純白の願い事にスパイス ・。 人は彼女を、明るくて優しい少女だと言う。 しかし、自分はそれだけではないことを知っている。 そう。 彼女は、面倒なことをつくりだす天才だ。 「で」 皺の寄せられた眉間に手を添えて、スネイプは彼女の話を遮った。 「その『ホワイトデー』なる日が、どうやったら私に絡んでくるんだ」 もう怒ることさえ諦めた声である。 その歳には不相応な疲れさえ滲んでいる。 しかし、彼女は悪びれず上機嫌に言った。 「だって、チョコレートあげたじゃん」 このいつもの『行き止まりの階段』に並んで座っている2人は、いつものようにテンポの良い会話を続けていた。 今日の話題は、の故郷日本の『ホワイトデー』のことだった。 ホワイトデーはバレンタインデーの対として存在するもので、男性はお返しにチョコレートをくれた女性に贈り物をするのだと説明する。 その説明の合間に、ちらちらと向けられる期待の視線に気付かないでいられるスネイプではない。 「あれは残りものをお前が……」 「いいえ。あれは立派な義理チョコです」 「クッキーだし…」 「チョコチップのね」 「…どうして私だけなんだ。他にいるだろう。ルーピンやらペティグリューやら」 「だってこっちから催促するの悪いじゃん?ホワイトデーなんて知らないわけだし」 「おいこら。その条件に私はピッタリ当てはまるんだが」 「ああ!スネイプの肩に『腹心の友』であるという例外が見える!」 「……奴らは?」 「勿論、『大事な友達』」 「……なるほど」 つまり大事な友達はどこまでも大切にするが、腹心の友に遠慮はいらないらしい。 「ってことで、なんかちょーだい!」 酷い友だ 憮然として、彼は胸中で呟いた。 黒猫が笑った。 「で、何が欲しいんだ」 「何も」 「はあ?」 「何も欲しくないからさ、今度お茶でも飲みに行こうよ!」 「…お前はどこぞのナンパ男か」 「黙らっしゃい。クッキーを食べたスネイプに拒否権はないの!」 「菓子で私をハメたな、お前」 「そんなつもりじゃなかったんだけどねー。わたしさ、すごく良い店知ってるんだ。あ、あんまり人来ないから誰にも見つからないから安心してね。でさ、そこに連れて行きたいなあと思って。でも普通に誘ってもスネイプ行かないでしょ?だからもうどんな手段もいとわない感じでいくから」 「本当にグリフィンドールなのか疑いたくなるのは私だけか?手段を選ばないのはスリザリンの特徴だが」 「勇敢な行動には、ときとして狡猾さも必要なのデス」 「まったく。………そこの茶は美味いんだろうな」 それを了承と取ったは、パッと顔を輝かせた。 「もちろん!値段は高めだけど美味しいよ。ってことで、スネイプの奢りね」 酷い女だ。 頭を抱えた彼の肩を、は楽しそうに叩いた。 もしかしたら面白いことになってきたのかしらなどと考えて、は相変わらず楽しげに笑っていた。 一緒にホグワーツを出るのは目立つので、待ち合わせをすることになった。 午後2時半にホグズミート1大きな書店の歴史の棚の前で。 ロマンも何もあったもんじゃない待ち合わせ場所だと、憤慨するのはだけだ。 はさして気にした様子もなく、約束の時間より20分も前にホグワーツを出た。 よく行くその書店で、迷わず目的地へと足を運ぶ。壁際を沿った最短距離。 角を曲がるとそこには立ったまま本に目を落としている男の影があった。 この書店は、立ち読みにそれほど頓着しないので、たったまま熟読する貧乏性万歳な人種(も含む)には楽園である。 しかし、歴史書を立ち読みする人間がいるとは思わず、誤算だったかなとは焦った。その隣で待ち合わせのスネイプを待つわけにもいかない。 どうしたものかと考えつつも、その場所へゆっくりと近づいて行った。 