしてふと微笑みを浮かべて、続ける。

「ありがと、セブルス」

 振り返ったスネイプが見たのは、今まで彼が見た人の表情という表情の中で、一番鮮やかな笑顔だった。
 きらきらと柔らかに輝く、紅い瞳
 少し照れくさそうに染められた頬。
 さらりと黒髪が揺れた。

 スネイプは不覚にも動くことができず、去っていく彼女の後姿をぽかんと見送っていた。
 序序に頬が熱くなるのも、気付かないまま。










「リディウス」

 呼ばれたが、気が付かないのか彼は振り向かない。
 後ろ手で静かに扉を閉めて、彼の傍らを目指す。カツ、カツ、と靴が床を打った。
 そっと彼の肩に手を置く。
 あのほっそりとしていたこの肩は、なんと頼もしくなったことだろう。歳月を感じた。
 机には、開かれた手紙が無造作に置かれている。
 懐かしい筆跡に、ぐっと目頭が熱くなった。
 あのころは、毎日のようにあの子の書いたレポートを見てあげたものだ。レポートだけではない。用意してやった問題集の解答を赤いインクで採点したのだって自分だ。あの子の分と、そしてこの子の分。2人分の採点は今と比べれば随分楽なものであるが、あのころはぐちぐち文句を言いながらやったっけ。
 悪戯っ子だった2人は、問題集を開いた途端に白い鳩が飛び出してきたり文字が逃げ出したりと、ありとあらゆる仕掛けを用意するものだから、普通よりずっと時間が掛かった。
 かんかんに怒った自分はすぐに2人を呼び出して、30分ばかり説教をするのが常だった。そして2人は小さく小突きあいながらにやにやと笑うばかりで、反省する様子を見せなくて。その内こちらまでおかしくなってきてしまって。
 何かの拍子に笑ってしまった途端、2人はこれで同罪だなどといって、どこからともなく綺麗なブーケを取り出すのだ。同じようなブーケを揃って高く掲げて、サングラスの向こうの4つの瞳がきらきらと煌めく。花を受け取ってくれとせがむ。
 苦笑しながら受け取れば、ぱっと花がほころぶように満面を笑顔で埋めて。
 悪戯完了!
 2人の兄弟のように息の合った声が、懐かしく頭に木霊した。
 耐え切れず頬を伝った涙が、ぱたり、と彼の肩に置いた骨ばった手に落ちる。
 彼はやっとぴくりと動いて、それが合図だったかのように口を開いた。

「あの馬鹿、今頃こんな手紙出してきやがったよ」

 声は掠れていた。
 あのころの面影をその声に見出すことができなくて、次々と涙が頬を伝う。

「18年、だっけ?19年?…ったく…もうちょっと早く書けってんだよ。なあ、ミネルバ」

 ぱたり ぱたり
 泣いているのは、突っ立ったままのマクゴナガルだけだ。
 ベイルダムの頬に涙の軌跡はない。
 だと言うのに、マクゴナガルはベイルダムのその姿が哀れでならなかった。

「リディ。私は」

 震えてしまう声が、ひどくもどかしい。

「私は、貴方が辛そうにしているのを見るのが、たまらなく辛かったわ」

 彼は顔を上げない。
 彼女の泣き顔を見ることをしない。
 そのための力も、そのための勇気も、今はなかった。

「私では貴方を支えてあげられなのだと、思い知らされるから」

 彼女は彼の肩に置いていた手を首筋を伝い頬を撫でて頭へとすべらせた。
 彼は動かない。
 泣きながら、彼女はそっと彼の頭を抱き寄せた。
 泣く子をあやすような仕草は、母親のようだった。涙に濡れた目に宿った優しさもまた、それに似ていた。

「行きなさい。ディックのもとへ」

 濡れる頬も気にしないまま、柔らかな微笑みを浮かべた。

「思い出への哀しみに、けりをつけて来なさい」

 静かに、静かに、時は流れていく。
 誰もいない部屋で、長い間2人はそうしていた。
 彼は最後まで泣かなかった。
 彼女は最後まで泣いていた。















 怖がらないで この静かな日々に 別れを告げなさい




















2004.7.19.

 出しちゃいました。マクゴ先生。ごめんなさい。
 たぶん今度短編書いて説明しますが、ディックとリディが子供のときマクゴは教育実習生という設定なのです。
 ……だめ?(半泣き)
 の存在と設定がデカすぎて、原作か遠のいていってます…。