「新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」 階段の踊り場に正座をし三つ指ついて頭を下げた女に、スネイプはとてつもなく気味の悪いものを見るような顔をした。 顔を上げたはその表情を見て不満そうに唇を尖らせた。 「…なにさその顔は」 「見て分かれ。『突然なんなんだこの女は。毎度毎度意味が分からん。今度は突然ぶつぶつ日本語を呟きながら額を地面に擦りつけるとは、そろそろ脳にも限界がきたのか。というか何の儀式だ』という顔だ。ある日突然耳から煙を出して止まるんじゃないかと、ときどき不安になるぞ私は」 皮肉な澄ました顔でスラスラと言い切ると肩を竦めた。 はひくりと片頬を引き攣らせた。 「わたしは21世紀のヒト型もといネコ型ロボットかよ? ってことはセブルスはのび太くん? あ、ごめん違うよね。スネちゃまだよねあはは」 「人を勝手に日本アニメのキャラに例えるな」 「………なんでセブルスが知ってるの!?」 心底驚いた顔をしたに、今度はスネイプが片頬を軽く痙攣させて低く呻いた。 「夏休み中にクソ暑い日本で見たくもない番組を無理矢理見せる凶悪な知り合いがいてね。心当たりはないか?」 「いやあぜんっぜんっ! そんな知り合いがいるなんて君も大変だねえ」 「…グリフィンドールはやはり脳細胞が足りないらしいな」 「……ちょおっと新年っぽく挨拶しようとしただけなのになんだよソレ。相変わらず1つ言ったら10倍になって返ってくるんだからやってらんないよね。かりにも友人に対して酷い言い草だよまったく」 「お前が突然意味不明なことをするのが悪いんだ」 自分は何も悪くないと信じきっている顔で真剣に言われると、拗ねる気力もなくなる。こんな下らない言葉遊びさえ楽しいと感じている自分を改めて自覚してしまって、は頭を掻いて小さく息を吐いた。 それがなんだかスネイプには、手に負えない子供を相手にしているような仕草に見えて、むっとして顔をしかめる。が、1秒と経たないうちにスネイプからも怒気が失せた。どうせ柳に風と流されるのがオチだ。 代わりにまだこの口論にも似た言葉遊びを続けようと、言葉を選んでいるを、静かに眺めていた。 「ええと…、意味不明なことをするイコール普通じゃない、っていう方程式のもとに、微妙に心配してくれたとプラス思考で受け取ってもオーケイ?」 「心配? 私が? 何を? 誰を?」 「君が。わたしを。」 「ハッ。お前が正常か異常かなんて、私にとっては蟻が歩くか止まるか、生きるか潰されるかくらいにどうでもいいことだぞ。知ったことじゃない。というか異常だということは最初から知ってる」 「失礼な! 蟻だって一生懸命生きてるんだよ!」 「突っこむところはそこか」 「セブルスは蟻の偉大さを知らないんだ!」 「知らんわ。というか話題が修正不可能なほど逸れすぎていることにいい加減気づけ馬鹿」 「む…、………おお、ほんとだ」 本気で今気付いたらしいに、スネイプはげんなりと肩を落とした。 本物の馬鹿だこいつは。 今更な事実を改めて噛み締めると、なんだか自分が情けなくなってきて頭を抱えた。 そんなスネイプを隣に座ったは能天気に観察している。 「なんかセブルスって、苦労人のレッテルが板についてきたよね」 「誰のせいだ!!」 声を荒げたスネイプに驚く様子もなく、は真顔で考え込んだ。 「…………………………半漁人?」 なぜ。 「120%お前のせいだ。お前今ここで、そこで半漁人が出てきた理由を30単語以内で説明してみろ」 「めんどくさいからやだ。…まーまーそんな一仕事終えた殺し屋みたいな凶悪な顔しないで。どーも色々すんませんでしたぁー。