ひとつ 恋が 終わり それは、1つの王国で起こった出来事が、きっかけであったそうです。 その国はそのとき、戦時下でした。勿論のこと王は、兵を募ります。 しかし国民は、 「妻がいて、家族がある。家を離れるわけにはいかない」 そう言って、参加したがりませんでした。 それでは戦争に勝てない!と王は激怒しました。 そこで王は怒りのあまり、結婚さえしなければ残す妻も家族もいまいと、結婚を禁止してしまいます。 しかしその法は、国民には辛いものでした。 せめて戦場へ行くのなら、愛の証を残して行きたいのに、愛を誓うことを許されません。 それに同情したキリスト教の神父がいました。 彼はこっそり、可哀相なカップルたちを手伝い、結婚させることにしました。 しかしそんな彼もとうとう捕まって。 死罪となってしまいました。 彼の名を、バレンタインと言いました。 彼が処刑されたその日は、2月14日。 約200年後の今、2月14日はバレンタインデーとして有名である。 「チョコレート?」 リリーがオウム返しに首を傾げた。 は頷いた。 「だからさ、また厨房借りて作ってみたの」 目を疑うほどの量の焼きたてのチョコチップクッキーが、でんと置かれている。 が香ばしい匂いに、鈴を鳴らして駆け寄って来る。 「でも、去年まで何もしてなかったじゃない?なんで突然、今年になって?」 リリーの尤もな問いに、は楽しそうに微笑んだ。 長い黒髪がさらりと肩から落ちて、胸まで垂れた。 「去年までは、好きな人がいたから」 リリーは頬杖をついていたのに、ずるりとそこから顔が落ちる。 「はあ?」 意味が理解できずに、ぽかんとしている。 そんなリリーを横目に、事情を知っているは思わず苦笑した。なんとも主らしい行動だと思う。 「言ってる意味が分からないわ。普通、好きな人がいるから作るもんじゃないの、ねえ?だってさっきそう説明したじゃない。日本人はバレンタインデーじゃ好きな人に女の子からチョコレート贈るんでしょ?義理チョコの話も聞いたけどね、それにしても意味が分からないわ。っていうか好きな人いたの!?なんで相談してくれなかったのよ。っていうか誰よ、わたしのを奪った男は。え、でもちょっと待って。去年までは、って言ったわよね。あれ?どういう意味よ」 リリーのマシンガントークにはもう慣れっこなので、はただただ楽しげに笑った。 「わたし・は、先日失恋したみたいです」 「…………………ッぬわあぁんですってえぇぇぇぇ!??」 「また、女の子と別れたんだってね」 談話室でばったり会ったシリウスに、が呆れたように言った。 それにピクリと反応したのは、シリウスだけではない。ソファーの上で寝ている黒猫もである。 「耳が早いな」 「まあねー。談話室は情報の宝庫ですから」 何となく、は浮かない顔をしている。 シリウスはを警戒しつつ、ソファーに座った。 「なんで俺、つづかねえのかなあ。俺、軽い男に思われてるけどさ、誰でもいいってわけじゃないんだ。好きだなあ、と思った子と付き合うことにしてるし、二股かけたことだってないし。大事にしてるつもりなんだけど、なんでかねえ。最初はみんな嬉しそうなのに、数日もすると泣きそうな顔をしやがる。嫌いなのか、って聞いてくる。そんなことないって答えてるのになあ」 重い溜息。 溜息なんてこっちが吐きたい気分だよ。 は自分の白い手を見つめた。 「君ってつくづく、女の子が分かってないよね」 「………そうかあ?」 「そうだよ。女の子は相手の気持ちに敏感なんだから、見せ掛けなのすぐに気付くんだよ」 「見せ掛けだけじゃねえって。ちゃんとデートだってしてるし、イベントは一緒に」 「そんなんじゃないってば!…もう」 声を荒げたに、シリウスが困った顔をする。 は泣きそうだった。 「なんでお前が怒るんだよ」 「シリウスが分からず屋だからだよ。女の子にとって恋人っていうのは、相思相愛じゃないと本当じゃないんだよ。だから、シリウスみたいな中途半端な気持ちじゃ悲しくなるだけだ」 「……」 「シリウス、女の子と付き合ってても、その子に恋してるわけじゃないでしょ?ずっとそばにいたいって思うのにそばにいるのが恥ずかしかったり、触れてみたいって思うのに触れられたら動揺しちゃったり、その人が笑ってるだけで幸せを感じることができたり。そんなこと、一度だってないでしょ?そんな恋ばっかりじゃないけど、たぶん大方の女の子はこういう恋をしてるんだ。だから、シリウスのは恋じゃない。恋してないのに、恋人してるのは虚しいだけだよ。そりゃ、女の子は辛いよ。やってらんないよ」 は押し黙る。 だけが片目を開いて、憎い男の横顔を睨みつけていた。 もしも主の瞳から一粒でも涙が流れたならば、この男を八つ裂きにする心積もりだ。 命の危機とは露知らず、シリウスは暖炉の爆ぜた薪を見ていた。 「そっか」 ぽつり、と呟いた。 「俺、こんなんで初恋まだだったんだなあ」 ぼんやりと言う。 ああ今すぐ八つ裂きにしてやりたい、と黒猫は己の爪を見つめた。 研いだのはいつだったか。切れ味はどれくらい?まあ、こんな貧弱な男1人、八つ裂きにするのは難しくあるまい。