どれくらい 弱いのか















「エバンスッ……何故!」

 ジェームズが悲痛にさえ聞こえる声で言った。
 リリーがきょとんとした顔を傾げる。

「何が?」
「何がって君……、あれはどういうことだよッ?」
「あら。だって友だちの命を救ってくれたのよ?礼を言わずに文句を言うのが貴方の流儀?」

 ぐっとつまったジェームズの横に、シリウスが並ぶ。

「何もあんな奴に礼を言わなくてもいいだろ!あいつはスリザリンのハナタレだ!」
「煩いわよ、ブラック。どこのハナタレだろうが馬鹿だろうが阿呆だろうが下衆だろうが、を救ってくれたことには違いないし、あの目は嘘を言っていなかったもの」

 答えられないジェームズとシリウス。
 流れる沈黙と険悪なムードに終止符を打ったのは、リーマスだった。
 くすくすと笑いながら言った。

「こんなところで彼女の話をしていても埒があかない。このまま、皆でのお見舞いにでも行こうよ」
「そうね。そうしましょう」

 さっさと歩き始めたリリーとリーマスのあとを、何度も後ろを振り返りながらピータが追う。
 ジェームズとシリウスは苦い顔を見合わせて、重い足取りで続いた。





「わっ!みんな来てくれたの?」

 はしゃいだ声をあげたが、身を起こす。
 リリーが慌てて駆け寄った。

「駄目じゃない起きちゃ!」
「だいじょぶだいじょぶ。切り傷擦り傷ばっかりで、ほんとはこんな大げさにする必要はないんだから」
「本当、?良かった。心配してたんだよ!」

 ピーターの言葉に、がにっこりと笑う。

「ありがと。今日中には寮に戻れると思う。ちょっと疲れてただけだから。…そう、ほんのちょっと、ね。ふふふ」

 怪しげな笑いを漏らすに、みんなが呆れた顔をする。
 険悪なムードも、口論も、何もかもが馬鹿らしくなった。

「何もなかったのが不思議だよな」

 シリウスが呟くと、が笑みに苦笑を滲ませた。
 大蜘蛛に食われそうになったなどと話すことはできなかった。そうするとのことも話さなければならなくなるからだ。
 たっての強い希望で、彼女についてはとスネイプだけの秘密とされることになった。

「じゃ、その…本題に入るけど」

 ジェームズが遠慮がちに口を開く。
 リーマスもリリーも、邪魔をしようとはしない。

「スネイ…」
「お前、スネイプに何もされなかっただろうな?」
「え」

 バキイィッ

「っつ!何すんだよ、ジェームズ!!」
「煩い。お前はなんでいつもそうやって話をややこしくするんだよ、馬鹿犬!」
「医務室では静かにしようね、2人とも」

 リーマスがにっこり笑って2人の肩を叩いた。
 リリーの呆れたような視線を受けて、ジェームズが咳払いをする。

「スネイプと…君の関係を、聞きたいんだ」
「わたしと…スネイプの?」
「ああ。…あいつは君が落ちていくのにいち早く気付いて、誰よりも必死になって君を探していたよ。僕らも実は寮から抜け出して探していたから、あいつが君を助けたことを知ることができた。それで気付いたんだ。君はそれについて何も不信感を抱いていないようだし、彼も当然のことをしたという様子だったことにね」

 そこで息を吐いたジェームズの後を引き継ぐように、シリウスが口を開く。

「それで、俺たち昨日考えたんだ。もしかしてお前らはもっと前から、そういう、なんていうか、接触を、してたんじゃないかと思って」
「ねえ、。絶対に怒らないから、教えてちょうだい」

 リリーも続く。
 と同じ目線に腰を屈めて、覗き込むようにする。

「あなたとスネイプの間には、何があるの?」

 が唇をぎゅっと噛んで俯く。
 いつかこんな日がくるのではないかと思っていた。
 けれど、ここで言ってしまえば、すべてが終わりになってしまうかもしれない。
 やっと彼が、ああ言ってくれたというのに、彼に迷惑をかけてしまうことになる可能性だって十分にある。
 スリザリン生として、グリフィンドールに友人がいるというのは、あまり好ましい目で見られないだろう。
 自分だけでなく、彼にも不審の目が向けられることになる。下手をすれば危害を加えられることもあるかもしれない。
 それだけの暗さが、闇が、今この学校には立ち込めていた。
 外界から持ってこられた問題である。時代、という抗いようもない定め。
 ここで彼との関係を話して、本当に良いものだろうか。
 変わらず、彼と、そしてこの優しい目をした人達と、友だちでいられるだろうか。
 分からない。
 分からないよ。
 ぎゅっと白いシーツを握りしめる。
 沈黙が痛かった。

 チリン

 鈴の音に顔を上げれば、いつのまにやってきたのかがベッドの端に腰を下ろしていた。
 黄金色の瞳が変わらず優しい目でこちらを見ている。

 何も心配しないで。

 そう言っているようで、は少し肩の力を抜いた。
 意を決して、沈黙を破る。


「大事な、友達だよ」


 だから、と縋るように続ける。

「だから誰にも言わないでね。あいつに迷惑はかけたくないんだ」

 お願い。
 彼女にしては珍しく、顔色が悪い。
 痛々しいほど瞳を隠し切れない心配に染めて、ジェームズを、シリウスを、みんなを窺うように見ている。
 リリーはその表情を、一度だけ見たことがある。
 2年生のときに大好きだった梟が、羽に大きな怪我をして帰ってきた日のことだ。
 マダム・ポンフリーに相談したものの、もう手遅れだと言われた。
 そのときは、マダムに、偶然そこに居合わせたマクゴナガルに、その縋るような表情を見せたのだ。
 普段の快活な彼女からは想像もできないほど悲しげな。
 大切なものを失いたくないと、その紅い瞳が言う。
 もう、失いたくないのだと。

「心配しないで、

 リリーがにっこりと笑った。
 いつまでもにそんな顔をさせるわけにはいかないと思ったから。
 
 あなたがそれで幸せそうに笑うなら。

「誰が何と言おうと、わたしは反対しないわ」
「エバンス!?」
「黙ってよ、ポッター。ほんとに貴方いちいち煩いわね。わたしは何があろうとの味方なのよ!世界中の誰が何と言おうと、一生の味方だわ!」

 そう言ってジェームズを睨んだまま、放心しているをぎゅっと抱きしめる。
 は一瞬わけがわからなかったが、序序にそれを理解したのか、泣きそうに顔を歪めてリリーの背中に手を回した。
 安堵と謝罪と感謝を込めて。
 泣きもせずリリーを抱きしめて、は誰にも聞こえない声でもう失われた大切な人の呼称を呟いた。
 誰にも聞こえなくて良かったと思った。
 手が震える。
 が抱き合う2人に寄り添って、頬を擦り付ける。
 ああ、わたしはとても幸せな奴だ。
 は思う。
 こんなにも温かい存在がすぐそばにある。
 もう、失いたくない。
 何も。

 そんな様子を見ては、男性陣が何か言えるはずもなかった。















 どれほど 強いのか 分かりはしない 絆




















2004.7.11.

 なんというか、もっとたくさんのことを表したかったのに、うまくいかないなあ。
 う〜ん。難しい。
 ただわたしは、の協力者を増やしてあげたいだけだったのになあ。