ご迷惑かけてまーす。はい謝った。これでオーケイ?」 にこにこと全く反省の色を見せないまま謝罪を口にしたをぎろりと睨む。 「謝罪はタダだからお前みたいな奴なら何度だって言えるな。此方は損をするばかりだ。一体どうしてくれる?」 「あー確かに不公平…かなあ? でもそれを言ったら、苦労だってタダでしょ」 「尊い時間と僅かな希望と毎日の体力を消費している」 「じゃあほら、今流行りのソーラー発電とか試してみたら?」 「誰が電力を消費していると言った!?」 相変わらずわけの分からない方向に話が進んでいく。 昔は真剣に話を戻そうと努力したものだが、今はもう面倒臭いだけだ。 「ってか、セブルスに“体力”ってあったの?」 また突然話題が変わった。 指摘することもできたが、内容に少なからずムカッときたので考える前に口が開いた。 「お前に言われたくはない! この万年運動音痴」 「うるさい。万年色白蒼白土気色男」 「肌の色と体力は関係ない」 「いやいやだってどう見ても健康体とは言えないってセブルス。100人に聞いたら100人は不治の病を抱えてるように見えるって答えるよ?」 誰が“1つ言ったら20倍になって返ってくる”だ。それならお前は何十倍だ。 ひくひくと頬が痙攣する。が米神のあたりを凝視しているということは、青筋の1、2本は浮かんでいるのかもしれない。 「お前実は、喧嘩売ってるんだろう?」 「あー……そう見える?」 「そうとしか見えない」 「マジで? わたし褒めてんだけど」 「どこがだっ!」 「うっそでーす。もーセブルスってば冗談が通じないんだから。怒んなよー。まあそこが面白いんだけどさあっはっは」 声を上げて至極楽しそうに笑うに、スネイプはにっこりと笑い返す。 「シメるぞ?」 ありえないほど穏やかな満面の笑み。 これには流石のも顔を青くして少し距離を空けた。 「ごめんなさいすいませんでしたわたしが悪うございましたもうしませんゆるしてください殺さないでください勘弁してください」 はびくびくと震えながら、恐怖のあまり早口で一言も咬まずに謝り倒すという芸当を見せた。 笑顔のスネイプに喧嘩を売るということは、ハムスターが虎に立ち向かうのに等しい。勝敗は目に見えているし、命がいくつあっても足りない。 謝罪はタダだ云々とぶつぶつ呟きながらもようやく笑顔を引っ込めたスネイプに、はほっと息をついた。 (怖ぇよこの人。危うく明日の日刊予言者新聞の一面見出しが「G寮女生徒、少年Sの笑顔に殺される!!」になることこだった。ってかどうでもいいけど、予言者新聞のくせになんであの新聞は未来を予知してないんだろう? …今はそんなこと、ほんとにどうでもいいな。うん。) ちらりとスネイプの横顔を窺うと、いつものしかめっ面が頬杖をついている。が、普段より少し眉間の皺が深い気がする。 「まだ怒ってる?」 「怒ってない」 「いや、怒ってんじゃん」 「怒ってない」 「だって眉間の皺が日本海溝みたいだよ?」 「………」 「わ。マリアナ海溝になった」 頭を抱えなおしたスネイプが、落胆したような諦めたような声で呻く。 「…お前さっき“もうしません”って言わなかったか?」 「同じことはしてないじゃん? いつだってわたしはニュースタイルなの」 溜息という簡単な言葉ですませるにはあまりにも気の毒なほど深く深く、肺を満たしていた息を吐き尽くした。 言葉よりも雄弁に彼の気持ちを表している。 もう何を言っても無駄だ。疲れる。 「なんか、その…ええと、大丈夫?」 さすがに気の毒になったらしいに顔を覗きこまれて、思い切り顔を顰めた。 「お、ま、え、の、せ、い、だ」 苦々しくゆっくりと搾り出された言葉に、は笑うしかなかった。 