せっかくの休日だが、時間を無駄に使うのは、性に合わない。
 己の勉学と、任された分のレポートの採点、また勉学もかねた読書と、明日の授業の準備。
 そんなことをしている内に、どれだけの時間が過ぎただろう。
 ちくりと頭痛がして、ミネルバ・マクゴナガルは顔を上げた。
 少し散歩でもしようかと、うんと背伸びをしたときだった。
 コンコンコン、とノックがあった。

「開いています」

 自然、丁寧な口調になる。
 教育実習中のミネルバは、教師としてはまだまだ半人前である。目上の教師人に敬語を使うのは当たり前だ。
 しかし生徒であっても、ミネルバの砕けた口調で話したことなど、今までに一度もない。
 つまり、真面目な性格の表れと言っていいだろう。
 ひょっこりと顔を出したノックの主は、アルバス・ダンブルドアである。
 好々爺然として、にこにこと笑っている。

「ミネルバ、ちょっと良いかのう?」
「…何事でしょう」

 尋ねながら、ミネルバは頭痛の種に想いを馳せた。
 大体、彼の用事については、予想がついてしまっている。

 絶対に、あの2人だ。

「ミスター・とミスター・ベイルダムが、ちょいとはしゃぎすぎているようじゃ。休日なのにすまんが、ちょっと行ってみてくれんかね」

 ビンゴ。
 ミネルバは深く重く長く、可能な限り大きく、溜息を吐き出した。
 頭痛が増したのは、きっと気のせいではない。





「おい見ろ相棒」
「彼女だな、相棒。俺も気付いてス」
「派手な悪戯で可憐な子羊誘い出せの巻き☆作戦、今回も大成功だったな。さすが俺っ」
「…何度も言うけど、お前ネーミングセンス皆無だなディック」
「お黙りっ」

 キシャーと歯を剥いた青年に、片割れは呆れた顔をする。
 おそろいのサングラスをかけた二人の青年――否、背丈や肩幅は成人に近づいているものの、雰囲気はどこかまだ少年の域を出ていない――は、地上を見下ろしつつ頷きあう。
 2人がそれぞれ腰を下ろしているのは、大広間のシャンデリアだった。
 あらかじめ決めておいた配置に座り、大広間の“飾りつけ”をこなしていた2人は、おびき寄せられた女性の登場ににんまりとする。
 勿論、我らがミネルバ・マクゴナガルである。
 彼女はまだ若く、結構な美人である。
 そのことに大多数の人間がまったく気付かないのは、ひっつめた髪や、厳しい無表情のせいである。型にはまったカチコチの新任教師兼実習生。それが、今の彼女に貼り付けられた、疎ましくも事実なレッテルである。
 が、それに目をつけたのが、ホグワーツきっての悪戯好きコンビ。
 リチャード・と、リディウス・ベイルダムである。
 スリザリン生とグリフィンドール生という、異例の組み合わせで有名だ。

「おー。見ろよリディ。今日も絶好調に怒ってらっしゃるよ」
「いや、怒ってるというか、怒るのも疲れたって顔に見えるが。それにちょっと寝不足っぽいな。ちゃんと寝てるんだろうか」
「……お前ここからよく見えるな」
「愛の力だ」
「さいですか」

 きっぱりと言い切ったリディウスに、一瞬リチャードの笑みがひくついた。
 元気いっぱいに騒ぎ、周りを巻き込んで引っ張りまわすリチャードだが、彼はこの相棒がこういう妙なところで最強だということを知っている。
 たぶんリディウスには色々な意味で勝てないだろう。

、ベイルダム。2人とも今すぐ降りて来なさい!」

 決して大声で叫んでいるではないのに、彼女の声は凛と大広間に響いた。
 リチャードはにこにこしながら下を見下ろす。

「やっだなーミネルバってば。ディックで呼んでくれって、いつも言ってるじゃないか」
「抜け駆けはやめろディック。…ミネルバ! こいつをディックと呼ぶんなら、俺のことはリディで頼むぞ! いやむしろ、ディックはのままで構わないから」
「それこそ抜け駆けだろ、相棒」
「俺は友情より恋愛を取るタイプだ」
「リディ、いくらなんでもそりゃないぜ」

