ハロウィンには、Jack−O’−Lunternと言われるカボチャの灯かりを作る習慣がある。
 悪霊を払うだとか悪魔を寄せ付けないだとか、そういう魔除けの類らしいが、今では意味を深く考える人は少ない。
 ただそういう習慣を楽しんでいるのだ。
 エリアス・ブランディバックは、準備していた黒いクレヨンを手に取った。
 オレンジ色のカボチャに、独特の顔を描いていく。デザインが細かすぎてはいけない。できるだけ大きく、シンプルに。
 笑っている顔が良いと思う。カボチャの泣き顔…それはそれで面白いかもしれないが、何となくテンションが下がりそうだ。
 満足のいくものを書き上げて、エリアスはクレヨンを置いた。
 次に手に取ったのは、銀色のナイフだ。
 少し拍子抜けするくらい簡単に、さくりとその刃は実の中に埋まった。
 へたの部分を、大きめの楕円型に切り取る。これが後で蓋になるのだ。
 空洞と種と黄色い中身が見えるようになったところで、次はナイフとセットの銀色のスプーンを持つ。ハロウィンの時期に販売される、魔法界のランタン作りセットの1つだ。マグルのものより、楽に作業ができる。
 案外水っぽい中身をがしがしとこそぎ取り、ナイフやスプーンと一緒に買った魔法界の使い捨てゴミ箱に移す。このゴミ箱はこのまま放っておくと、使い道のないカボチャの中身をカラカラに乾いた肥料にしてくれるのだ。

「マメなことだな」
「わ!」

 気配なく近づいてきて、エリアスの作業を上から覗き込んだ男がいた。
 驚いた拍子にスプーンに付着していた黄色いものが、ボトリと床に落ちた。「あ」と声を上げた後、エリアスは落ち着きを取り戻して溜息を吐く。

「もう…驚かさないでください。ルシウスのせいで、床を汚しちゃったじゃないですか」
「こんな子供じみたことに必要以上に熱中して、これくらいの気配にも気付かなかったお前が悪い。何度注意しても相変わらず鈍感だな、エリアス」

 覗き込んだままの男は、プラチナブロンドを揺らして笑った。
 傲慢なセリフに伴って、その笑いも嘲笑に近い。

「断じて僕は悪くないです。今のはルシウスのせいだ。あーあ、いかにも高価そうな絨毯が…」
「分かった分かった。愚鈍な親友のために、少しだけ手を貸してやろうとも」

 恩着せがましい言葉の後、ルシウスは杖をひょいと振って、絨毯に落ちた染みを消した。
 わざとらしく顔をしかめていたエリアスは、許しを与えるように大仰に頷いてみせ、ふふっと笑った。
 それからまだ残っている中身を見て、作業を再開する。
 ルシウスは誰にともなく肩をすくめて、エリアスと向かい合う形でベッドにどさりと腰を下ろした。エリアスは数個のクッションをわきに置いて、胡座をかいている。
 銀色のスプーンが中身をこそぎとっていくのを、ルシウスは頬杖をついて見守る。

「楽しいか?」
「結構、やってみるとハマりますよ」
「そんな汚いもの…」
「カボチャを汚いと言うのなら、ルシウスは随分と汚いもので作ったパイを食べてることになりますけど」
「そういうことではなくて」

 ルシウスは冬色の瞳で、分かり易いが少しの工夫も見当たらない『使い捨て簡易ゴミ箱』という文字が、でかでかと浮かび点滅を繰り返している、薄っぺらな容器を見遣る。十中八九、安物だろう。
 そのゴミ箱の中には、くりぬいた水っぽいカボチャの中身が詰まっている。ぐっちょりとしたそれは、僅かだが生臭い匂いを放っている。
 不快そうに眉を顰めて、ルシウスは視線をエリアスに移した。

「ソレが、生理的に気に食わない」
「あぁー…それは少し、分かるかなぁ。でもまあ、カボチャはカボチャと割り切ってしまえば、然程苦じゃありません」

 そう言って最後の実を丁寧にすくい上げ、ゴミ箱の中にぼとりと落とした。
 べちゃっと嫌な音がして、またルシウスの眉が寄せられるが、親友は全く気にした様子はない。
 それが気に入らなかったらしいルシウスは、持ち前の毒舌を使おうと口を開きかけたが、それは礼儀正しいノックによって遮られた。
 動こうとしない親友を睨みつけて、ルシウスは扉を開ける。

 ずいっ

「エリアスせん…」
「むがっ」
「…………えぇと」
「………………貴様、良い度胸だクィリナス・クィレル」
「Trick or treat…って言っても既に手遅れでしょうか、ルシウス先輩」

 え、えへ、と引き攣り笑いで小首を傾げてみせた少年を、ルシウスは怒りの形相で睨みつける。
 扉を開けた途端に、部屋を照らそうと突き出されたクィリナスのジャック・オ・ランタン。エリアスのものより少し小さめのそれは、中に何を入れているのか、蝋燭の火とは少し違う光を放っている。
 ここで必要になるのは、身長差の説明だろう。
 クィリナスは何と言っても下級生だ。卒業を控えているルシウスと比べればまだまだ小さい。加えてルシウスは、どちらかと言えば背は高い方だ。
 それが悪かったらしい。
 あまりにも不幸な美青年は、間抜けな顔をしたカボチャのランタンに、うっかりしっかりバッチリ顔面をぶつけてしまったのだ。
 イコール、キスする形となってしまった。
 丁度振り返ったときにその瞬間を目撃した美青年の親友は、つくりかけのランタンに覆いかぶさるように、腹を抱えて震えていた。必死で笑い声を押し殺しながら、腹筋がねじ切れそうで苦しかった。

