横たわる障害 塞がらない亀裂















「と、いうことだ。分かったかハナタレ!」

 使われなくなり物置と化している教室に、不機嫌そうなジェームズと興奮気味のシリウスと、相変わらず楽しそうなリーマスと怯えているピーターが集まっていた。そしてそこに、この上なく不機嫌そうなスネイプが呼び出されている。
 ビシイッと人差し指を突きつけて、シリウスが話を締めくくった。
 その様子を冷めた目で見つめながら、スネイプは不機嫌に眉を寄せる。

「分かりやすいように人語で話せ、能無し」
「んだと!?」
「まあまあ」

 暴れる瞬間湯沸かし器をリーマスが押さえ込む。
 その隣では手頃な机に座ったジェームズが不機嫌そうにスネイプを睨んでいた。不服はたくさんありそうだが、口には出さないつもりらしい。

「つまりシリウスの支離滅裂な宣言を人語に訳すとね。…ちょっとシリウス暴れないでよ。…ええっと、そう。僕らはの友だちで、君もの友だちだろう?だからが悲しむことがないよう、まあ和解とまでは言わないから、ひとまず休戦しないかっていうことさ」
「休戦だと?」

 リーマスの言葉にハッと馬鹿にしたように鼻で笑うと、既に臨戦態勢に入っているジェームズが海色の瞳を険しくする。
 それに向かってスネイプは不敵に口端を上げた。

「なぜあの馬鹿のために貴様らとまで仲良しごっこをしなきゃならんのだ。それに私は貴様らを嫌っているが、無駄な暴力をふるった覚えはないぞ。休戦というのは何のことだ。ああ、もしかすると一方的にふっかけてくる無意味な言いがかりをやめるということか。それならいつも強制的につき合わされているこちらとしては大歓迎だ。勝手にしろ」
「勘違いするな。僕がお前を嫌いだってことには変わらないんだ」
「珍しく意見が一致したな、ポッター。それでは話はこれで終わりだ」

 シリウスとジェームズは憎々しげにその後姿を見つめ、リーマスは諦めの溜息を吐いた。
 誰もが、和解は不可能であると思った。
 そのとき。

「ま、待ってよ!」

 甲高い声を震えないように張り上げて、呼び止めたのはピーターだった。
 少し驚いた顔をして振り返ったスネイプは、ピーターとしっかり目があった。
 思えばこの二人がきちんと向かいあったのは、これが初めてである。

「ぼ、僕たち、このままじゃ駄目だと、思うんだ。のことを除いても、僕たちはいがみ合いをやめるべきじゃないのかな。このままずっといがみ合ってちゃ、なんにも解決しないよ」

 スネイプと一緒に、シリウスとリーマスが驚いた顔でピーターを見る。
 ジェームズは何やら感動さえしているようだ。
 皆の注目を集めたピーターは、慣れないことをしたせいか真っ赤になって俯いている。
 シリウスがこそこそとリーマスに囁き、リーマスがきらきらとした笑顔でシリウスを肘で小突き返す。
 ジェームズは成長した息子に見ほれるような父親の眼差しで呆けている。
 スネイプはただ一人、驚きから冷めた顔つきでピーターを見ていた。
 ピーターはその視線に気付き顔を上げる。
 そのときピーターは、彼の微笑みを見た。
 自嘲に見えた。

「何を解決するんだ、ペティグリュー」
「え?」

 しんと静まり返った教室に、スネイプの驚くほど静かな声が響く。

「お前の言葉は間違ってはいない。確かにいがみ合っていては何も解決しないだろう。だが、私たちの間には解決すべきことなど何もないではないか。『解決してはいけない』ものだけが横たわっている。…違うか?」
「解決しては、いけないもの?」
「『堕ちる者と堕ちない者』の差だ。今は、スリザリンとグリフィンドールの差だと言い換えることもできるがな」

 シリウスが訝しげに眉を顰めるが、ジェームズとリーマスはハッとしたようにスネイプの顔を見た。
 ピーターは凍りついたように動かなかった。

「じゃあ。…じゃあ、とのことはどうなる」

 彼女だって、グリフィンドールだ。
 ジェームズが言うと、スネイプは視線を床に落とした。

「安心しろ。私は堕ちるがあいつまで引きずり落とすつもりはない。後戻りはできんからこのままの距離で行くさ」

 私は堕ちる。
 闇へ、堕ちる。
 だからもう、これ以上彼女に近づいてはいけない。

「『私は貴様らが嫌いだ』」

 科白を棒読みするように脈絡もなくスネイプは言う。

「俺もお前が嫌いだよ」

 シリウスが答えた。
 一人あまり状況が分かっていない彼は、苛々とした口調で続ける。

「そういう小難しい回りくどい言い方して、言いたいことがひとつも分かりゃしねえ。俺たちはお前に危害を加えない。お前はそれを承諾した。それでいいじゃねえか。堕ちるだの堕ちねえだの、そんなのは今関係ないだろ。お前がを本当にダチだと思ってんなら、何も問題はねえんだよ。利害は一致してるじゃねえか」

 スネイプは暗い瞳をシリウスに向けた。
 シリウスは、スネイプのそういう闇色の目が気味が悪くて嫌いだ。
 スネイプはスネイプで、シリウスの黒い輝きを放つ瞳を憎らしいと思う。多くのことを知っているのに多くを理解せず、自分の道だけを突き進むことを決めた目。自己中心的とも言え、しかし勇敢な決意でもある。失われることはないだろう、光。
 たぶんこの光に、は惹かれたのだ。
 染まることのない、まっさらな強い輝きに。
 それがひどく苛立たしかった。