「降りて来なさい!!」

 繰り返したミネルバの声は、何かを堪えるように僅かに震えていた。
 リチャードとリディウスは顔を見合わせて、「降りるか」「降りよう」と頷いた。
 下から見守るミネルバの傍に、するするとロープが伸びて来る。
 さすがのミネルバも思わぬ道具の登場に目を丸くしていると、2人はするするとロープを伝って降りてきた。

「これはどういうつもりですか。説明しなさい」
「これって?」
「この……派手な…色の…全部です!」

 ミネルバが言葉に詰まったのにはわけがある。
 大広間を見渡すと、今日の朝にはなかったものが、確実に増えている。
 壁にはひらひらした――数秒ごとに色が変わったり点滅したりする――リボンが、大広間中をぐるりと飾り付けている。
 天井近くの空中には、黄色、青、赤、緑、紫と、色々な色のカラフルな雲が浮かんでいる。ほどこれをつくったのはリディウスらしく、杖ポケットからまだプスプスと音をたてて、黄緑色の淡い霧のようなものが見えたり消えたりを繰り返している。雲と雲はぶつかり合い、混ざり合って、また新しい色になることもある。大きくなりすぎた雲は、数秒、銀色の雨を降らせたあと自然に分解する仕組みになっているらしい。
 伝統あるホグワーツの豪勢なシャンデリアからはワイヤーが引っ張られ、大広間の天井の丁度中央に、巨大なミラーボールをつるす要となっていた。
 くるくると回るミラーボールに、天窓からの光やシャンデリアの灯りが反射して、部屋中が光に満ちていた。カラフルな雲が、光に色をプラスしている。

「きれいだろ?」

 悪びれず笑ったリチャードに、思わず頷きかけたミネルバはハッと我に返る。

「そんな問題ではありません! グリフィンドール、スリザリンから減点を…」
「でもミネルバ」
「“先生”です」
「でもミネルバ先生、俺たち悪いことしてないでーす!」

 元気良く挙手して言い放ったリチャードに、ミネルバは怪訝そうな顔をする。
 リディウスも頷いて同意を示す。

「そうそう。俺たちは試験、試験と勉強ばかりの可哀相な学生たちに、魔法で生み出した芸術を見せて、美的刺激を与えてやろうという善意で動いたんだから、減点はないだろう?」
「な、何が芸術ですか!」
「正真正銘、俺とディックの芸術作品だよ、ミネルバせんせ」
「だから減点はなしですよね、ダンブルドア先生?」

 ミネルバがぎょっとして振り向くと、そこには瞳をきらきらと輝かせて上を見上げているダンブルドア。
 どうやら雲やミラーボールが気に入ったらしい。
 少し頬を紅潮させて、嬉しそうだ。

「うむ! 許すっ!」
「ダンブルドア!?」
「いやいや、狩りだしておいてすまんのうミネルバ。しかし、これは…うむ……素晴しい! スリザリンとグリフィンドールにそれぞれ5点!」

 思わぬ得点に、悪戯コンビは同時にガッツポーズをし、右手と右手をパンと叩いてあわせ、そのまま握りあった。
 にやりと笑った顔が、ますます子供っぽい。
 それを楽しそうに見ているダンブルドアの、くぐもった笑いが響く。
 疲労も濃く、重く溜息を吐き出した途端、くらりと眩暈がした。

「大丈夫か、ミネルバ?」

 僅かに体を揺らしたのに目ざとく気がついたのは、リディウスだ。
 リディウスの表情からそれと察したのか、リチャードがハッとする。

「そういえば、最近寝てないんじゃないのか?」

 つかつかと歩み寄ったリディウスが、手を伸ばして彼女の額に触れる。
 ミネルバはぎょっとして身を引いたが、時既に遅し。額から感じ取った熱に、サングラスの向こうのダークブルーが険しくなっていた。