とりあえず逸れ過ぎた話題を元に戻してみることにした。 「さっきのやつは別に儀式でも何でもなくて、日本流の新年の挨拶なんだよ。あけましておめでとうございます。『A HAPPY NEW YEAR』って意味」 「なるほどな。で、さっきのか」 「は〜い、じゃあ言ってみよう! りぴいーとあふたみー」 「は?」 「『あけまして』」 「お、おい」 はあるはずのない眼鏡を上げる仕草をして、スネイプの戸惑いは完全に無視して辛抱強く続ける。 「『あけまして』」 「あ、アケマシテ?」 「『おめでとう』」 「オメディトー?」 「『ございます』」 「ゴゼィーマス?」 「はい、じゃあつづげて。『あけましておめでとうございます』」 「あ、あけまシテ、おめディトーゴーぜいマス」 「あははははははははは、もう笑わせんなよーセブルスうけるーあはははははあははは、あはははははぶごはッ」 爆笑するを沈めたのは勿論スネイプの鉄拳だった。 の前頭部にクリーンヒット。 無理矢理付き合わされた結果爆笑されて怒らなければスネイプではない。今にも血管が音を立ててブチ切れそうな顔をしていた。 「う、くう…ぅあ…ひーッ……くおぉ…っ!」 蹲ってバシバシと床を叩き奇妙な呻き声を上げるを、スネイプは非常に冷めた目で見て鼻を鳴らした。 自業自得だ、という言葉が無言でも伝わる。 やがて顔を上げたは、涙をいっぱいに溜めた目で力一杯スネイプを睨んだ。 が、スネイプは片眉を跳ね上げただけで動じない。ように見えて上目遣い涙目で睨まれて実は密かに心臓バクバクの爆発寸前だがそれは今あまり問題ではない。 「暴力はいけませんぜ旦那」 「それ相応の理由があってふるった力は暴力とは呼ばないんだ。そんなことも知らないのか」 ふふんと馬鹿にしたように笑った。実際馬鹿にしたのだが。 それがやはりひどく気に入らなかったらしく、は鼻に皺を寄せてみせた。 「ちくしょう。見てろよ? そのうち、いかしたストレートパンチをお見舞いしてやるから」 「いつの話だ? お前に白髪が生えてくるころか? 杖が必要になる年までには達成しとけよ?」 「日本男児を舐めんなよ!」 「……………? ……あー……お前、確か……女じゃなかったか?」 「いやちょっと君、そこ悩まずに素早くつっこんでよ。悲しくなるから。『お前女だろ!』ってスパッとつっこんでよ」 「すまんな。あまりにも違和感がないから気付くのに遅れた」 「……………………………」 「…冗談だ。こんなところで人生について真剣に考えるな」 取りあえず2人は息をついて、向かい合うようにしてそれぞれ壁に寄りかかった。 ((きりがない)) 一度会話が途切れると、お互い話をつづけるのが億劫になるのはいつも一緒だ。 がつむじを壁に押し付けるようにして上を見上げた。天窓からどんよりとした冬の曇り空が見える。 つられたようにスネイプもそれを見上げた。 特に美しい天気でもないが、なんとなく視線をそこに置いて沈黙の中をゆったりと漂った。 もスネイプも、小さく溜息をついた。 ほとんど同時だったので、自分のそれにかき消されて相手の吐息には気付かなかった。 突然ぷつりと会話が途切れて訪れた静寂だが、2人にとっては不自然でもなんでもないごく当たり前のことだった。だから沈黙を破ろうと四苦八苦することに必要性は感じなかったし、面倒臭いのでそういうことを考えるのもやめた。 ただ同時に動かなくなったゼンマイ式のオルゴールのように、ぼんやりと向かい合って天窓を見上げていた。 足を伸ばすと、狭い踊り場では足と足がぶつかった。 はなんとなくスネイプの靴裏に視線を移して、自分の足裏をぴったりとそこにくっつけた。 