おだやかな 時間 向かった先は、ホグワーツの端の端。 みんながあまり使わない廊下が、一番の近道だというのが何よりの救いだ。 どの教室へも遠回りでしかないこの廊下が、何のためにあるのかはよく分からない。 ただ、向かう先へは、きちんと導いてくれた。 誰も使わない、階段。 その先は行き止まりだ。何のためにあるのかさっぱり分からない、不要な場所だった。 もう魔法の力が弱まってしまったのか、それとも最初からマグル式に造られているのか、階段はぴくりとも動かない。 無機質な石の壁には、絵も飾られておらず、とても静かだった。 3つだけ、天井近くに窓がある。 そこから差し込む橙色の陽光が、踊り場を照らしている。 踊り場の広さは、畳二畳分といったところだろうか。狭くもなく、広くもない。 そこに、彼は座っていた。 「ごめん、待った?」 「ああ、待った」 「…そこ嘘でも否定するとこだよ、スネイプ」 ツッコミながら、は嬉しいと思った。 待っていてくれているか、本当は不安だったのだ。 昨日ここに来るようにというメモをふくろうに渡したものの、無記名のそのメモをスネイプが自分からのものだと分かってくれるかどうか。 「よくわたしの手紙だって分かったね」 「お前のレポートは、嫌というほど見てやったからな」 「…その節はどうも」 魔法薬学の課題を終わらせることができたのは、スネイプの助力があったからだった。 彼の教え方は手厳しかったが、分かりやすいし的確だった。 「で、今日は何のようだ」 「そのお礼も込めて、メリークリスマス」 被せていた清潔な布を取って、ケーキを差し出した。 彼は少しの間それを凝視して、の顔と交互に見た。 は照れると笑って誤魔化す、という癖があるのか、そんな顔をしていた。 「甘いもの嫌いかもしれないけど、クリスマスぐらいはいいでしょ?」 「……」 差し出した皿を、スネイプは拒否しなかった。 「どう?」 「……それほど甘くないな」 「でしょ?イギリスの菓子って甘いよねえ。あれはわたしも駄目だわ」 「…これ、つくったのか」 「うん、まぁね」 黙々と手と口を動かすスネイプを見ながら、は黒猫を撫でた。 スネイプも気になるのか、ちらちらと視線を彼女に遣っている。彼女は目を閉じて、ごろごろと喉を鳴らした。 「お前の猫か」 「……うん」 「名前は」 「今、考えてるんだ。今日中に決めてしまいたいんだけど」 「そうか」 カタンと音がして、空になった皿と黄金色の小さなフォークが、床に置かれた。 お粗末様でした、とが笑う。 「美味しかった?」 「…まずまずだな」 「何それー」 まあ、全て食べてくれたところから見て、不味くはなかったのだろうと判断する。 素直な感想を言わないところが、彼らしくて可笑しかった。 「お前、日本に帰らなくて良かったのか?」 問いに、は頷いた。 「うん。いつもはね、クリスマス休暇帰ってるんだけど、今回はお父さんが忙しいらしくて」 「母親は?」 「小さい頃に死んじゃったから」 え、というように、スネイプが黙った。 は別段、気にしている様子はない。 「そう、か」 スネイプは、『家庭』や『親』というものに、良い思い出がない。 だからこそこんな話題が持ち上がることはなかったので、今まで露ともその事実を知らなかった。 こんな女のことなど、関係ないし興味もない。 そう言い聞かせながらも、どんな父子家庭なのかと想像を巡らせる自分が嫌だった。 「クリスマスイブかあ」 呟いて、ああと声を上げた。 「忘れてた。もう1つプレゼントがあったんだ」 ポケットの中から、箱を取り出した。 特にラッピングもされていないそれは、他人から見ればクリスマスプレゼントとは見えないだろう。 そう見越して、その箱を使った。 スネイプが気まずげに目を逸らす。 「…これで私が何もやらなかったら、お前は文句を言うんだろうな」 「べっつに。期待してないからいいもーん」 はあ、と彼は溜息を吐いた。 そんな少年を、猫は面白そうに眺める。 ごそごそとポケットに手を突っ込んで、何かを探す仕草を始めたスネイプに、が目を瞠る。 「ほら」 ぽいと投げて寄越された箱。 これもまた、ラッピングはされていない。 「最近、自分のために買ったものだが、お前の課題を手伝っていたせいで、今まで忘れていた。文句を言われても面倒臭いからそれをやるが、別にクリスマスプレゼントじゃないぞ。勘違いするなよ」 「うん、分かった。ありがとう!開けてもいい?」 「あ、ああ」 うきうきと蓋を開けたは、ぴたりと動きを止めた。 それからしばらく動かない。 どうしたのかと見ていると、はふるふると小さく震えている。 「おい?」 突然、は弾かれたように笑い始めた。 ゲラゲラと笑う少女を、スネイプも黒猫も奇異の目で見る。 スネイプなど、ついに狂ったか、などと本気で考えていたりする。 笑いを堪えようという努力を始めたの手にあるのは、黒い羽ペンだった。 光を受けると、紫がかって見える。 一目で、なかなか上等な品であることが分かった。 やっと笑うのを止めたは、スネイプにそっちも開けてみるように言った。 「……成る程」 スネイプも、思わずにやりと笑った。 がスネイプに贈った箱に入っていたのは。 黒い羽ペンだった。 こちらは、光を受けると赤味を帯びた。 「わたしたち、気が合うねえ」 「偶然だ」 「世の中には偶然なんてない、あるのは必然だけよ。って、好きな漫画の占い師が言ってたけど」 「知ったことか。しかも何故突然漫画の話になるんだ」 「気分?」 「疑問系にするな」 不毛な応酬に、ふああと猫が欠伸した。 「ところでさ、聞いてよ猫さん。さっき笑ってるときに閃いたんだけどさ」 猫が顔を上げる。 先ほどからの様子で、スネイプは彼女がただの猫ではなかろうと思っていたが、これではっきりした。 この猫は人語を理解するらしい。 「君の名前、っていうのはどう?」 にゃあと鳴いて、に体を擦りつけた。 目を細めてそうしていると、猫だというのに微笑んでいるような雰囲気が感じられる。 利発な猫だ、とスネイプは思う。 しかも、を主人と認めているらしい。 猫は人につかず、家につくというが、この猫の場合は違うのかもしれない。 「じゃあ、今日から君はだ。よろしくね、」 にゃあお、と返事をした後、を離れた。 また床に丸くなるのかと思いきや、驚くスネイプの膝の上を陣取った。 黄金色の目が、悪戯っぽくスネイプを見上げた。 スネイプは苦笑して、体の力を抜いて許可の意を示すと、その喉を軽く撫でた。 「この馬鹿はどんな人間にも理解できんから、猫族のお前にも理解できんと思うぞ。逃げるなら今のうちだ」 「…なんっかすっげームカつくんですけどぉ」 ぶうと膨れたを笑うように、は喉を鳴らした。 にまで笑われたと言って、はスネイプを責める。 スネイプもにつられたように、珍しく声を上げてと笑っていた。 おだやかな 冬の日のこと 2004.6.16. さん初登場。 わたしの中でさんは、さん付けしたくなるほど姉御肌な猫さんです。 |