駅のホームは、忙しく人が行き交っていた。
 笑顔で手を振る大人たちを尻目に、子どもたちは我先にと汽車に乗り込む。
 勿論、自分に都合の良いコンパートメントを獲得するためだ。
 そして当たり前のように、その流れについていけず、空いた席を探す子供も出てくるわけで。
 少年もまた、その中の一人だった。
 ずるずるとトランクを引きずりながら、きょろきょろと人気のなさそうなコンパートメントを探す。
 賑やかな汽車の中で、一部屋静かなコンパートメントを探し当てた。
 少し躊躇ったあと、少年は軽くノックをしてドアを開ける。
 黒髪の少年が、退屈そうに本を読んでいるところだった。

「こんにちは」

 少年は呼びかけた。
 相手は不機嫌な目で、じっとりと少年を睨んだ。
 少年は多少怯んだが、ここで引いては後々困ることになると分かっていたから、淡く微笑んで尋ねた。

「もう、ここしか空いていないんだ。同席しても構わないかな?」
「構う、と言ったらどうするつもりだ?」

 少年の問いに、相手は問いで返した。
 いたって温厚な性格だと自負している少年だが、その言い方には少しむっとしてしたので、微笑んだまま言い返した。

「君をこれから7年間ずっと、根性悪で礼儀を知らないドケチな同級生だと思いつづけるだけの話さ」
「……」
「あ、大丈夫。口の堅そうな人数人にしか言わないから」
「……」
「じゃ、失礼するよー」
「……」

 沈黙を肯定と取った少年は、よいしょと荷物を置いて、相手の向かい側に座った。
 取りあえず、初めてのホグワーツへの旅において、不都合のない場所を手に入れたのだった。
 ヴォーーーーと汽笛が鳴って、ゆっくりと汽車は動き出した。
 コンパートメントの2人は、沈黙を守っていた。



 第一印象は、お世辞にも良いとは言えなかったと思う。



 不健康そうな色をした肌が珍しい。青白いとまではいかず土気色に留まっているが、その微妙な色合いが中々感じ悪い。
 散発したばかりのような黒髪はどこか油っぽくうな垂れていて、触りたいと思えるような見た目ではない。
 ただ、視線だけは真っ直ぐだと思った。
 睨むような鋭い視線は、今は敵意以外の何者でもなかったが。
 少年は持ち前の強い好奇心が、うずうずと疼くのを感じた。なんとなく、この奇妙な少年に興味が湧いたのだった。
 見たところ、同い年だろう。一年生に違いない。
 本を読んでいる相手に、少年は思い切って尋ねた。

「ねえ、君も一年生だろう? どこの寮に入りたい?」
「……」
「どの寮もいいよね。僕自分ではレイブンクローとか合っていそうな気がするんだ」
「……」
「でも、組み分けの仕方を人に聞いたんだけど、どうも…」
「黙れ」

 相手は低い声で呟くように言った。
 目を本に落としたまま、顔を上げようともしない。ぺらりとページを捲った。

「私は本を読んでいるんだ。“礼儀を知っている”君にはそれが分からないのか?」
「あ、ごめんよ」

 根に持ってたんだ。
 少年は厭味を言われたことよりも、そのことが可笑しくて少し笑った。
 にやにやと緩んでしまった顔を誤魔化すように、窓の外を見つめた。
 向かい側でちらりと視線を上げた相手が、少し躊躇うような間を置いたあと低く呟いた。

「スリザリン」
「え?」

 思わず聞き返した少年は、スリザリンというのが寮の名前だったことを思い出す。

「私はそこに行く」

 決定事項を、事実として言ったような口調に、少年はなんと言って良いのか分からなかった。
 ただ見た目より嫌なやつじゃないと結論付けて、にっこりと微笑んでみせた。

「そう。じゃあ、僕もそこに行けたらいいな」

 相手のむっつり顔に少し驚いたような変化を見つけて、少年はますますにこにこと笑う。
 相手は自分の表情の変化に気付いたのか、チッと不機嫌そうに舌打ちをして、また本に目落とした。





