あたらしい 1年の 最初の日















「ハッピーニューイヤー、!」

  パンッ
 クラッカーの爆発音で目が覚めた。
 うまく働かない頭を再起動するのに思ったよりも時間がかかった。
 リリーの言葉の意味を理解したのは、リリーが笑い転げるのを止めた頃だった。

「…おはよ。あーんど、明けましておめでとぅ。今年もよろしくー。…ねえ、リリー。なんで笑ってるのー?」
「だってあなた、あんな間抜けな顔ってないわよっ」

 満面に爆笑の名残を残した状態で、さあさあ起きてとリリーが布団を剥いだ。
 突然温もりを奪われて、思わずは抗議の声を上げた。

「わーん、わたしの大事な朝のまどろみがぁー………」
「こらこら、目を閉じないの!…まったく。ちょっと、あなたも手伝って」

 リリン、と鈴の音がして、リリーの提案にのベッドに飛び乗った。
 首には、紅い首輪と鈴がついていた。名前が決定した数日後に、2人(1人と1匹)でホグズミートを歩いているときに、買ったものだった。
 は優しい笑みを含んだような表情でを眺めたあと、ぺろぺろとその顔を舐めた。
 むう、とが笑う。
 片目を開けると、ばっちりと目が合った。
 黄金色の瞳が、起きなさいと言っている。

「はぁい」

 もぞもぞと上半身を起こしたは、観念したように両手を大きく上げて、伸びをした。





 ハッピーニューイヤー、
 ハッピーニューイヤー。
 ハッピーニューイヤーッ。
 ハッピーニューイヤアー!

 新しい年の朝は、その言葉ばかりが周りに渦巻いている。
 それは嬉しいことではあったけれど、少しうんざりするのも否めない。
 皆それは同じだけれど、言わずにいることはできない。苦笑しながら、早口に言って肩を叩き合った。

「ハッピーニューイヤー、。あはは、まだ眠そうだね」

 リーマスが大広間への廊下で、後ろから追いついて言った。
 体調の悪そうな色の顔に、穏やかな笑みを浮かべている。普段と何ら変わらない。

「体、大丈夫?」
「うん。心配かけてごめんね」

 リーマスは笑う。
 少しずつ透けていき、空気に溶けて消えてしまいそうだと思うのは、わたしだけだろうか。
 彼は何も言ってはくれない。
 果たして彼のものさしの中で、本当にわたしは『友だち』なんだろうか。
 信用されていないという事実が、哀しかった。
 はぼんやりとそんな風に思っていたが、リーマスは彼女の肩のに気を取られていた。

「ハッピーニューイヤー、。今日もきれいだね」

 当のは、つんとそっぽを向いている。
 気を許すのは、にだけだった。
 手ごわいなあ、とおどけたリーマスに、リリーがくすくすと笑う。

「笑顔でそんなこと言う男を女は信用しないわよ」
「やーい、リーマスのナルシストー」

 がけたけたと笑う。
 そこへジェームズとシリウスが顔を出した。

「ナルシストを好きになるような女は、男の本音を聞くとすぐ幻滅するんだぜ?リーマス。覚えとけよ」
「シリウスの忠告なんて、参考にするのが間違いだよ。また彼女が代わったくせにさ」
「うるせぇぞ、ジェームズッ」

 そんな会話は、いつものこと。
 リーマスとが笑った。リリーは呆れたように肩をすくめた。それも、いつものこと。

「俺はモテるから仕方ねえの!」

 言い切るシリウスの足を、は思い切り踏んづけた。

「いでッ………何すんだよ、
「あーら、ごめんなさぁーい。おーほほほほほほ」

 の人が変わったような高笑いに、ずざざっとシリウスが飛び退く。
 リーマスがくすくすと笑った。
  なぁお
 が耳元で小さく鳴いた。
 どこかへ散歩に出掛けたいらしい。

「いいよ、行ってらっしゃい。あ、それなら」

 誰にも見えないように、撫でる振りをしてメモを渡す。

「これ、あいつに届けて?」

 心得た、とが鳴く。

「お?なんだ、は散歩かよ?今日こそは撫でさせてもらおうと思ったんだがなー」

 そろりと手を伸ばそうとしたシリウスを、がぎろりと睨みつけた。
 今にも爪を立てそうな鋭い黄金色に、シリウスがびくりと震えて動かなくなった。
 猫に睨まれた犬。
 は冷たい目を逸らすと、一度ぺろりとの頬を舐めて、肩の上から飛び降りた。
 踏まれることのないように気をつけながら、瞬く間に人並みに消えた。
 鈴の音を残して。

「じゃ、お腹も減ったし、早く大広間に行こっか」
「あ、ああ」

 やっぱ、犬と猫の相性は悪いんだね、シリウス。
 うるせえって言ってるだろ、ジェームズ。
 にはシリウスの本性がバレてるんだよ。犬っていうのも、女の敵っていうのも。
 あはははは、言えてるー。
 うるせえ!!