「その通りだ、ブラック。足りない頭でそれだけ理解できたことは驚異に値する。しかしやはりサル以下はサル以下だ。もう少しヒトに近づく努力をするんだな。一億年もかければ、子孫は人間になっているかもしらん。きっと奇蹟も起こる」
「て、てっめえ!」
「シリウス、抑えて!」
「犬じゃあるまいしぎゃあぎゃあ喚くな。万年発情期男」
「ガアァーーーッ!!!」

 凄まじいほどの勢いでリーマスの拘束から逃れたシリウスは、ローブに手を突っ込んで杖を引っ張り出す。
 スネイプもさっとそれに応じた。
 ほとんど同時に2人は杖を突きつけあう。目がぎらぎらと光った。
 リーマスが、再び諦めの溜息を吐く。

「決闘だ、スネイプ!」
「大歓迎だ、負け犬。息の根を止めてやる」
「礼儀に則れば、頭を下げるんじゃなかったか?」
「冗談だろう」

 にやりと不敵に笑ったのもほとんど同時だ。
 双極にあるのに2人は同じ性質を持っているのかもしれないと、ピーターは思う。
 もしも同じ環境で育っていたならば、兄弟のように気が合っていたかもしれない。

「もうやめてよッ!」

 そんな2人に争ってほしくはないのに、とピーターは声を上げるがもう2人には届いていない。
 2人とも、楽しそうに杖を構えて見詰め合っている。
 もう、誰にも止められないのかと、ピーターも諦めかけたとき。

  ガチャ

「しっつれーいしまー……って何してんのみんな」
「あ」
「え」
「わあ」



 思わぬ人の登場に、全員が短く声を上げた。
 シリウスとスネイプは、杖を突き合わせたままの状態で固まっている。
 戸口できょとんとしているのは、黒猫を伴ったである。良いのか悪いのか分かり辛いタイミングだ。
 呆気に取られている5人を素早く見回し、杖を持った二人の上でぴたりと視線を留める。

「…ちょっと、何してんのさ」
「いや、これは、ちょっと、その、だな」

 ぎろりと睨まれて、シリウスがシドロモドロになる。
 ところがスネイプは案外平然として、涼しい顔で杖をローブに仕舞う。

「なに、ブラックの肩に虫が留まっていたのでな、偶然ローブに入っていた手頃な杖で追い払ってやろうとしたんだが、何を勘違いしたのかこの能無しは人の親切を挑戦と受け取ったらしい。能無しだから仕方ないんだろうが、杖を向けてきた。無礼な奴だ」
「て、てめッ」

 杖を持つ手を震わせて、シリウスが米神を痙攣させる。
 それを見くだすような表情でスネイプは哂った。
 リーマスさえも自分の友人をあからさまに馬鹿にされて、さすがにムッとしたとき。

  バキッ

「何故殴るッ!?」

 殴られた頭を片手で押さえて、スネイプはに抗議した。
 はふふんと笑う。

「あまりにも嘘臭いあの説明でわたしが騙されると思ってるあたりが、ものすごくムカついたから。加えて言えば、さっきの笑い方がムカついたから」
「…馬鹿か、お前は」
「わたし馬鹿じゃないもーん。絶対違うもーん」
「では阿呆か」
「アホでもないよ。っていうか一体ひとを何だと思ってるわけ?」
「…他に何がある」
「あらら。セブルスって意外とボキャブラリー少ないんだね」
「そんなものを私に求めるなッ」
「はいはーい。君たち僕らを無視して夫婦漫才なんて繰り広げないでよ。見てるこっちが恥ずかしいじゃないか」

 ジェームズが手を挙げて抗議する。
 スネイプがぎろりと冷たくそちらを睨む。

「誰が夫婦だ!」
「あらやだ、おまいさん。あちきとあんたのことですよぅ」
も乗るな!その前に何キャラだその口調はッ?」

 にゃーーーぁ!

 やけに間延びした声で、が鳴く。
 呆れたような響きに、がぽんと手を打った。

「そうそう!忘れるところだった。わたし、スネイプに用があったんだよ」

 シリウスが顔を顰めた。
 スネイプに用、というのが単純に気に食わないらしい。
 振ったくせに。振ったくせに。振ったくせに。リーマスが当人には聞こえない小さな声で呪文のように呟く。ピーターが怯える。

「なんだ。さっさと言え」
「ええと、空飛ぶバイクを乗り回し二重人格疑惑も持ち上がっている教授とは思えない怪しさ満点サングラス男と、サンタさんの遠い親戚だと言われれば妙に辻褄あいそうな歳の割りには目きらきらしすぎの白髪白髭じいさんが、スネイプ呼んでたよ」
「………どうしてお前は素直にベイルダム教授と校長が呼んでいたと言えないんだ」
「捻りがないじゃないか!」
「捻りなんぞ要らん」
「酷い!」
「どこがだ」
「ええと。…仲が良いのは分かったから。うん。ものすごく分かったから。いってらっしゃい」

 リーマスがにこにこと手を振る。
 半強制的にピーターも振らされている。

「うん。じゃ、行こっかスネイプ」

 スネイプは疲れたように目頭に指を当てて歩き出した。
 面倒だが寮監と校長に呼ばれては、無視するわけにはいかない。

「そういうことだ。命拾いしたな、ブラック」
「ハッ!ほざいてろ、油頭」
「あ、あぶッ?!」
「わーーー、分かったから!行くよ、スネイプ!暴れないで!さあ!サングラスとじいさんの不思議なコンビがわたしたちを待っているんだ!」















 たとえばそれは ガラス越しの会話みたく




















2004.7.17.

 なんつーか。
 …なんつーか妙な話です。