食い殺すことだってできるが、ゲテモノ食いの趣味はない。主の前で襲うのはやめておこう。騒ぎにならない、人気のないところで…。 黒猫の小さな胸の中で綿密に立てられていく殺人計画。 「…そろそろ、潮時なんだろうなあ」 「…なにが」 「今までずっと続けてた子供の火遊び、ってところかな」 膝を叩いて立ち上がったシリウスの顔には、寂しそうな微笑みとほんのすこしの後悔が浮かんでいた。 こういう顔をするから。 は思わず、口に出してしまいそうになる。 それを呑みこんで、微笑みをつくる。 「うん。きっと潮時だよ。わたしたちはもう15歳で、これから大人になっていくんだもん」 「…そうだよな。もうこういうのは遊びじゃなくて、本気でするべきことなんだよな。そんな当たり前のことにも、言われるまで気付かなかったなんて」 くしゃくしゃっと前髪を掻く手を止めて彼は俯く。 「なっさけねえなア、俺」 辛そうな顔をするのは、今まで傷つけてきた子の顔を順々に思い浮かべているからだ。 傷つけているのは知っていた。しかし、どうしていいか分からなかったのだ。 難解な時限爆弾を前にした、無知な子供のように。 馬鹿め、とは苦々しく思う。 根は悪人でないは分かっているが、無知はときとして罪だ。 そして恋の無知が罪ならば、彼は大罪人である。決して許されてはいけないほどの。 「シリウス」 シリウスは顔を上げる。 「誰かを好きになりなよ」 は目を伏せている。 「好きになって、恋する気持ちを知るべきだ。何も知らない子供のままじゃ、きっとまたお遊びで終わっちゃう」 それがきっと、君にできる精一杯の、彼女たちへの謝罪のしかただから。 「………そうするよ」 なんだか少し照れくさそうに、シリウスは頷いた。 はひっそりと溜息を吐く。 この男はまるきり子供だ。そして自分には子供をいたぶる趣味はない。至極残念ではあるが、殺人計画は延期となる。 「は大事な女友だちだからさ」 少し躊躇った後、満面に笑みを浮かべて、 「好きな子が出来たら一番に報告するよ」 シリウスは去りかける。しかし何を思ったか、立ち止まった。 振り返った彼の言った言葉は、はからずともトドメの一撃だった。 「これからもずっと、友だちでいてくれよな」 この犬畜生め! の目に危険な光が宿った。 当のは、ああ失恋したんだなあ、わたしなんて考えて。 あまりショックじゃない事実に、自分が一番驚いていた。 そうだ。 今度のバレンタインは、チョコレートクッキーをつくろう。 それで、皆で食べよう。 ジェームズにも、リーマスにも、ピーターにも、リリーにも、にも、そしてもちろんシリウスにも、食べてもらおう。 全て義理チョコにしてしまおう。 そうして、この恋にさよならを告げてしまおう。 そんな計画を思いついたの笑みは、少しだけ寂しげだった。 ああ、そうだ。 彼にもチョコをあげなくちゃ。 リリーがガタリと立ち上がった。 「ちょ、リリー?」 「許さないわ、シリウス・ブラック」 「リリーさーーーーーん?」 走り出したリリーを、が嬉々として追いかけた。 天誅!の声が響いたあとの惨状は、談話室にたむろしていた悪戯仕掛け人たちだけが知っている。 ちなみに、乱闘には小さな黒い影も参加していたらしい。 「で」 片手で両目を覆うようにして、疲れを表した少年は低い声で呟いた。 「これはそのときの残り物か」 「ま、そんなとこかな。思ったより作りすぎちゃって、みんなでも食べ切れなかったの。自慢じゃないけど、美味しいよ?」 自分で作ったチョコクッキーを、ばくばくと口に運ぶ少女に、更にスネイプは疲れを感じた。 この女の隣にいると、自分が年寄りのような気がしてくる。 彼女の思考が幼いからだけだと思いたい。 「ねえ、食べないの?」 「……おいこら。分かったから、そんな顔をするな。食べるから」 子供が泣きそうなのを察知した父親のような慌てぶりに、なんだか見ていたが情けなくなってしまった。 的には、あのヘタレ黒犬などよりよっぽど、この2人にくっついて欲しいのだ。 それがどうして、この2人。 友情以外の影など、どこを探してもありゃしない。 こうして恋話に花を咲かせるぐらいである。…一方的に咲かせている節はあるが。 奮闘してるあたしが馬鹿みたいじゃないの。 溜息の1つも吐きたい気分である。 「美味しい?」 「紅茶がないから、50点だな」 「…厳しすぎですぜ親分」 「誰が親分だ。誰が」 15歳の男女ってこんなもんなの!? ねえ、どうなのよ。普通もうちょっと色気ってもんがあるべきでないの!? そう思うあたしが間違ってるっていうのッ? の心の叫びは、誰にも届かない。 はじまる 予感は まだまだ 先のこと 2004.6.19. さんの叫びは、そのままわたしの叫び。 もうちょっと絡ませたいのに!なんだあの淡々とした2人は。 赤くなったりしろよ!どきどきしろよ!え、これってもしかして恋?とか思えよ!情けねえ! 書いてるのわたしですけど。(泣) しかもあの失恋、あまりにもあっさりしすぎてませんか。(自問)分かりきったことを…(自答) |