 黒髪の少年は不機嫌だった。
 組み分け帽子は被った瞬間に、少年をスリザリンに配属した。
 まあ当然のことなので、そんなことはどうだって良い。
 しかしなぜだろう。あの組み分け帽子は古すぎて役立たずになってしまったに違いない。

「ねえねえ、スリザリンの寮ってどこにあるんだろう?」

 無駄に好奇心のあるこの少年までも、スリザリンにするとは。
 少年はげんなりとそっぽを向いた。
 湖を渡り大広間につくまで、彼は喋り続けている。自分が容易に人を無視できる人間でないのは、自分が誰よりよく分かっている。だがどうしても、完璧に無視できない自分が腹立たしかった。

「ねえ、君、君。あそこが寮みたいだよ!」
「煩い。少しは静かにしろ」

 どこからどう見ても、スリザリン気質ではないような気がするのだが。
 それとも、この人畜無害な表情の裏で、本当は別のことを考えているのだろうか。
 少年は鋭い目で相手を観察してみる。
 視線に気付いて振り返った相手は、ふわっと笑った。

「さあさあ、早く入ろうよ」
「……」

 とてもそうは見えない。

 それから少年は、部屋分け表を目にすることになる。
 自分の名前と場所を確認して、さっさと部屋に向かった。その後ろを、さっきの少年がてけてけついてくる。

「おい」
「んー?」
「どこまでついてくるつもりだ。さっさと自分の部屋にいけ」
「だって僕の部屋もこっちだもん」
「何?」

 ぴたりと立ち止まって振り返った。
 まさかという表情で、少年は相手を睨みつける。

「貴様、まさか」
「あ、もしかして君、同室の…ええと、そう! セブルス・スネイプくん?」

 途端、少年は苦虫を噛み潰したような顔をして、沈黙した。
 沈黙は、肯定である。
 返事もせずにくるりと踵をかえし、早足に歩き始めた少年――セブルス・スネイプの後を、もう一人の少年はけたけた笑いながら追った。

「僕、クィリナス・クィレル! よろしくね、セブルス」
「ファーストネームで呼ぶな!」
「良いじゃないか。友情の証さ」
「いらん!」






 こうして、僕らの学校生活は始まったのである。






「おい」
「ん?」

 訝しげに声をかけてきたのは、スネイプだった。
 見ると、呆れたような顔をしている。

「何をにやにやしているんだ」

 思わず顔に手を当てると、成る程頬が見事に緩んでしまっている。
 つるりと顔を撫でて、クィリナスは笑った。

「いやちょっと、セブルスと初めて会ったときのことを思い出してさ」

 スネイプはちょっと眉を顰めて思い出すように目をふせ、少し笑った。
 計ったわけではないが、苦笑のような形になった。

「また懐かしいことを思い出したな、お前」
「へえ、君もまだ覚えてるんだ?」
「当たり前だろうが。それよりお前、確かまだレポート終わってなかっただろう?」

 クィリナスは、苦い顔をして黙り込んだ。
 椅子の上で膝を抱いて、ふーっと息を吐いた。

「現実逃避、開始」
「開始するな」

 まったく呆れたやつだと呟いて、スネイプは自分のベッド脇に置いてある本の山を探り始めた。
 上から本の山を少しずつ崩していく。

「私が使った資料を貸してやるから、さっさと仕上げろ。授業中に隣で減点されたのでは、鬱陶しくて敵わん」
「はーい」

 くすりと笑って、クィリナスはその背見つめた。

「親愛なる僕の偏屈な友人殿は、やっぱり僕にとっちゃすごくいいヤツなんだけど、君どう思う?」
「……知るか。変なことを考えている暇があったら、さっさとレポートを書き上げろ」
「ハイハイ」
「ハイは1回」
「すみません」




















2004/11/13

 leoさま。
 中途半端でありきたりでベタな出会いでごめんなさい。
 自分でもまだクィリナスのキャラがつかめてなくて、こんな形になってしまいました。
 鏡数17571でのleoさまのリク、「セブとクィリの出会い」でした。
 ありがとうございました!