3、4センチ違う。 (大きいな) と思った。 当たり前のことだが少し悔しかった。 スネイプも自分の足に隠れるようにして合わされた相手の足を見た。 意味もなくくいくいと軽く押してみたりする。少し目を細めても押し返してきた。 (小さいな) と思った。 背の高さに比例していそうだ。 そう思うと可笑しさがこみあげてきて、思わずにやりと笑った。 それを見たが怪訝そうに眉を寄せたので、目を逸らしてとぼけてみせた。 時間が過ぎていく。 沈黙は終わらない。 一体いつまでこうして他愛ない時間を過ごすことができるのか、2人にはまだ分からなかった。 下らない会話も何の意味もない沈黙や行動も、2人には貴重で価値のあるものだったし、1つ1つの言葉を、表情を、大切だと思うからこそ、こうして毎日のように顔を合わせるのだった。 あと何度、こうして共に時間を過ごせるのだろう。 同じことを考えていることなどお互い分かるはずもないが、空気の流れから何かを感じ取った2人は真っ直ぐに見詰め合った。 はいつものように暢気に微笑んだ。スネイプは少しだけ眉間の皺を解いた。 にはスネイプの目が穏やかすぎて、どうしてだか目を逸らしたくなった。だがそうしてしまうと、いつか後悔しそうな気がして逸らせなかった。 スネイプにはその平静を装った笑顔がどこか心細そうに見えた。それをどうしてもやれない自分が歯がゆくて情けなかった。 赤い瞳が揺れたような気がして、泣くのだろうかとハッと目を細めた。 「なに?」 が訝しげに問う。 スネイプは“別に…”という意味を込めて小さく首を振った。 「ただ、見れば見るほど変な顔をしているなと改めて思っただけだ。気にするな」 誤魔化すように軽口を叩けば、は表情を一変させてジト目で睨む。 「……それが女性に言う言葉?」 「日本男児なんだろ?」 「大和撫子です」 「そんなもん今頃きっと絶滅してる」 「煩いなあ」 くっくっと喉を鳴らすようにして笑うと、毒気を抜かれたような顔をしては頭を掻いた。 はスネイプがいつもそんな風に、見ているだけでも腹が立つような意地悪で陰険そうな表情をしていればいいと思う。そうして笑っているときが、無理をせず自然体でいるように見えるのだ。そんなときの彼を厄介だとは思うが、ほっとするのも事実だ。そんな矛盾が皮肉で可笑しかった。 「ねえセブルス」 相手の足裏をこつこつと爪先で叩いた。 「『あけましておめでとう』にはつづきがあるんだよ」 スネイプは顔を歪めて唸った。 「もう笑われるのはたくさんだ」 「ごめんごめん」 「お前謝ってばかりだな。反省もしないくせに」 「ごーめーんーなーさーいー。もう笑わないってば」 真面目な顔をつくって右手を左胸に当てて誓った。 スネイプは尚も疑わしそうな顔をしていたが、先を促すように胸の前で腕を組む。 は呪文を唱えるようにゆっくりと唇を動かした。 「今年もよろしくお願いしますって言うの」 「…? どういう意味なんだ?」 尋ねたスネイプに、はにっこりと笑った。 「教えない」 「は?」 「今年もよろしくね、セブルス」 「おい。私に分かる言葉で話せ。こら。…聞いているのか?」 2004/01/07 22222を踏んでくださったあきらさんへ。 リクは「6年生のタイムリミットまでの2人の幸せな時間のひとこま」でした。 その期間はクリスマス〜2月上旬の設定なので、お正月と重なりこんなカタチになりました。遅くなってしまってすみません。 しかも、ただただ長々と会話をしているだけのような気がしますね; でもこの2人ってこんなんだと思うのです。 とにかくキリ番申告とリク、ありがとうございました。 佐倉 真 |