「さあ、どんな呪いが良い? 多少の外傷か、素敵な激痛か、それとも世の中では少ぅしばかり珍しい病がお好みかね? なに、少し特殊な機能をつけてやろうというだけだから、今回だけは特別に無償で引き受けてやる。さあ選べ、クィリナス。遠慮はいらん」
「つつしんでお断りいたします! じゃあまた」
「待たんか」

 首根っこを掴まれて、猫のように部屋に引きずり込まれた少年は、蹲ったままの青年に助けを求める。
 その情けない表情に、エリアスは堪えきれず吹き出した。
 親友が声を上げて笑えば笑うほど、険悪になっていくルシウスの表情。それに比例して青ざめていく、クィリナスの顔色。それを見てエリアスは益々笑う。
 その不毛な循環を断ち切ったのは、新たな来訪者(怒るルシウスには目に入らなかっただけで、実は最初からクィリナスの後ろにいた)だった。

「後遺症が残るものは止してやってください。そんなんでも、一応私の大事な友人なので」
「ちょっとセブルス! 友達としてそれは冷たくないかなあ! エリアス先輩も笑ってないで助けてくださいよ!」
「それ以外なら別に、煮るなり焼くなり好きにしてかまいませんから」
「セブルスってば僕の話、聞いてるのかい!?」
「聞いてはいる。面倒だから返事をしないだけだ」
「ソレって更に冷たくて酷いよッ!?」
「……煮るのも焼くのも好みじゃないから、今回は見逃してやろう」

 馬鹿馬鹿しくなったのか、必死なクィリナスが哀れになったのか、ルシウスはぽいと投げ捨てるように彼から手を離した。元の位置に座る。
 尻餅をついたクィリナスは、虫の居所が悪いその美男とできるだけ距離を置こうと、手と足を動かして凄まじいスピードで後退りした。
 スネイプはそんな親友の様子をちらりと一瞥して、勝手に入室し適当に腰を下ろしている。
 何気なくエリアスに目をやって、影になって見えなかったカボチャに気付く。

「それは?」
「勿論、カボチャですけど」
「いや、そうではなくて」
「ランタンをつくろうと思いましてね」

 そう言ってエリアスは、最初にクレヨンで描いた顔を切り抜き始めた。
 スッ、スッと動く銀のナイフ。
 魔法界の物でなければ、この作業には多少力が必要だっただろう。

「あのクィリナスのランタンだって、ホグズミートで安売りしていたものなのに……まったく、マメなひとだ」
「さっきルシウスにも言われましたよ」

 呆れたようなスネイプの科白に、エリアスは楽しそうに笑った。
 作業を追え、ナイフを置く。
 出来栄えをよく見ようと、エリアスはカボチャを持ち上げた。
 下弦の半月型の目が不気味さをかもし出しているものの、笑った口の一本しかない歯に、愛嬌がある。どことなく間抜けそうな顔をしている。
 蓋をして杖を振ると、中に光が灯った。

「さあ、できた!」

 心底嬉しそうに手を叩くエリアスに、ルシウスは肩の力を抜くように溜息をついた。
 いつのまにか機嫌も直っているらしい。苦笑している。

「みんな集まっていて丁度良いから、カボチャジュースでもご馳走しましょうか。あ、パンプキンパイもあったなあ」

 ごそごそと自分の荷物のところから、取り出してきたものを広げる。
 確かに市販のパンプキンパイの平たい箱と、カボチャジューズの瓶だ。今まで使っていたナイフやスプーン、ゴミ箱と同じ会社のマークが入っている。
 スネイプとクィリナスは怪訝そうに首を傾げると同時に、ルシウスががっくりと脱力した。

「お前、まさかホグズミートで押し売りされたんじゃなかろうな」
「……さあさあ、遠慮しないで食べてください。今コップを持ってきますから」
「セットで買ったのか」
「そういえばホグズミートで売っていたな」
「そうだお菓子もありましたっけ! ええと確かこの辺りにカエルチョコがっ」
「ああ、あのしつこいおばさんかー。セブルスがいなかったら僕も危なかったよねえ」
「お前財布に手を伸ばしてたからな」
「はははー。でも結構高かったよねー」
「なるほど。『買ったものはしょうがない、捨てるのは勿体無いから作ってみよう』という流れか。分かりやすい奴だ」
「ル、ルシウスはもう黙っててください!」

 立ち上がったエリアスが真っ赤になっているのを見て、クィリナスが声を上げて笑った。
 スネイプも下を向いてくっくっと笑っている。
 にやにやしていたルシウスも、ベッドにぱたりと身を投げ出して笑い出した。

「コップを、持ってきます!!」

 バタン!という扉の閉まる音に、弾かれたように部屋が笑いで満ちた。
 クィリナスの持って来た形の良いランタンと、エリアス手作りの大きなランタンが部屋を照らす。

 間抜けな顔で、カボチャも笑っていた。















2004/10/31

 16000打、ありがとうございます!
 キリ番踏んでくださった朋さんのリク、「ルシウス+エリアス」です。
 既に夢じゃなくてすみません。
 リクエストありがとうございました!これからもご贔屓にっv(笑)

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