理解など 期待しない は医務室のベッドに突っ伏していた。 白く清潔なシーツがひんやりと心地よく、うとうとと夢の世界に沈んでいた。 疲労感が濃い。 まあ、当然のことだろう。 体調不良の状態で飛行術の授業を受け、そのせいで高さ(推定)30メートルほどを落下したのである。 その上、それから蜘蛛の化け物に追いかけられて、危うく美味しく夕食にされてしまうところだったのだ。 しかし、今彼女が感じている疲労感は、それだけからきているものではない。 「…うあぁ、回るぅ」 寝言だ。 眠りながら、乗り物酔いに襲われているらしい。 ふとは目を覚ましたが、意識ははっきりしていない。まどろむように目を細めていた。 「空飛ぶバイクでキリモミ回転プラス、宙返り2連続ってどうよ」 呟いた。 「しかも教授のあの変わりようは何。一体彼の中で何が起こっていたの」 問いに答えがあるはずもなく、益々疲労は募るばかりだ。 それだけではない。 傷の手当てなどで、マダム・ポンフリーにあれやこれや世話を焼かれたのだ。 あの傷、その傷、全て包帯が巻かれて、埃まみれで帰還したときよりも痛々しい姿になっている。 それほど大げさにしなくても、という小さな抗議は完全無視だ。聞いちゃいない。 そうやってどこに傷があるのか明確になると、何となく痛みも増加したような気がする。しかも小さな傷はひりひりとして痒い。 しかし、ここまで疲労すると、そんな感覚も遠く感じた。 ただひたすらに眠かった。 欲求のまま、もう一度目を閉じる。 そしては抗うこともなく、再び夢の世界へ堕ちていった。 「おい、スネイプ」 その声を耳にすることがなくなると言うからこそ死というものには魅力があるのだろうと思うほど、スネイプがその声と声の主が嫌いだ。 つまり、死ぬほど嫌いだ。 どんな大層な理由があって、朝の食後一番こんな男に呼び止められねばならんのだ。 朝から食欲があるタイプではなく、誰より先に静かに席を立ったスネイプは、さっさと寮へと足を進めていた。 それなのに背後から騒がしい複数の足音が追いかけてきて、その存在自体が環境破壊だと思われる男に呼び止められたのである。 朝は機嫌が良いとは言えない。 やであったならまだしも、他の者が声をかけてきて不快にならなかった覚えはない。 しかし、これは不快どころではない。 恐ろしく不愉快だ。 「待てよ」 何故命令に従う必要がある? さっさと立ち去るのが得策である。 しかし、何故だか今日は振り向くことに決めた。 「何か用か」 立ち止まり、振り返れば予想通り。 能無しの群れがこちらを睨んでいる。 「昨日のはどういうことか、説明してもらおうじゃねえか」 シリウス・ブラック。 別名、世界最大級の大馬鹿。 「失礼だが、人語で話してくれませんかな。生憎、獣の言葉は理解できん」 「てめえッ!」 「シリウス!」 一歩踏み出したシリウスを、リーマスが制す。 ぎりぎりと歯噛みしながらも、それ以上抵抗はしなかった。 敵意に満ちた目を隠そうともせずにジェームズが進み出て、しかし努めて穏やかな声で言った。 「スネイプ。僕たちは喧嘩をしにきたわけじゃない。昨日のことについての説明を求めているだけだ。昨日どうしてが箒から落ちたのか。そしてどうして君がそれに気付き、あんなに必死になっ」 「黙れ、ポッター。それ以上口に出すことは許さん」 スネイプが遮ると、ジェームズは黙った。 ピリピリとした一触即発の沈黙を破ったのは、意外な人物だった。 「これだから男子は」 呆れを声音に含ませて、彼女は言った。 リリーだった。 ジェームズが驚いたようにそちらに目を奪われるが、睨まれて目を逸らした。 馬鹿馬鹿しい、とスネイプは思う。 痴話喧嘩なら他所でやってほしい。 