  なあお 
(スリザリンの坊や)

 鳴き声に振り返ると、見慣れた黒猫がこちらを見上げていた。
 首を傾げて何かを問おうとしている様は、あまり人と変わらない。思わず苦笑が漏れた。

「いつもすまんな」

 猫に話しかける自分の姿は、誰かが見たならば珍妙なものだろう。
 そう言う自分も、動物に向かって話しかける日が来るとは思わなかった。
 何もかも、あの女と関わってからだ。

  リリン

 軽々と飛んだが、肩に座った。
 よくもまあそんな狭いスペースで、バランスが取れるものだと思う。
  にゃあ 
(手紙よ)
 鳴き声が耳元でする。
 いつもどおり、彼女はメモを咥えていた。

「………『夕方、いつもの階段で』…?…『夕方』…曖昧すぎだろうが」

 いつもどれだけ待っていると思ってるんだ。
 はあ、と重く溜息を吐くと、が笑うように喉を鳴らした。
 ついちらりと見る目が、恨めしげになってしまう。
 彼女は笑いを押し殺すように首を引いた。本当に賢い猫だ。
 は笑いを含んだまま、金色の目を優しく細めた。

  にゃおぅ 
(でも、行くんでしょ?)
「…まあ、放っておくわけにもいかんからな。どうせ、新年のあいさつだろう?まったく、妙なところで律儀な奴だ」
  にゃあ 
(よく分かってるじゃない)
「しかしな。友人だからだとかいう大層な理由のくせに、人を呼びつけるというのは、何か違ってないか?」
  …にゃあお 
(…そうかしらね)
「しかもお前を使ってだぞ?」
  にゃあ 
(別にわたしは構わないけど)
「いや、断った方がお前のためだろう。甘やかしては後が大変だ」
  …なあぉ? 
(…そうお?)
「私の経験からして絶対そうだ。そのせいでこんな状態になってるんだぞ」
  なあお 
(あら、それは別に良いじゃない)
「良くない」
  ゴロゴロ 
(笑)

 1人と1匹の人目を気にして声を落としたやり取りは、存外楽しそうであった。





「あれえ?ねえねえ、は?」

 一足遅れてやってきたピーターは、息を切らせつつ尋ねた。
 うん、とはベーコンを咥えたまま、顔を上げる。

「おふぁんふぉひゃお」
!」
「むぐ、むが、ごっくん。ごめんごめん。えっと、お散歩に行ったけど」

 リリーの鋭い一喝に、は乾いた笑いを浮かべながら答えた。
 ピーターは、そう、と言ったきり何か悩むように頭を傾げた。

「どうした、ピーター?」

 シリウスがカボチャジュースを飲みながら、怪訝そうに言った。

「いや、その、さっきスネイプを見かけたとき」
「見かけたとき?」

 ジェームズが『スネイプ』の名に反応する。

「彼の肩に黒猫が座ってたのを見たんだけど」

「ブハッ!!ごぶ、ごほッ、げはげはッ」
「はああ!?」
「えぇぇッ!?」
「シリウス大丈夫かい?」

 シリウスがカボチャジュースを盛大に噴き出し、ジェームズとリリーの驚きの声が重なる。冷静なのはリーマスだけだ。咳き込むシリウスの背中を、年寄りにやるようにさすってやる。

「どこで!…っていうか、在りえないでしょ。敵意はないまでも、わたしにだって懐いてくれないのよ?」
「引っ掻くならまだしも、スネイプの肩になんて乗る理由がないってッ!!」
「し、知らないよぅ」

「ピーター」

 がにっこりと笑った。

「きっと君の見間違いだよ。……ねぇ?」

 ピーターは何故か、頷くことしかできなかった。

  なあお 
(いつまで秘密にしとくつもりかしら)

 いつの間にか帰って来ていたが、悩ましげに鳴いた。















 いつもと 変わらない 一日




















2004.6.18.
 ますます姐さんに惚れそうな今日この頃。
 あ、ちなみに(たぶん皆さんお気づきでしょうが)彼女のセリフは、ドラッグすると見やすいです。