そらにて笑う 純白の てんしは















 この日最後の授業は、グリフィンドールとスリザリンの飛行術合同授業だった。
 天気は良好。白い雲と青い空のコントラストが眩しかった。
 日はまだ高く昇っているが、そろそろ傾きかけるだろうという時刻である。
 風になびく夕焼け色の髪を片手で押さえつけながら、リリーが親友を見遣った。

、大丈夫なの?」
「平気平気。心配なっしんぐ」
「…無理しちゃだめよ」
「はーい」

 サングラスの向こうの瞳が笑っている。
 飛行術のときは、できるだけそうして目をカバーしている。
 万が一眩暈を起こせば空中である、命に関わることになるかもしれない。
 その上、は飛行術が得意ではない。
 高所恐怖症、というわけではないが、あの浮遊感にどうにも慣れないのである。

「ほんっとうに大丈夫なの?熱はないのね?」
「だいじょーぶだって。リリーってば心配性だなあ」
「大丈夫だよ、エバンス。が危ないときは、このグリフィンドールの名シーカーがすっ飛んでいくから」
「あなたに任せられると思うのかしら、ポッター。何を自惚れてるの?」

 話に割り込んできたジェームズに、リリーは冷たく返す。
 しかしリリーは、それ以上に何か言うことはなかった。本当はどこかでジェームズを信頼しているのかもしれない。
 そう思うと、は素直に嬉しかった。

「俺もいるぜ。、何かあったら俺を呼べよ」

 シリウスが言った。
 大丈夫だよと返した途端、は乾いた咳をした。どうも今朝から調子が悪いのである。
 それを知っているリリーやジェームズたちは見学を勧めたのだが、あまり良いとは言えない飛行術の成績を考えてせめて出席数だけでも稼ごうとするの意思は固い。風邪の方も悪化の兆候を見せないので一層説得は難しかった。
 ふと視線を感じたが振り返ると、ちらりとスリザリンの彼と目が合った。
 かすかに眉を寄せている。今の会話が聞こえていたらしい。
 心配ないよという風に笑んでみせると、彼は呆れたように目を伏せてふいと顔を背けた。
 ――心配してくれてありがとう。
 そう伝えたくても今は口にできるはずもない。こういうとき、寮の違いにひどく苛立つのはだけではない。
 スネイプの方でも容易にはそばにいられないという状況が鬱陶しかった。
 彼らの会話や彼女の咳を聞いて、目を離さないようにしようと決める。そんな風に思うことに疑問を抱いたり必死に否定したりするのは、もうとうに止めてしまった。面倒臭いことこの上ないのだ。
 そんな彼の視界に見慣れた黒い小さな影入った。
 慣れた重みを肩に感じては驚いた。が我がもの顔で肩を陣取り、前足を舐めている。

「ミス・。ペットは置いていきなさい」

 教師に注意されたは、慌ててを下ろそうとする。しかし、頑としてはそこを退こうとしない。
 意図に気付いたリリーが、いつものくせでパッと手を挙げた。

「先生!その猫はにとってペットじゃありません」
「……友だちだなどと子供じみたことを言うんじゃないでしょうね、ミス・エバンス」

 子供じみたこと、と言われてはむっと顔を上げる。
 友だちでなければ何だというのだろう。
 しかし、抗議しようとしたを遮るように、リリーはきっぱりと言った。

「違います」

 驚く周囲を尻目に、すました顔でリリーは言う。


「彼女はの保護者です」


 まったくそのとおりだ、と呟いたスネイプの声は幸い誰にも聞こえなかった。

 そういうことで同乗を許されただが、はどこか遠い目をして脱力している。
 それぞれが箒にまたがったのを確認した教師が、はじめの合図に笛を咥えた。
 ピーーー
 甲高いその音と共に、生徒達が大空へと舞い上がる。もそれに続いた。

「ひゃっほう!」

 シリウスがはしゃいだ声をあげる。
 ジェームズと一緒になって、目が回るような速さで飛び回っている。
 クィディッチをやっていて慣れている彼らは、周りも思わず感嘆の声をあげるほど華麗な技を見せつけ始めた。
 手放し、空中回転、危険このうえない。
 果ては箒の上に立ち上がる始末だ。

「相変わらず派手だねえ」

 の呟きにローブのポケットを陣取ったが、ひとつ同意の声をあげた。

「ま、のんびりいきましょーや、姐さん」
。もっと若々しい発言はできないの?あなたそれでも華の10代?」

 寄り添うように飛んでいるリリーが呆れたように言ったが、は答えず笑うばかりだった。
 姐さんという素敵な響きに、は照れたようにしかし嬉しそうに鳴いた。





 どれほど、そうしていただろうか。
 教師の例の切り裂くような笛の音が耳に届いた。

「集合だよ」
「え?」

 リーマスの声に、がぼうっとしていた顔をあげる。

「集合。先生が呼んでるよ、。……大丈夫?やっぱり調子が悪いのかい?」
「だいじょぶ、だうじょぶ。ただちょっと考え事してただし、もう授業も終わりでしょ」
「空中で考え事はやめたほうが良いよ」
「おっしゃるとおりです」

 笑いながら、さっと地上へと向かったリーマスの背中を追う。



 そのときだった。

 話をしながらを追い越そうとした2人組の女子生徒の肩がにぶつかった。
 衝撃でよろけたの顔から、サングラスが落ちる。
 あっと声をあげる間もなく、見る見るうちにサングラスは禁じられた森に吸い込まれていった。
 お父さんからもらったものなのに!
 狼狽したノアは助けを求めるように顔を上げて、周りを見回す。
 それが失敗だった。
 顔をあげたの顔に、容赦なく赤く染まった陽光が当たる。

 調子が悪かったせいだろう。
 普段ではびくともしないその程度の陽光に、意識が白く濁っていくのを感じながら。


 は意識を失った。


 切るような風の中で、誰かの声を聞いた気がした。















 かがやきに 目がくらみ 気がついたら 堕ちていたという




















2004.7.1.

 中途半端です。
 少しでも長編らしくしたいという願いからです……たぶん。