「面倒だが、貴様らに付きまとわれるのは更に面倒だ。さっきの質問には答えてやる。落ちた理由なら貴様らの方が詳しいだろう。体調が悪い上、飛行中にサングラスを落としたらしい。ただの眩暈だ。偶然それが私の視界に入った。以上。これで満足だろう」 さっさと立ち去るに限る、とスネイプは踵を返す。 歩き出した途端、強く肩を掴まれる。 「待て!」 肩を掴んでいるのはジェームズだった。 スネイプはばっとその手を振り払い、目の前の忌々しい男を睨みつけた。 「お前がを助けた理由がはっきりしていないッ」 「そんなこと、貴様に教える義理はない!」 「僕たちはの友だちだ!僕たちには知る権利がある!」 「それがどう私に関係してくるんだ。お前らと奴の関係など知ったことではないわ!」 「お前まさかと」 「やめなさい!!」 制止の声は凛としている。 ぴたりと動きを止めたジェームズにつられて、スネイプも悪態を呑みこんで口を閉じる。 リリーが澄んだ碧い目が2人を睨んでいた。 「こんな廊下で口論なんて、その歳にもなって恥ずかしいとは思わないの?」 「だけど…」 「私は間違ったことは言っていない。貴様らに詮索される覚えがないのでね」 毒々しくスネイプが言う。 戦闘態勢に入ったジェームズだが、リリーは静かに頷いた。 「…そうね。貴方の言い分は筋が通っているわ」 呆気に取られているジェームズの隣で、スネイプも驚いた顔をしている。 てっきり食って掛かってくるものと思っていたのだ。 「エ、エバンス!?」 「貴方は黙っててよポッター。話がややこしくなるわ」 「でも」 「黙ってて」 有無を言わさぬ口調に、ジェームズが黙る。 リーマスがにやりと笑って何かを呟くと、それが聞こえたらしいピーターがぎょっとして身を引いた。 ―――尻に敷かれるね、あれは。 「スネイプ。この事態を収拾するために、あと1つだけ質問させてちょうだい」 断る文句が出て来ない。 チッと舌打ちをしただけで、質問を待つような沈黙をつくった。 リリーが澄んだ目で見つめてくる。 スネイプはそれを睨み返した。 「を救うという貴方の行為に、何か他意はあった?」 スネイプが少し眉を寄せる。 質問の内容が不愉快であるというように。 「他意なんぞあるか。あんな女を助けて私に何の得がある」 グリフィンドールの弱みを握れるわけでもない。 ホグワーツ圏内でたかが女子生徒に危害を加える必要もない。 ただ。 ただ、死んで欲しくなかっただけ。 「そう」 じっとスネイプの目を見て何かを確かめたらしいリリーが、満足げに頷いた。 そこで我慢しきれなかったように、リーマスの制止の手を振り切ったシリウスが口を開く。 「じゃあなんでテメエはを助けたんだよ。俺たちが一番聞きたい、それが解決してねえじゃねえか」 ジェームズが頷く。 スネイプは馬鹿にしたような冷たい目で2人を見遣った。 「それを私に聞くのは、お門違いではないのかね?」 「何が」 「奴に聞け。その問いで左右されるのは、私と奴の関係ではない。奴と貴様らの関係だろう。奴のいない場所で勝手に解決するつもりか」 そうだろうな。 そして貴様らは、二度と私とが接触することのないようにするのだ。 全て邪魔をして。 流石にそこまで口にすることはせず、スネイプは今度こそ踵を返した。 追って来る気配はない。 ただ痛いほどの視線が背中に突き刺さっているが、気にならない風を装った。 「スネイプ」 リリーの声がした。 一瞬、立ち止まる。 「ありがとう」 驚いて、思わず振り返りそうになる。 しかし何とか持ちこたえて、聞こえるか聞こえぬかというほどの声で呟いた。 「…礼を言われる筋合いはない」 ただ ときたま 和解を 求めてみたくなる 2004.7.11. |