にゃあ 肩に乗っていたが、声を上げて飛び降りる。 呆気にとられるの前で、さっと男の肩に飛び乗った。男はハッとしたように本から顔を上げ、肩の猫を見遣った。 そこで初めて彼はに気付く。 も気付く。 「………スネイプ?」 「…ダンブルドアに見えるのか」 いや、さすがに彼には見えないけど。 の驚いた様子に、が可笑しそうに目を細めた。 が彼だと気付かなかったのは、彼の格好が原因である。 薄い青のシャツの上に、濃紺の毛糸のベスト。ベージュのズボン。少し伸びた髪を軽くオールバックにしている。 特に目を惹くほど特殊な格好というわけではないが、普段のローブから考えると同一人物とは思えない。 「…なんかムカつく」 「不満なら今からでも帰るが?」 「わー嘘です、嘘!さ、行こう」 もしも知り合いに2人並んで歩いているところを見られたとしても、彼女があのグリフィンドールの女子生徒で、彼があのスリザリンの男子生徒だなんて、誰も気付かなかったに違いない。 ただ2人とすれ違った買い物帰りのおばあさんが、お似合いのカップルねまるで昔のわたしたちみたい、と隣のおじいさんに微笑んだだけ。 そうして2人と1匹は、誰にも驚きを与えることなく、至極自然に下り坂を行く。 そのゆったりとした足取りが、はた目には時間を惜しんでいるように見えた。 リーン の鈴の音に似た音と共に、その扉を開けた。 柔らかく入った日差しと、木の色合いが目立つつくりとが落ち着いた雰囲気をかもし出すような店だった。 ほう、と感心の息を漏らしたスネイプに、は誇らしそうに胸を張る。 こんな店なのだからもっと人が来るだろうと思われるのに、何故だろうか2人以外に客の人影はない。 「いらっしゃいませ」 ひょっこりと出てきたのは、背の高い老人だった。 整えられた口ひげと笑んだままの優しい目に、何とも言えぬ愛嬌がある。 「おや、ちゃんじゃないか。そうかそうか、では君が例の彼かい?」 驚いているスネイプを尻目に、がにこにこと機嫌良く答える。 「うん!この人がセブルス・スネイプ」 「それじゃあこの間言っていた、『どんな手段を使ったって連れてきて奢らせてやるゼ☆作戦』は上手くいったわけだね」 「もぉ大成功!さっすがわたしだよね」 「…計画的犯行だったか」 呆れてものも言えないとはこのことである。 「はじめまして、ミスタ・スネイプ」 「……どうも」 「スネイプはもうちょっと愛想良くした方が良いよ?」 「余計なお世話だ。お前は黙ってろ」 老人が声を上げて笑った。 黒猫も笑った。 は照れくさげに笑った。 笑われて、スネイプは不機嫌に顔を顰めた。 席に着いた2人に、にこにこと老人がメニューを持ってくる。 「ご注文は?」 「ええと、ホットココアと紅茶と、スペシャルチョコレートパフェとミックスフルーツパフェで!」 「…多くないか?」 「何言ってるの?紅茶とミックスフルーツパフェは、スネイプの分だよ」 「ちょ、ちょっと待て!なんで私が」 「諦めた方が賢いですよ、ミスタ・スネイプ。ちゃんには誰にも勝てないんだから」 生きて帰れるだろうかと、アンチ甘党のスネイプは真剣に思った。 パフェを食べて失神なんていう事態は固く遠慮したい。 普段より一層顔色の悪いスネイプの横顔を、が気の毒そうに見遣るが、助けるつもりはさらさらない。一足先に皿のミルクに口をつけた。 はただただ、楽しそうだった。 悪夢である。 純白の悪戯と微笑 2004.6.27, またオリキャラをつくってしまった自分に自己嫌悪。 しかも名前さえ出てないこの店主さんにも、オリジナル設定が! だってマダム・ロスメルタの店は、人が多いのだもの。(言い訳) ポタの世界と離れていきそうよぅ。 |