「熱があるぞミネルバ」
「大丈夫です」
「どこが大丈夫なんだよ」
「ベイルダム、それが教師への態度ですか」
「今はそんなこたどうでもいいだろ」
「良くありませんわたしは…」

 双方、決して声を荒げない口論がつづいている横で、悪戯っぽい目をしたリチャードがつつつとダンブルドアに寄っていく。

「どころで先生。風邪引いて熱出した教師の行き先は何処ですかね?」
「うむ、取りあえず医務室じゃろうのう」

 それを耳にしたリディウスがにいと笑う。

「ほら、ダンブルドアもああ言ってることだし。ってことで、ディック!」
「あいよ」

 親友の呼びかけに、パッと杖を取り出してリチャードは担架をつくった。
 あっという間にそれに乗せられたミネルバは、抵抗する暇もなくだっと駆け出した2人に運ばれていく。

「ちょ、ちょ、ちょ」

 狼狽するミネルバの耳に、楽しそうな笑い声が聞こえる。
 廊下を歩く生徒達が、騒ぎに振り返りわあと叫んで道を開けていく。

「ピーポーピーポー患者を運びマース! 廊下を呑気に歩いている生徒諸君は、さっさと壁際によけてくださーい」
「おらおら、邪魔だてめえら! こっちは急いでんだよ、ちんたら歩いてないでどきやがれ!」

「ちょっと待って。酔うってば…ちょっと…ねえ」

 ミネルバの弱々しい懇願は、笑いながら走りつづける2人の耳には届かなかった。





「…で、あなた達は思慮に欠けています…わたしはあなたたちの玩具ではなく……は、…大広間で……ですから」
「ごめんってば、ミネルバせんせぃ」
「ほんとうーにすまなかったと思ってる」

 医務室で延々と続く説教に、ぐったりと2人が答える。
 申し訳なさそうに肩を落とした男2人というのは、どこか笑いを誘うものがあるが、それぐらいではミネルバの口元はぴくりともしない。しかし案外、すっかり機嫌は良くなっていて、ただちっとも反省しない2人をこらしめたいがために、不機嫌な顔を崩さずにいる。
 1つ溜息を吐いてみせて、ミネルバは尋ねた。

「大体どうしてあなたたちは、わざわざああやってわたしを引っ張り出すんですか?」

 いつもいつも、ミネルバにはそれが不思議でならないのだ。
 ちょっと首を傾げると、リチャードが笑った。

「そういうところが可愛いからさ」
「はっ?」
「自覚ないところとかな」

 リディウスも同意する。リチャードは片頬に手を当ててほうと溜息を吐いた。
 ますます首を傾げるミネルバなど気にせず、2人はどんどん盛り上がっている。

「朝食で本当はカボチャジュース飲みたいのに、見栄張ってコーヒー飲むところとか可愛い」
「飲むとき、気を付けてはいるんだけどたまにうっかりして、両手で飲む癖出したときも、俺不覚だけどときめいた」
「うんうん。あと、夜更かししすぎて眠いのを我慢してるとき、ちょっと目を擦るところとかも…」
「一年生とか見てるとき、誰にも気付かれないぐらい少しだけ微笑んでるところとか、健気だと思った」

 などなど。
 次々と上げられていく自分の行動に、ミネルバは真っ赤になったが、喉がカラカラで静止の声も出ない。
 いつのまにか立場が逆転しているのに気付きつつも、ミネルバはただ延々と続く2人の会話に、耳を傾けているしかなかった。



 実はミネルバのその反応を楽しむためだけに、わざと会話を長引かせていた2人の確信犯から、その日美しい花束が届けられるのはまた別の話。















2004/10/9

 leoさまに捧げます。キリリクの「ディック+リディ+マク」です。
 こんな脈略もなにもだい駄作で申し訳ありません。
 スランプの只中でしたので、何度も書き直したのですがどうも…;;
 返品だけはご勘弁をッ。(><)